手術検討から1日10㌔
経営者や企業の役員は健康を損なうと、部下たちの仕事、ひいては生活にも影響を及ぼすポジションといえる。難しい判断を下す場面も多々あり、精神的に安定して頭脳がさえわたる状態が求められる。多忙で肉体的にも負荷の大きな環境に置かれやすく、立場的にコンディショニングとの親和性は強そうだ。実際、一般向けのコンディショニングにいち早く特化した東京・代官山のジム「FLUX CONDITIONINGS(フラックスコンディショニングス=以下フラックス)」にも、そういった層の会員は多い。
下北沢や六本木にも店舗を持つフラックス。トレーナーで同社役員でもある湯本昌造氏は、こう説明する。「代官山、六本木でパーソナルトレーニングを実施している方の半数以上は経営者や会社役員の方です。自分が病気になれないとか、倒れるわけにはいかないと実際におっしゃる経営者の方もいます。自らの体を大事な資本と捉え、健康意識の高い方が多いです」と仕事との関連性を指摘する。
同氏によると、経営者層では長年通っている会員も少なくない。例えば、当初は股関節が悪くて人工関節手術も検討していた経営者がいた。その影響から背中や腰、膝も痛めていたがコンディショニングによって関節の動きを出し、体幹を鍛えて姿勢を改善したところ、下半身の筋力もついて手術をせずに済んだ。70代になった今では旅行で1日10㌔近く歩くほどという。湯本氏は「手術する、しないは誰にでも当てはまるものではありませんが、運動処方によって予防できる部分はたくさんあります。そして、いつまでも自分の足で旅行に行きたいとか、明確な目標を持つと頑張る方が多く、ルーティンに入っている方はほとんどジムを辞めません」と断言する。
同氏はまた、組織をけん引するようなポジションを得ている層は根本的に、自己管理がしっかりできている傾向にあるとみている。関係性を逆説的に言及し「長年この仕事に携わっていて、睡眠や運動を含め、健康の管理ができている方イコール経営者の方、というパターンも多い」と証言した。
SNS時代の生き残り方法
フラックスが開業したのが2015年。近年は米大リーグ、ドジャースの大谷翔平選手らトップアスリートが体の柔軟性や十分な睡眠確保といったコンディショニングを重視していることが世間に浸透してきている。公開されている動画を視聴して一般の人々も知識を得ることができ、コンディショニングへの関心は高まっている。湯本氏は顧客の変化を次のように語る。「例えば野球とかゴルフとか、自分がやったりお子さんがやっていたりする競技について、皆さんネット検索とかしてトレーニング方法などをしっかり調べていらっしゃいます。トップの選手やコーチたちが交流サイト(SNS)などでもいろいろ情報発信していて、非常に影響力があると思います」。SNSが社会に普及した時代ゆえの現象といえる。
情報が行き渡る中、より質が高くて最先端のメソッドをジムはどのようにして提供しているのか? やはり、トレーナーのレベルアップが鍵を握る。フラックスでは月に1度、全員が代官山店に集まって「症例検討会」という研修会を開いている。湯本氏は「症例別に効果的だったメソッドを報告したり、最新のトレーニング理論を伝えたりしています。10年間、寄せ集めている状況」と明かす。一般向けコンディショニングの老舗として、積み重ねてきたノウハウは膨大。最新理論については、技術を学んで来るチームを社内で構成。海外の知見を中心にセミナーなどで仕入れ、社内で共有している。
会員との接し方もジムの魅力を左右する。湯本氏が説く心構えはこうだ。「人間は日によって体調が変わりますので、会員の方の顔色とか雰囲気とか、とにかく様子を見ることを心がけています。体調が悪いときに無理して運動をすると余計に調子が崩れます。それと、こちらから何かを押しつけるようなことはしません。1年とか2年とか、ご希望のスパンで一緒に目標を決めて、会員の方に伴走していく形です」。こうした方針が、会員とトレーナーの長い付き合いにつながっていることは想像に難くない。
多様化社会で高まるニーズ
実際にジムに行けば、さまざまなメニューが用意されている。例えばフラックスの場合、導入として勧めているのが「3カ月プログラム」で、コンディショニングの基礎をつくる。週2度のパーソナルトレーニングで指圧も受けることができ、体の機能を引き出す内容。ここでベースを固めた後でパーソナルトレーニングと自主トレーニングを組み合わせたプログラムやストレッチ重視、専用スーツで体に電気刺激を与えるコースなど、個々に適した方法を選べる。代官山店にはプールや、下北沢店とともに健康的な食事を提供するカフェを併設している。六本木店ではサウナや水風呂、外気浴を取り入れており、湯本氏は「ビジネスをされている方が多いので、サウナなどで少しリラックスしていただいています」と地域性も重視する。
健康寿命という指標が注目されて久しい。平均寿命と異なり、一生のうち介護を受けたり寝たきりになったりせずに日常生活を送ることのできる期間を示す。人生の充実度を測る一つの目安だ。コンディショニングの継続で年を重ねても自分の足で歩けたり、腰痛になりにくかったりと、健康寿命伸長への波及効果が予想される。湯本氏は「トレーニングは週1回だと維持はできますが、週2回程度がいろいろな体の機能を向上させるにはベストです」と力説する。昨年12月に厚生労働省が公表した2022年の健康寿命は男性72・57歳、女性75・45歳。平均寿命との差は男性8・49歳、女性11・63歳で、厚労省はこの期間の差を縮めることを目指している。
コンディショニングのジムの運営側にも社会的な需要に対応していく意識は強い。めまぐるしく変化する現代で心身ともに快適な日常へ、コンディショニングへの期待は高まるばかりだ。
メジャーリーガー達も実施しているコンディショニングは、一般人にも恩恵をもたらすか(前編)
米大リーグ、ドジャースの大谷翔平選手が今シーズンも快調にホームラン数を伸ばしている。投手復帰もささやかれ、今季中にも久々に投打の二刀流が見られるかもしれない。大谷選手の活躍を支える要素に筋力や柔軟性に加え、疲労回復のための十分な睡眠もあることは広く知られている。徹底したコンディショニングが高いパフォーマンスを生み出している。