その女性がどれほど熱心なファンであるかは、わからない。「こんなにうまっているの」が「昨シーズンまでとは違う」という驚きなのか、あるいは「初めて来たけどこんなに客席が埋まっているんだ」のそれなのだろうか。

 いずれにせよ、会場の所沢市民体育館のコートを取り囲むスタンドが赤く染まっていたのは事実である。

 9月27日からの2日間。B3リーグ所属のさいたまブロンコスは2025-26シーズンの幕を上げた。6月にはアルバイト・パート求人情報サイト「バイトル」やスポットのバイトサービス「スポットバイトル」などを展開するディップ株式会社が新たなオーナーとなったことで、意気軒昂のチームはこの開幕節で2連勝を飾った。

 27日の初戦ではクラブ史上最多となる4247人を、翌28日には3962人の観衆を集めた。この開幕節では先着の計8000名の来場者にブロンコスの赤いユニフォームが配られた。

「いままでブロンコスは低迷をしてきましたが相当、期待をしていただいているなと感じているので、余計に責任を感じていますし、頑張ろうという気になります」

 1997年にディップを創業以来、2004年には東京証券取引所マザーズへ上場、2013年には同一部(現プライム)市場への指定替えを果たすなど同社を急成長させてきた冨田英揮代表取締役社長兼CEOは、会場の熱気について問われるとそのように話した。

 実業団時代にはアンフィニ東京ブロンコスとして優勝を果たす強豪だった同チームはしかし、2016-17のBリーグ開始以来、B3でも低迷に甘んじる時期が大半だった。

 しかし売上高563億円(2025年2月期)と業界きっての大手であるディップ社の参入によって、このチームには大きな変化がもたらされるかもしれない。

「プロスポーツチームを持つというのは起業家にとってのひとつの夢だと思います」

 冨田社長はこのように語る。ディップ社はプロダンスリーグ・Dリーグに参戦する「dip BATTLES」も運営し、その他、来春開催のワールドベースボール・クラシック(WBC)では東京で行われる1次ラウンドのメインスポンサーになるなど、スポーツ界への積極的な参画が目立つ。

「バスケットには非常に大きなポテンシャルがあり、われわれのユーザー層にも親和性の高いスポーツ。広告的な効果もあると思っています」

 冨田社長はこうも述べた。プロ野球やサッカーのJリーグと比べてBリーグを含めたバスケットボールのファンは若く、女性も多いと言われる。さいたまのオーナーとなったことにより当然、ディップ社や彼らの提供するサービスに対する認知度の向上にも期待をしている。

 一方、より高い露出を求めていくには勝利を重ね、より上の舞台を目指していく必要がある。冨田氏は2030-31シーズンをめどに最高峰カテゴリー「Bリーグ・プレミア(Bプレミア)」への参入を目指していると明言している。

 2024-25シーズンは22勝30敗で12位に沈んださいたまは、松下裕汰、多嶋朝飛、小西聖也、大谷孝太朗、デビン・オリバーなどB1でのプレー経験のある選手をオフに獲得するなど大きな補強を施し、今シーズンは一気に上位を狙う。

 Bプレミアへの参入のためには競技力だけでなく、事業性(初年度参入の審査では年間売上高12億円等)や要件を満たしたアリーナ(スイートルーム等を備えた観客席5千人以上のもの)が必要となる。

 ブロンコスが本拠としての使用を想定していたさいたま市中央区の新アリーナ建設に関して、9月になって入札が中止となるなど現時点での建設の見通しは立っていない。だが、アリーナがなければプレミア入りも絵に描いた餅となってしまう。冨田社長は建設を「喫緊の課題」としている。

 冒頭で記した通り、開幕節では満員のファンが訪れ会場内を赤い空間とした。冨田氏にとってもその光景は壮観なものだったはずだが、先々には「もっと大きな会場を真っ赤に染めたい。テレビ放送も増やしていきたいと思っていますし、会場でもテレビでも応援していただけるような、埼玉を代表するプロスポーツチームにしていきたい」と意気込みを示した。

 埼玉県は全国5位の約730万人の人口を持ち、ブロンコスのホームタウンであるさいたま市と所沢市もそれぞれ約135万人(全国9位)、34万人の住む都市である。同県東部には昨シーズンB1に昇格した越谷アルファーズがいるものの、東京からも近く大きなマーケットと潜在能力を有しているのは間違いないだろう。

 Bリーグのチームのオーナーになりたいという希望があったとはいえ冨田社長は当初、首都圏のチームでそれを叶えることは難しいだろうと考えていたようだ。その中でブロンコスのオーナーシップ譲渡の話が提示されたということである。

 「これだけ人口を抱えた所沢市とさいたま市にホームを持つチームのオーナーになれたことは非常に幸運なことだったと思います。これから埼玉の皆さんと一緒にチームを強くしていきたいです」

 冨田氏はそのように話した。ディップ社は東京都港区に本社を置いており、社員が応援に行きやすいという点でもメリットはありそうだ。

 チーム最年長の39歳の松井啓十郎は、2016-17、Bリーグ初年度の開幕戦をアルバルク東京の一員として経験している。その時と規模は違うとはいえ、満員の観客が客席を赤く染め熱気が覆った所沢市民体育館のコートに立ったことで、当時と同様その試合を落とせないという重圧も感じていた。

「オーナーが多くの人が知る企業となってくれたことは、すごくありがたいことです。テレビ放映もあり、4000人以上のお客さんが来てくれるなどの努力もすごくしてくださったので、自分たちはやっぱり試合で勝って結果を出さなきゃいけないというプレッシャーもありました。その意味ではBリーグの開幕戦のような感じというか、勝たなきゃいけないという使命を感じました」

 開幕節での4247人、3962人という観客数は、従来のさいたまの本拠地開催における1試合の最多記録を更新するものとなったという。昨シーズンの平均は1667人だったことをふまえても、好発進を切ったといえる。

 今後もこれを継続していけるかは当然、チーム成績も関わってくるが、ディップ社と球団によるファンベースを強固なものとしていく経営努力も肝要となってくる。

 歴史がありかつては強豪だった時期もあったブロンコス。その名前は古いファンには郷愁を覚えるものかもしれない。しかし、スポーツに力を入れる大資本がオーナーとなったことで彼らはここから再び、上昇を目論む。


永塚和志

著者プロフィール 永塚和志

スポーツライター。前英字紙ジャパンタイムズスポーツ記者。Bリーグ、男女日本代表を主にカバーし、2006年世界選手権、2019ワールドカップ等国際大会、また米NCAAトーナメントも取材。他競技ではWBCやNFLスーパーボウル等の国際大会の取材経験もある。