「打席の感覚が良くなってきた、これなら勝負できるなという感覚が出てきたのが日本シリーズの最中でした。その感覚の精度を、オフにもう一度上げてやっていきたい」
試行錯誤をやめず、自身が納得するまで細部の感覚にまでこだわり続ける求道者然としたところのあるスラッガーが、「勝負できる」と確信じみた言葉を口にするのは珍しい。それだけ、日本シリーズで得たものは、大きかったということだ。
4月16日に5年ぶりに日本復帰。1軍での復帰初戦となった5月6日のヤクルト戦(横浜)で劇的な逆転3ランを放って、いきなり存在感を示した。ただ、その後は米国とは異なる日本の投手の間、ボールの質の違いなど対応に苦心。7月には左肋骨の疲労骨折で離脱し、復帰後も代打での起用が続くなど本領を発揮できないまま、レギュラーシーズンを出場57試合、打率.188、7本塁打、23打点で終えた。
このままなら来季に向けて不安が先に立つところだが、ここぞの勝負どころで不安を期待に変えた。それが、ソフトバンクとの日本シリーズだった。連敗で迎えた10月29日の第3戦に「5番・左翼」で先発出場し、1安打1打点をマークして逆襲を告げる1勝目に貢献した。第5戦では2安打1打点。さらに日本一を決めた11月3日の第6戦では二回に有原から先制のソロ、五回2死満塁で岩井から走者一掃の二塁打を放ち2安打4打点と鮮烈な活躍を見せた。
プロで頭角を現すまでに時間がかかり、米大リーグへの適応に苦しむなど、元来器用な方ではない。シーズン最後の最後で、ようやく心と体がピッタリと合致する感覚をつかむ辺りは、ある意味、筒香らしいといえるかもしれない。今回の日本シリーズの通算成績は打率.273、1本塁打、6打点。セ・リーグ3位からの下剋上を果たしたチームで、まぎれもなく主役の一人となった。
「存在自体が特別」と三浦大輔監督が話す通り、日米通算230本塁打、711打点を誇る筒香は、いるだけで相手を威圧し、精神的支柱としても大きな存在感を持つ。今季のレギュラーシーズンで、筒香が1軍にいた期間の勝敗は80試合で44勝35敗1分け(勝率.557)、離脱していた期間は64試合で27勝35敗2分け(勝率.435)。チーム成績に明らかな違いが見て取れることからも、それは証明されている。
そうした“筒香効果”は日本シリーズでも顕著に表れた。開幕からの2連敗後、筒香の提案で選手全員でのミーティングを主将の牧秀悟が招集。「このままだったら4連敗で終わる」「全員で立ち向かっていこう」など、筒香のみならず2017年にソフトバンクとの日本シリーズで敗れた経験を持つ桑原将志、柴田竜拓、戸柱恭孝らが危機感や打開策を次々と口にし、雰囲気を一変させた。戦前に指揮官が「全員が束になっていかないと勝てない相手」としていた強敵を、まさに「束になって」撃破。筒香はロッカールームで、その一つの大きなきっかけをチームにもたらしていた。
11月30日に行われた横浜市内での「日本一パレード」で、筒香は屈託のない笑みを浮かべ喜びを表した。復帰会見で「ベイスターズで優勝することが日本でプレーするモチベーション」と決断の理由を明かし、レギュラーシーズンこそ3位に終わったが、26年ぶりの歓喜を横浜の地に呼び込んで有言実行を果たした。一方で、日本一を「もう過去のこと」とも強調する。もちろん、見据えるのは年間を通しての王者、セ・リーグ優勝からの日本一という“完全制覇”に他ならない。決意を表すように、日本一から10日後の11月13日に始まった秋季練習に初日から参加。来季に向けた体づくりを、休みもそこそこにスタートさせている。
チームはポストシーズンで実力の一端を見せたマイク・フォードと来季契約を結ばないことを早々に決定。この判断には賛否あったが、関係者は「筒香の復調に明るい見通しがあればこその判断」と説明する。一塁や外野には今季首位打者のタイラー・オースティン、国内フリーエージェント(FA)権を行使せず残留を決めた佐野恵太もおり、筒香への期待感が球団内でもより高まっていることの表れといえる。
筒香は自身のプレーだけでなく、野球界の未来も見据えている。12月には、昨年故郷の和歌山県橋本市に2億円の私費を投じて建設した天然芝の総合スポーツ施設「TSUTSUGO SPORTS ACADEMY」をはじめ、子ども達へのスポーツ指導のアップデートに取り組んでいる。それらが評価され、アスリートやスポーツに関する社会貢献活動の優れたロールモデルを表彰する「HEROs AWARD 2024」を受賞した。
来季開幕は3月28日の中日戦(横浜)。筒香は、そこでのスタメン出場に視線を定める。レギュラーシーズン中には年俸3億円分の“投資価値”があるのかどうかを議論する声も多かったが、日本一に大きく貢献し、結果で雰囲気を変えた。来季は6年ぶりに沖縄・宜野湾でのチームキャンプから参加し、万全の調整を経て開幕に臨める点も大きな後押しとなる。
「来年、リーグ優勝という形で恩返しをしたい」
パレードを一目見ようと集まった30万人のファンの姿に、筒香は改めてそう誓った。ベイスターズ入団当時、本拠地横浜スタジアムのスタンドは閑古鳥が鳴き、チームも長い低迷期にあった。苦しい時代を知る男は迎える33歳シーズンへ、並々ならぬ決意を抱く。筒香の「完全復活」がDeNAの「完全制覇」に向けて絶大な“補強”となるのは間違いない。そして、その道筋には確かな光が差している。