文=和田悟志
3冠3連覇を果たした青学大の強さ
昨年11月の全日本大学駅伝、青山学院大の1区を任された下田裕太(3年)は、スタートエリアにバランスボールを持ち込んで、体を上下に動かす“バウンス”という動作を繰り返していた。この様子がテレビ中継にも映されたが、こんな場面を、これまで駅伝中継で見たことがあっただろうか……。今は異様に映るかもしれない。だが、これがスタンダードになる日は近い。そんな予感がある。
今年1月の箱根駅伝は青学大が史上6校目となる3連覇を果たした。また、出雲駅伝、全日本、そして箱根と制し、史上4校目の大学駅伝3冠を達成と、今季も青学大の強さは際立った。
第93回東京箱根間往復大学駅伝競走(関東学生陸上競技連盟主催、読売新聞社共催)は3日、神奈川県箱根町の芦ノ湖駐車場入り口から東京・大手町の読売新聞社前までの5区間、109・6キロで復路が行われ、往路を制した青山学院大が11時間4分10秒で、3年連続3度目の総合優勝。 出雲全日本大学選抜駅伝、全日本大学駅伝に続く「大学駅伝3冠」も同時達成した。青学、箱根3連覇…「大学駅伝3冠」も達成
青学大の強さの秘訣のひとつに、『青トレ』と呼ばれるフィジカルトレーニングがある。卓球の福原愛ら数々のトップアスリートのフィジカル強化を務めたフィジカルトレーナーの中野ジェームズ修一氏の指導の下、ランニングに特化したコアトレーニング(体幹トレーニング)をはじめ、準備運動に行う動的ストレッチや練習後や就寝前のストレッチ、さらには故障予防のアイシングなどのケア方法からなるトレーニングメソッドに取り組む。「長距離走のトレーニング方法はある程度確立されているので、どこで他大学と差別化を図るかがポイントだった」と、現状打破を狙った原晋監督が着目したのが、この分野だった。
実は、体幹トレーニングが話題になった数年前から、長距離界で取り組み始めたチームは多く、青学大も例外ではなかった。しかし、従来の腹筋、背筋といった筋トレから一歩進んだものの、それらの多くは、専門のトレーナーから指導を受けるのではなく、監督主導によるもので、長距離走に特化しているわけでもなかった。いわば非効率的なフィジカルトレーニングだったのだ。
青学大は、2014年4月から中野氏がサポートするようになり、それ以降快進撃を続けている。『青トレ』に取り組むようになって、特に変わったのがランニングフォームだろう。下田は、入学当初「潰れたカエルのような走り方」と原監督が表するフォームだったが、今ではコアが安定して上半身をうまく使ったフォームになり、記録も一気に向上した。近年、「ランニングエコノミー」「ランニングの経済性」という言葉が長距離界で頻繁に聞かれるが、それは、余分なエネルギーを使わずに効率良く走ることが、パフォーマンス向上に繋がるという考え方のこと。その方法論のひとつにランニングフォームを改善することがある。つまり、フィジカルの強化とランニングエコノミーとの関係は密接なのだ。
トレーニングの細分化が進む大学長距離界
これまでは、走る練習も、筋力トレーニングも、監督が一括指導・管理しているケースが多かったが、青学大の活躍でフィジカルトレーナーの存在にスポットが当たり、その重要性が学生長距離界にいっそう浸透していったように思える。青学大以外の事例を見ていこう。
今季の全日本、箱根と、青学大と競り合った早大は、昨年度から知野亨トレーナーの下で独特なフィジカルトレーニングに取り組んでいる。手探りしながら始まったが、目に見えてケガ人が減ったといい、その効果は絶大だった。
強力なルーキーたちが注目された東海大は、高校卒業後に渡米し、アメリカの名門・オレゴン大学で学んだ林隆道氏をストレングス&コンディショニング・アドバイザーとして招き、体幹を中心にフィジカルの強化に努めている。
また、『青トレ』以前にも、日体大が2013年に箱根駅伝を制した際に、同大OBの原健介トレーナーがBCT(ベースコントロールトレーニング)という体幹トレーニング法を指導していたが、復活を図る明大が、このBCTを今季から導入している。
新たに注目すべきは、箱根出場校で最年少の長門俊介監督率いる順大だ。今季監督に就任した長門氏は、若い発想力からフィギュアスケートと長距離走との共通点に着目。スケーターへの指導実績がある池上信三トレーナーに請い『バネトレ』というフィジカルトレーニングを受けている。まだ始まって半年だが、今回の箱根で順大は下馬評を覆す4位と健闘しており、来季はさらに注目を集めそうだ。
また、フィジカル面だけでなく、メンタルトレーニングに取り組む大学も出てきた。2015年のラグビーワールドカップでの際には、日本代表をメンタル面でサポートしたメンタルトレーニングコンサルタントの荒木香織氏の存在が話題になったが、その荒木氏は、昨年5月から上武大の駅伝部をサポート。上武大は、箱根予選敗退の危機から、“意識改革”が実を結び9年連続の箱根本戦出場を果たしている。
海外に目を転じれば、五輪2大会連続2冠のモハメド・ファラー(イギリス)や、ロンドン五輪男子1万m銀、リオ五輪男子マラソン銅のゲーレン・ラップ(アメリカ)らが所属する、アメリカのナイキ・オレゴン・プロジェクト(以下、NOP)は先駆的な事例だ。かつて瀬古利彦氏とマラソンで戦ったアルベルト・サラザール氏がヘッドコーチを務める少数精鋭集団で、トレーニングに関しては秘密のベールに包まれている部分が多いが、フィジカル専門のセラピストや理学療法士がいるのが特徴の1つだ。大迫傑がアジア人として初めて所属していることでも知られるが、この組織体系に学ぶべき点は多い。
このように、日本では大学長距離界が率先してトレーニングの細分化を進めている印象がある。世界の頂点から遠のいて久しい日本長距離界の復活のカギは、ここにあるのかもしれない。