過去のダウンは伏線か?カギを握る両者のトレーナー

 さすがの井上人気だが、今回は相手のアフマダリエフの評判の高さもファンの観戦意欲を刺激している。井上の大橋秀行会長が「最強の挑戦者」と警戒するアフマダリエフは30歳のサウスポー。アマチュアの世界選手権で銀メダルを獲得し、リオ五輪でも銅メダルを獲得してプロ転向。ここまで15戦(14勝11KO1敗)のキャリアながら、一度はWBAとIBF(国際ボクシング連盟)の2団体王座を持っていた。王者時代の防衛戦では日本の岩佐亮佑を5ラウンドTKOで撃退している。

 井上が5月のラスベガス戦でキャリア2度目のダウンを喫していることも、試合にスリルを与える要素である。アフマダリエフ戦の井上はそのような隙を見せることはしないのか、それとも……。井上から殊勲のダウンを奪ったラモン・カルデナス(アメリカ)のジョエル・ディアス・トレーナーはアフマダリエフも担当しているのだ。アフマダリエフ本人は、「戦う選手が違えば同じゲームプランは役に立たない」との発言をしているが、この慎重さがかえって不気味に思えたり。あるいは開催地の名古屋に因縁を感じるオールドファンもいるかもしれない。というのも、名古屋で行われた世界タイトルマッチにはなぜかボクシング史に刻まれる波乱と名勝負が多いからである。

田中恒成や石井広三…近年も続く名古屋の激闘史

 古くは1965(昭和40)年5月、愛知県体育館で行われた世界バンタム級タイトルマッチ。「黄金のバンタム」と畏怖された無敵の王者、エデル・ジョフレ(ブラジル)に挑んだ日本のファイティング原田は驚異のラッシングパワーでこれを封じ、見事王座を射止めた。原田がジョフレを相手に2階級制覇を成し遂げた一戦は歴史的な意味を持っている。また、愛知県で開催された初の世界タイトルマッチでもあった。

 この5年後には、メキシコのバンタム級王者ルーベン・オリバレスに金沢知良が挑戦し、不利予想を裏切る大善戦。金沢は67勝61KO1敗1分という怪物チャンプに14ラウンドKO負けとなったが、いまに語り継がれる死闘を演じた。

 中部初の世界チャンピオンが誕生したのは1991(平成3)年2月のことだ。名古屋市国際展示場で地元期待の畑中清詞がペドロ・デシマ(アルゼンチン)からWBC(世界ボクシング評議会)ジュニアフェザー級タイトルを奪い取った。試合内容がまた派手だった。初回にダウンを喫して悲観ムード漂う中、挑戦者畑中が盛り返し、王者デシマを6度も倒して8ラウンドTKO勝ちした。

 1994(平成6)年12月4日。「日本最大の一戦」と呼ばれるにふさわしい注目を集めた薬師寺保栄−辰吉丈一郎のビッグイベントもこの地で行われた。WBCバンタム級王座統一戦として行われ、これまた名勝負となり、戦前は形勢不利をいわれた薬師寺が人気者の辰吉に勝利した。

 1999(平成11)年11月に行われたWBAスーパーバンタム級戦、王者ネストール・ガルサ(メキシコ)が終了まで30秒の時点で石井広三を振り切ってTKO勝ちした一戦は、挑戦者石井の奮闘が称えられ、この年の日本ボクシング界の「年間最高試合」に選ばれた。近いところでは2018(平成30)年9月のWBO(世界ボクシング機構)フライ級タイトルマッチ、田中恒成−木村翔のフルラウンドの激闘も、同年の最高試合賞を受賞している。

 これらの名勝負が集中したのは単なる偶然か、それとも何かしら理由でもあるのかはわからないが、名古屋は数々のドラマの舞台となっている。

 さて、きたる井上−アフマダリエフ戦はいったいどんな試合になるのか。チャンピオンはアフマダリエフ戦の発表記者会見で「本気を出させていただきます」と言っている——。


VictorySportsNews編集部

著者プロフィール VictorySportsNews編集部