実利直結の検査
6月19日。本場所の合間で静けさの漂う東京・両国国技館に、続々と力士らが姿を見せた。HIROTSUバイオサイエンスの線虫がん検査「N-NOSE®」及び「N-NOSEあにまる」の検体を提出するためだった。「N-NOSE」とは、嗅覚に優れた線虫が人の尿中に含まれるがん特有の匂いを検知することで兆候を調べる技術。痛みや負担が少なく、多種類のがんを早期に発見し得るのが特徴とされる。「N-NOSEあにまる」は自覚症状を訴えられないペットの犬や猫に応用したものだ。
HIROTSUバイオサイエンスは2022年9月に相撲協会のオフィシャルパートナーとなった。翌年以降、協会員や家族の希望者を対象に年1回「N-NOSE」を無償提供する取り組みを継続しており、今回は協会員132人と7匹の愛犬が受けた。体が資本の角界で、実利に直結する検査といえる。また、大関琴桜や三役経験豊富な大栄翔がかつてトイプードルに癒やされていることを公表するなど、ペットを愛している協会員もいる。パートナー契約の目的は相撲協会関係者の健康維持と、がんの早期発見の社会的啓発。自社のストロングポイントを活用した関係性を築いている。
相撲協会の佐渡ケ嶽広報部長(元関脇琴ノ若)は次のようにコメントして施策を評価した。「この検査は 3 回目となり、今回も協会員約130人が検査を受け、健康促進にご協力いただきました。『N-NOSE』により、我々相撲協会員だけではなく、世の中すべての人々が、がんの早期発見に努め、これからも健康に生活できることを祈念しております」と意義を強調した。
伝統文化からSDGsまで
公式パートナーシップ制度には複数のカテゴリーがある。協会のホームページでは、最上位の「オフィシャルトップパートナー」に現在、伊藤園、なとりが名を連ねていることが示されている。このほか「オフィシャルパートナー」にはHIROTSUバイオサイエンスの他、山崎製パンなどがあり「オフィシャルスポンサー」にはユニクロや日本航空、大塚商会などが入っている。
以前は、呼出しの着物に企業名を入れたり、本場所の館内に広告を掲示したりするのが主なスポンサー名掲出だった。2022年1月から制度を開始すると、大相撲の持つ伝統、海外への訴求力などに魅力を感じた企業が次々に契約し、ジャンルは多岐にわたる。最初に発表されたのが伊藤園。その際、同社はリリースで次のように契約の理由を説明した。「ともに日本で1千年以上の歴史を紡ぎ、高い格式と伝統を備える国技の相撲と伝統飲料のお茶は、日本が世界に誇るべき文化という共通項を持っています。日本の伝統・文化の積極的な発信と価値向上に努めるとともに、日本相撲協会及び全ての力士の皆さまの活躍をサポートしていきます」と明確だった。
新しめのカテゴリーに「サステナビリティパートナー」がある。企業とよりよい未来を共創する目的で2023年1月にローンチ。アサヒビールやトヨタ自動車、三井不動産レジデンシャルなどがパートナーに名を連ねる。相撲協会は「1500年続くその歴史及び活動はまさに持続可能な開発目標(SDGs)を象徴しており、これからもよりよい世の中の持続的発展に向けて貢献していきたい」と決意を示している。
デコレーションルームに角界の事情
2025年に焦点を当てると、特に注目されるのがユニクロ。相撲協会の財団法人設立100周年を迎え、1月に記念事業の一環としてオフィシャルスポンサー契約を結んだ。ユニクロは親方衆らが着用するジャンパーを製作。1月の初場所からは、同社の赤いロゴマーク付きジャンパーを着用した親方たちがテレビ中継に映り込むなど、浸透してきた。一般向けでは、ユニクロのグラフィックTシャツブランド「UT」で相撲絵や番付表をモチーフにしたコレクションが発売され、好評だ。
来たる名古屋場所を前にすると、カテゴリーの一つ「オフィシャルホテル」の話題が盛んになった。東京を含めて本場所開催地で相撲協会と契約したホテルのことで、観戦チケット付き宿泊プランなどコラボ企画で機運醸成に一役買っている。「ストリングスホテル名古屋」では今年、若元春と若隆景の兄弟関取、翠富士と熱海富士の伊勢ケ浜部屋勢をフィーチャーしたデコレーションルームを用意し、ファンの歓心を得た。「TIAD」では6月18日に名古屋場所御免祝いが開かれ、同場所の出羽海担当部長(元幕内小城ノ花)ら担当の親方衆や関係者が集って場所の開催を前祝いした。
2020年からの新型コロナウイルス禍で、相撲協会は本場所の中止や無観客開催を余儀なくされ、収益でも多大な影響を被った。その後に始めた公式パートナーシップ制度。同協会は事業収支の安定化策の一部に「広告掲出や協賛の確保、パートナー企業との協働」と謳っている。まげを結い、着物姿の力士たち。時代に即して新しい方策を導入しながら伝統文化、神事の側面を大切に継承しているからこそ、令和になっても大相撲は国内外の人々を魅了し続け、周囲から多様な支援を呼び込んでいる。