この報道を受け、一部のメディアやSNSを中心とした世論からは、「日本相撲協会による執拗な白鵬排除である」「騙し討ちだ」といった、極めて感情的な協会批判が噴出している。しかし、これらの論調は果たして事態の本質を捉えているだろうか。

 組織マネジメント、そして大相撲が内包する「神事としての格式と美意識」という観点から冷静に分析すれば、今回の決定は「不当な弾圧」などではなく、組織の規律を守るための極めて妥当、かつ不可避な「ガバナンスの執行」であることがわかる。

組織を去った者が「未来の支配」を口にする倒錯

 今回の宮城野部屋消滅を巡り、多くのメディアが同情的なトーンで引用するのが、2025年6月に日本相撲協会を自主退職した元白鵬の記者会見における発言である。彼は会見の中で、以下のような趣旨の意向を口にしていた。

「旧宮城野部屋の力士の中からその名跡を継ぐ者が出てきたら、名跡を譲渡し、いずれまたその子が宮城野部屋を復興(再興)させていただけるように、私も尽力を尽くしていきたい」

 一見すると、弟子を思い、部屋の未来を憂う美談のように聞こえるかもしれない。しかし、一般企業のガバナンスや組織論に照らし合わせてみれば、この発言がいかに筋違いで、かつ「厚かましい」ものであるかが即座に理解できるはずである。

 そもそも、前宮城野親方(元白鵬)がなぜ協会を去らねばならなかったのか。それは、宮城野部屋における弟子の凄惨な暴力事件と、それを師匠でありながら適切に処理せず、あろうことか取り巻きを使って隠蔽しようとしたという、指導者・管理者としての致命的な適格性の欠如に起因する。自らのガバナンス不全によって組織に多大な損害を与え、部屋を閉鎖(預かり措置)に追い込み、結果として自身も「自主退職」という形で組織を去った身である。

 それにもかかわらず、退職した人間が、なぜその組織の内部資産である「年寄名跡(宮城野)」や、組織が認可・管轄する「部屋の再興」について、あたかも自身に決定権が残っているかのように公の場で語るのか。これは組織論として極めて不条理な越権行為である。

 大相撲における「年寄名跡」や「相撲部屋の創設・再興」の許認可は、一私人の所有物ではなく、公益財団法人である日本相撲協会に帰属する。組織のルールを破り、自らその輪の外に出た人物が、退職後もなお組織のシステムをコントロールしようとする傲慢な姿勢こそが、相撲界が重んじる「格式」や「美意識」に対する著しい挑戦であったと言わざるを得ない。協会がこれに対して妥協せず、毅然とした態度を貫いたことは、公的なガバナンス組織として当然の帰結である。

「炎鵬継承説」という制度的破綻と世間の誤認

 宮城野部屋の「再興」を期待する声の中で、たびたび名前が挙がっていたのが炎鵬である。彼は大怪我を乗り越え、不屈の闘志で関取復帰を果たし、年寄名跡の襲名資格(関取通算30場所)をクリアした。メディアはこぞって「炎鵬が親方資格を取得したことで、宮城野部屋再興へ一歩前進した」と書き立て、今回の消滅決定を「炎鵬の努力を無に帰す非情な仕打ち」であるかのように報じた。

 しかし、このような報道は、大相撲の制度設計に対する完全な「無知」と「歪曲」に基づいている。ここには二つの致命的な誤りが存在する。

 まず、年寄名跡の襲名資格と「部屋を新設・再興する要件」の混同がある。年寄名跡を襲名する資格(親方資格)をクリアすることと、一国一城の主(師匠)として「相撲部屋を新規に創設、あるいは再興する要件」を満たすことは、相撲協会の規則上、全く異なる次元の問題である。相撲部屋の新設や独立には、単に「親方になれる資格を得た」という条件だけでなく、師匠となるために定められた現役時代の極めて高い実績(横綱・大関、もしくは関脇・小結通算25場所以上、または幕内通算60場所以上という厳格な地位規定)や資金的な担保、そして何よりも日本相撲協会理事会による厳格な審査と「承認」が不可欠である。

 炎鵬は、関取通算30場所という「年寄襲名(親方になる)資格」こそ満たしたものの、部屋の師匠となって新設や独立するために必要な上記の現役実績要件(最高位が前頭四枚目であり、幕内在位場所数も大幅に不足している)を満たしていない。制度上、師匠になる資格自体が存在しない段階である。

 しかしながら、大相撲のルール上、先代親方の定年退職や逝去、辞任などに伴って「今すでに機能し、存在している部屋」をそのまま引き継ぐ(継承する)場合に限り、前述の新設時に求められる高い実績要件は免除され、炎鵬が満たしている通常の親方資格(関取30場所など)だけで師匠になることが可能ではある。つまり、宮城野部屋が正常に運営され続けていれば、炎鵬が継承する道は制度上、存在していた。

 しかし、宮城野部屋は不祥事発生の段階で「伊勢ヶ濱部屋への預かり」という、一時的な「活動休止・委託指導」の措置を取られていた。この「預かり」となった時点で、宮城野部屋は独立して運営される「今すでに存在している部屋」としての実態を失い、休止・凍結状態に陥っていたのである。

 したがって、実績要件が緩和される通常の「部屋の継承」というルートは、合流決定を待つまでもなく、そもそも不祥事によって「預かり」措置となった初期の段階で、制度上完全に閉ざされていたのである。

 そして5月28日の理事会において預かり措置が正式に解除され、所属力士らが伊勢ヶ濱部屋へと正式に移籍・合流した。これにより、これまで機能停止・凍結状態にあった「宮城野部屋」という組織そのものが、名実ともに正式に消滅した。一度消滅した部屋を復活させるには、既存部屋の「引き継ぎ(継承)」は使えず、ゼロから「部屋を新設・再興する」手続きを踏まねばならず、そこには当然、炎鵬が満たし得ない「横綱・大関、三役25場所、幕内60場所」という厳しい実績要件の壁が立ちはだかる。

 世間やメディアが「5月28日の決定で移籍・合流になったから、炎鵬が宮城野部屋を継承・再興する道が絶たれた」と悲劇的に報じているのは、完全な事実誤認である。事実は「預かり措置となった時点で、炎鵬による継承はそもそも不可能だった」のだ。このような、大相撲の厳格な制度設計と時系列の事実を無視した「炎鵬による継承説」は、大きい声に流されやすい読者を欺く感情的なプロパガンダに過ぎない。

事実に即し、王道を貫く協会の判断とガバナンス

 今回の決定について、日本相撲協会は感情論や政治的な思惑を一切排除し、極めて事実に基づいた客観的な判断を下している。

 協会は、旧宮城野部屋について「預かりとなって2年以上が経過したことや、当時の師匠の宮城野(白鵬氏)が退職して1年が経過すること、また、今日まで、宮城野部屋を復興させたい旨の申請が理事会に出ていないこと」を理由に、預かりを解除することを決めた。この判断は、組織として淡々と粛々と下されたものである。

 かつて相撲界は、大きな過渡期と混乱期の中にあった。特に、貴乃花氏と懇意にしていた元相撲協会顧問が、相撲協会の資金やガバナンス体制を私物化、流用しようとしたとされる問題は、公益財団法人としての協会の存続すら揺るがす大危機であった。もしあの時、不透明な勢力による組織の切り崩しを許していれば、大相撲は国民的なスポーツとしての信頼を完全に失っていただろう。

 現在の八角理事長(元横綱北勝海)率いる執行部は、このような危機の際にも、公益財団法人としてのガバナンスを粛々と執行し、組織の健全化に努めてきた。協会内の不正を許さず、ルールに則った組織運営を貫くことで、相撲界の信頼を維持してきたのである。

 今回の白鵬氏を巡る不祥事への対応も、その延長線上にある。 現役時代から物議を醸す立ち居振る舞いを繰り返し、暴力事件の現場に居合わせ、親方となってからは弟子の暴力を隠蔽しようとした。これほどのスターであっても、ルールを破れば厳格に処置する。それは個人の感情による排除ではなく、組織として当然のルール適用である。もし相撲協会が、世論の「同情論」にひより、ルールを曲げて例外を認めていれば、それこそ相撲界の規律は崩壊していただろう。

 日本相撲協会は、ただ淡々と王道を貫き、事実に則って粛々と判断をしているだけである。この一貫した姿勢こそが、相撲界の格式と品格を守るために不可欠な要素である。

「最多優勝」という実績は、ルールの例外を作る免罪符にはならない

 大相撲は、単なる勝敗を競うアスリートの競技ではない。神事の上に成り立つ、厳格に保たれた「秩序」があって初めて成立する、日本古来の伝統文化である。

 白鵬が残した「最多優勝記録」という実績が、相撲史における偉大な足跡であることは誰も否定しない。しかし、実績があるからといって、組織のルールを破り、暴力問題を隠蔽し、退職後も組織の運営に口を出す傲慢さが許されるわけではない。

 今回の宮城野部屋の完全消滅は、白鵬自身が引き起こしたガバナンス不全と、それに伴う協会のルールに則った、極めて合理的で実務的な処置の結果である。

 メディアが流す感情的なバッシングに惑わされてはならない。日本相撲協会が示した「規律と格式の遵守」こそが、大相撲が未来永劫、国民に愛される国技であり続けるための唯一の道なのである。私たちは今こそ、無責任な同情論を排し、相撲協会の下した王道かつ粛々とした判断を、公明正大に支持すべきではないだろうか。


VictorySportsNews編集部

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