ピッチング、フリーバッティング、ティーバッティングなどエリアが分けられた室内球技場では、Rapsodo(ラプソード)3.0、BLAST(ブラスト)といった機器によって、その場でデータが測定される。1投、1打ごとに表示される数値に基づいてコーチがアドバイスを送るという点で、この「デジタル野球教室」はこれまでの野球教室とは一線を画す。
現役時代、日米通算906試合に登板するなどセットアッパーやクローザーとして活躍した五十嵐氏が担当したのは、もちろんピッチング。投球を計測・分析するデータトラッキング機器のラプソード3.0がホームベース手前に置かれたブルペンに陣取ると、タブレット端末に表示される球速、回転数、回転軸、リリース角度、エクステンション(ピッチャープレートからリリースの位置までの距離)といった数値を確認しながら、この日の参加者である硬式野球クラブ所属の中学生1人ひとりに、きめ細かな指導を行った。
「今のカーブの感覚で真っすぐ(ストレート)を投げると、自然と上から押し込めるようになる。カーブを投げる時って上から投げようとしてる? じゃあ、そのカーブの(リリースポイントの)高さで真っすぐを投げてみて」
そんなアドバイスを送られたのは、ストレートの時は1.51メートル、カーブでは1.59メートルと、ラプソードが計測した「リリース高さ」(地面からリリースポイントまでの高さ)に差異が認められた少年。アドバイスの意図を五十嵐氏が語った。
「腕の振りとか体の使い方が、そっち(カーブ)のほうがスムーズなんですよ。負担なくスムーズに投げられてるフォームがカーブだったというだけで、それがみんなに当てはまるわけではないです。その子に関して言うと、カーブの腕の位置とか角度がすごくキレイで良かったので、そこに合わせたほうが真っすぐも良くなるっていう判断のもとでそうしたんですけど、結果的に良くなりましたね」
日米でプロとして23年間、現役を続けた“鉄腕”である五十嵐氏いわく「ピッチャーで一番大事なのはケガをしないこと」。肩やヒジにかかる負担の少ないフォームで投げることは故障のリスクを減らすことにつながるため、「(中学生の)今、この数値化されたもの(野球教室)はすごくいい時間だったのかなと思ってます」と振り返る。その一方で、数値ばかりにとらわれてもいけないと指摘した。
「(野球の)レベルが高くなってくると、数値が良くてもバッターに(対して)使えるかどうかってっていう判断も大事になってくる。もちろん数値は大事だし、自分の感覚とそれを一致させるのはすごく重要なんだけれども、やっぱりピッチャーは抑えることが大事だから、いくら数値が良くてもバッターに打たれたら意味がない」
だからこそ、五十嵐氏はこの日の野球教室のスペシャルコーチとして、中学生たちへの指導が「データありき」にならないことを意識していた。
「うまく全身を使うこととか、力の抜き方、体の使い方っていうところを負担なくスムーズにすることによって、結果として数値も良くなるよっていうところが、僕が今回の野球教室で求めていたものなので。中学生も僕に言われて何となくやっているけど、実際はどうなのかってわかってない部分があると思うんですよね。それが実際に数値を見た時に『良くなってる』っていうのを感じると、自分がやってきた方法は正しかったっていう答え合わせができるので、そこは彼らにとって納得できるポイントになったんじゃないかなと思います」
現在45歳の五十嵐氏は、物心ついた頃からインターネットやパソコンなどが当たり前にあった、いわゆる「デジタルネイティブ」世代ではない。メジャーリーグでプレーしていた当時もまだ今のような「データ全盛」ではなく、引退後に取材などで現在のデータ活用の実態を知り「ピッチャーも横にiPadを置きながら、自分の数値を見ながら、確認しながらやるっていう形なのですごくいいなと」実感したという。
翻って、この日の野球教室に参加した中学生たちは間違いなく「デジタルネイティブ」。この場でデータ計測やその数値、活用法に触れたことは、これから野球を続けていくうえで大きな意味を持つはずだ。そんな“教え子”たちに、五十嵐氏が野球教室の最後に行なわれたトークショーで説いたのは「今だからこそやっておいたほうがいいこと」だった。
「長く野球をやってる人に『なんで長く続けられるんだ?』って聞いたんですけど、やっぱり練習量。若い時って量をこなせるんです。年齢を重ねれば重ねるほど量ができなくなるから、ランニングメニューでもダッシュでもやったほうがいいし、追い込めるなら追い込んだほうがいい。ただ、投げすぎて肩とかヒジを故障してしまう、ケガをしてしまう恐れがあるんだったら、そこは控えてください。でも中学生、高校生で走って肉離れする人ってあんまりいない。だから肩ヒジだけは大事にして、そこは慎重に判断して、でも(走り込みなどの)練習はひたすらやってみる。もしそこでうまくいかなかったとしても、この経験は違う場所で絶対に生かせる。何か1つのことを一生懸命やりきったっていう達成感は野球じゃないところでも必ず生かせるから、そういった取り組み、姿勢でやってもらえたら僕はうれしい」
デジタルとアナログの融合ともいうべきデジタル野球教室。最後を締めくくったのは、その両方の良さを知る五十嵐氏らしい、令和の野球少年たちへの熱いエールだった。
イベントの様子は、五十嵐亮太氏のYouTubeチャンネル「イガちゃんねる」で公開中。
ラプソードにブラスト、これぞ令和の野球教室 中学生にデジタルとアナログを融合させた指導をしたMLB投手は「それでも、練習量は大事」
これぞ令和の野球教室──。2024年も押し詰まった12月21日。神宮外苑の室内球技場で開催されたのは、元プロ野球選手らがデータをもとに指導する「デジタル野球教室」である。そのスペシャルコーチとして、東京ヤクルトスワローズやメジャーリーグで活躍した五十嵐亮太氏が登場した。
元プロ野球選手らがデータをもとに指導する「デジタル野球教室」