余裕と強気の両者

 衝撃的な光景だった。サウジアラビアの首都リヤド。現時時間で5月3日から日付が変わった4日早朝、カネロがウィリアム・スクール(キューバ)に余裕の判定勝ちを収めて2度目の4団体統一を果たした後だった。リヤド・シーズンを運営するサウジアラビア総合娯楽庁のトゥルキ・アラルシフ長官に導かれるように、観客席にいたクロフォードがリングに登場。カネロと至近距離で視線をぶつけ合った。そして写真撮影。トゥルキ長官が2月に「契約は合意した」と表明して対戦が表面化したが、ボクシングのマッチメークは急に破談になることも珍しくない。それだけにリヤドで繰り広げられたスター同士のフェースオフは、当日の試合以上に世界を熱狂させた。

 両者とも、全階級を通じた最強ランキング「パウンド・フォー・パウンド(PFP)」で1位に君臨した経験を持つ。北米を中心に絶大な人気を誇る34歳のカネロは63勝(39KO)2分け2敗。今回は王者として迎え撃つ立場で「相手は現代のトップ選手の一人。同じリングで闘えるのは楽しみだし、素晴らしい気分だ」と余裕を漂わせた。挑戦者として臨む37歳のクロフォードは41戦全勝(31KO)。史上初の3階級での世界4団体統一を懸ける。「自分のキャリアで一番のビッグマッチになる。世界中に自分の偉大さを示す」と強気だった。

 当初、試合は9月12日に米ラスベガスにある6万5千人収容のアレジアント・スタジアムで行われる予定だった。同スタジアムの場合、翌13日にアメリカンフットボールの試合が入っているために金曜日開催とされてきたが、5月13日にトゥルキ長官が日程変更を公表。開催地に関してもラスベガス、ニューヨーク、ロサンゼルスの3都市にある計5会場の中から選ぶことを明らかにした。いずれにしても米国内のため、日本時間では14日の昼頃が濃厚だ。会場や映像配信の方法など5月18日時点で未定。正式発表が待ち遠しい。

世界の潮流でマッチメーク

 大物同士のマッチメークが成功したのは、リヤド・シーズンの存在が大きい。カネロと推定4億ドル(約580億円)で4試合闘う大型契約を締結した。スクール戦が最初でクロフォード戦は2戦目。残り2試合は2026年の2月と10月に計画され、会場はリヤドが有力視されている。また井上尚も昨年、推定30億円でリヤド・シーズンとスポンサー契約を結んだ。

 カネロ―クロフォード戦は一時期立ち消えたかに思われた。カネロがリヤド・シーズンとの提携に乗り気ではなく、交渉は決裂の様子と伝えられたからだ。代わりにユーチューバーとしても話題で、昨年11月に58歳のマイク・タイソン(米国)と闘ったジェーク・ポール(米国)との試合に前向きとされた。だが2月、トゥルキ長官との交渉の末に合意に至った。まさにマッチメークの妙。海外の報道では報酬の保証額がカネロ1億5千万ドル、クロフォード5千万ドルと言われ、こちらも注目を浴びる。

 潤沢なオイルマネーを後ろ盾にしたサウジアラビアのスポーツ界進出。ボクシング以外でもゴルフの超高額賞金リーグ「LIVゴルフ」を支援し、ジョン・ラーム(スペイン)やダスティン・ジョンソン(米国)ら強豪の参加を下支えした。ちなみに日本からは香妻陣一朗が参戦し、昨年はLIVに出場しつつ、日本ツアーで優勝。今年も活躍が期待されている。サウジアラビアは将来的には2034年のサッカー・ワールドカップ(W杯)などを開催する。リヤド・シーズンでもサッカーのアルゼンチン代表のスター、リオネル・メッシや陸上短距離のウサイン・ボルト(ジャマイカ)らとイベントを行った実績がある。

 人権軽視などを指摘されるサウジアラビア。スポーツを利用して問題を隠す〝スポーツウォッシング〟との批判を受ける面はあるが、例えばボクシングでは見たいカードが実現しやすくなるなどメリットも大きい。国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長でさえ同国について「これほど短期間に、スポーツがこのように前向きに発展しているのを見たことがない」と絶賛していた。強まる影響力は拡大の一途。今回のメガファイトは一連の潮流の象徴といえる。

勝負のポイント

 気になる勝負の行方は世論を二分している。両者と過去に拳を交えた相手たちに予想を尋ね回った動画では、クロフォード有利の声が若干多かったがほぼ互角だった。焦点の一つは体重差。スーパーミドル級のリミットは76・20kg。クロフォードが最近闘ったスーパーウエルター級は69・85kg。6・35kgの開きがあり、クロフォードは2階級上げる必要がある。

 受けるパンチの重さなどハンディと思われるが、挑戦者に前向きな材料もある。クロフォードは既に4階級制覇を遂げている。近年は1年に1試合が定番で、直近の試合は昨年8月。この間にじっくりと体をつくっていることが推察される。身長とリーチでは上回り、カネロがそれぞれ171cm、179cmなのに対して173cm、188cm。そしてクロフォードは状況に応じて左右の構えを使い分けるなど、抜群のボクシングIQを誇る。前戦こそ12回判定にもつれ込んだが、23年に無敗のエロール・スペンス(米国)を9回TKOで下すなど、最近はKO勝ちが目立っている。「世界に衝撃を与える」との言葉は強がりには聞こえない。

 一方のカネロはダウンを奪うものの仕留め切れない試合も散見され、判定勝ちが続く。5月7日発表のPFPでは、スクール戦の出来で8位に後退。それ故にPFP3位のクロフォードに持ち前のパワーショットを武器に勝つことで、多大な人気にたがわない実力があることを今一度証明したいところだ。自身は強い顎の持ち主で、クロフォードからダウンを奪われるのは想像しづらい。見せ場の少なかったスクール戦を引き合いに「相手は勝とうとするのではなく、ただ12回まで持ちこたえようとしていて退屈だった。9月は違う形の試合をしたい」と迫力あるファイトを誓った。

 現代を代表する中量級の2人。年齢的に円熟期を迎えて対戦するが、ともに数年後には40歳に近づいていく。歴史的一戦の勝敗はPFPの順位はもちろん、両雄のボクサー人生をも左右することは必至だ。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事