年間4試合という強行軍の“代償”と、聖地で見せた王者の執念
“新たな聖地”サウジアラビアでも井上は圧巻の強さを見せた。初回は慎重に入ったが、2回からは前に出て攻勢を強めると、上下にパンチを散らし手数で圧倒。がっちりとガードを固めるピカソに容赦なくパンチを浴びせ、11回にはダウン寸前まで追い込むなど最後まで試合を支配した。判定はジャッジ1人がフルマークをつける3―0の完勝となったが、終始ディフェンシブに戦った相手に “モンスター”らしいド派手なKO劇を見せることはできず、「今夜は良くなかったです…良くなかった」と自身初の2試合連続判定決着に苦笑い。年4試合を戦った“代償”は大きく、試合後は珍しく疲弊し切った様子で「(ファンの)期待に応えられなかったことは悔しい。正直倒したかった」と終始ガードを固めた挑戦者を倒し切れずに反省の弁が口を突いたが、サウジアラビアのファンを魅了した戦いを見せたことは確かだ。
遠征中にはサウジ流の“おもてなし”も受けた。井上は陣営とともに19日に現地入りし、リヤド市内のマイク・タイソン・ボクシングクラブで最終調整を続けながら、日本では異例とも言える試合直前の公式行事に連日参加。現地スタッフは鳥居をイメージしたオブジェや造花の桜などがセットした“日本仕様”の特設会場で出迎え、井上自身も試合開催地でのお披露目イベント「グランドアライバル」や公開練習などを消化。歓迎ムードが漂う中、現地メディアからも相次いだ質問は、26年5月に東京ドームでの対戦が計画されている、中谷潤人との無敗の日本人対決についてだった。
現地リヤドで行われたプレスカンファレンスの様子激震のフェザー級挑戦構想。中谷戦か、それとも歴史的快挙か?
井上とともに米老舗専門誌「ザ・リング」のパウンド・フォー・パウンド(PFP=全階級を通じての最強ランキング)入りする世界3階級制覇王者の中谷。2人は今回の興行で初共演を果たすこととなった。ともにサウジでの“前哨戦”に勝利すれば、次戦は5月のビッグマッチが内定する。井上は「(中谷戦も)頭にはあるが、今はピカソ一択」と試合前には言及を避けたが、「お互いにまだ無敗なので、お互い価値観を高めていければ」と戦友には“エール”を送ってきた。中谷にとってはいよいよ井上と同じスーパーバンタム級に階級を上げての初戦。過去に井上のスパーリングパートナーを務めた経験もあるWBC同級10位のセバスチャン・エルナンデス(25=メキシコ)との対戦だ。20勝18KO無敗の“難敵”との試金石となる一戦へ「初めてのスーパーバンタム級での試合。しっかり経験を積んで次へつなげていければ」と話し、日本人対決への機運も高まりつつある中、“事件”は試合前日に起きた。
前日計量が行われた26日。午前の本計量をクリアした井上は、午後に予定された一般公開用の計量セレモニー前に報道陣の取材に対応。そこで5月の中谷戦よりもフェザー級に挑戦して、日本人初の世界5階級制覇を目指す構想があることを口にしたのだ。「中谷戦かフェザーで5階級を狙うかどうなるか分からない」。所属ジムの大橋秀行会長(60)もこの発言を認め「挑戦を受けるのではなく挑戦をしたい気持ちが強い。5階級制覇は魅力的」と話し「試合を見てから決めたい」と中谷が井上にふさわしい相手なのかを見極める“テストマッチ”となる可能性も示唆したのだ。
試合前日にまさかの“開催危機”の可能性が浮上。直前の方針変更で混乱も生じる中、快勝した井上とは対照的に中谷はエルナンデスに大苦戦。ジャッジ1人が8点差をつける“快勝” で国内新記録のプロデビューから32連勝を飾ったが、接近戦で苦戦し本来の持ち味を発揮できず。タフな相手の前進を止められず、ラウンドが進むたびに増した右目上のはれが苦闘を物語っていた。「エルナンデスはとても強かったです。とてもタフな試合で自分のボクシングキャリアにとってもいい経験になった」。試合後、中谷は客席に謝罪するかのように何度も手を合わせながら会場を引き揚げた。
2026年、世界が待ち望む「無敗対決」へ。世代交代を許さぬモンスターの矜持
試合内容では明暗が分かれたが、2人の勝利でファンが臨む〝頂上決戦〟へのカウントダウンが始まったことは確かだ。試合前日に世界5階級制覇を目指す可能性を示唆した井上は試合後「そういう話が〝さらっ〟と入ってきたので〝さらっ〟と話してしまって…かき乱して申し訳なかった」とバツの悪そうな表情を浮かべながら前言撤回。混乱を招いたことを謝罪しながら「お互いに勝って〝そりゃあ、もうやりましょうよ〟と大橋会長にも(言った)。自分としてもやる気持ちも十分ある。もちろん自分から呼びかけていますし」と前哨戦をクリアした中谷の挑戦を受けることを明言した。
今回の興行を手がけた、サウジアラビア総合娯楽庁トゥルキ・アラルシク長官も自身のXで「2026年前半には井上対中谷戦を観戦するために日本を訪れます」と投稿するなど、世界中が待ち望む一戦。25年3月の年間表彰式での電撃オファーから約1年。無敗同士の頂上決戦がようやく実現しようとしている。サウジ戦での勝利でPFP1位返り咲きも射程圏内の井上としても、もちろん唯一の4団体統一王者として世代交代を許すつもりはない。衰え知らずのモンスターが、26年も圧倒的なパフォーマンスで健在を証明していく。