このイベントはセミファイナルもボクシングファンをわくわくさせている。WBC(世界ボクシング評議会)バンタム級チャンピオン、井上拓真(大橋)が元4階級制覇王者の井岡一翔(志成)の挑戦を受けるタイトルマッチ。世界一流の技術力を誇る両者による上質なマッチアップである。
どん底からの帰還。井上拓真が手にした「負けから学んだ強さ」
拓真は高校在学中にプロデビュー。初戦でのちの世界チャンピオン福原辰弥(本田フィットネス)に判定勝ちして以降順当に勝ち星を積み上げ、ちょうどデビュー5年で初の世界タイトルを獲得した。48戦全勝のタイ選手ペッチ・CPフレッシュマートを破って手にしたこの王座は暫定タイトルだったため、規定通りに次戦で正規王者ノルディーヌ・ウバーリ(フランス)と対戦。しかしダウンを喫して大差判定負けに終わり、無冠に追いやられた。
再起後はバンタムとスーパーバンタムの両クラスで日本のトップレベルのファイターを次々と撃破し、再び存在感を高めた。リボリオ・ソリス(ベネズエラ)に判定勝ちし、WBA(世界ボクシング協会)で王座返り咲きを遂げたのは、ウバーリ戦から3年5ヵ月後のことだった。
WBAチャンピオンとして2度の防衛に成功。当時のWBCチャンピオン中谷潤人との統一戦を行うレールが敷かれたが、2024年10月のV3戦で伏兵堤聖也(角海老宝石)に判定負けし、ビッグマッチは雲散霧消してしまう。同学年の堤には高校時代に勝っていたこともあり、まさに足元をすくわれた格好。苦汁をなめた拓真は現役引退も考えたという。
それだけに1年後の再起戦は意地とプライドをかけた戦いとなった。中谷が返上したWBC王座の決定戦で、相手はキックボクシングから転向して無敗で上ってきた那須川天心(帝拳)。大一番で拓真は闘志あふれるボクシングを見せ、明白な判定勝ちを収めた。引退の危機にあった男がキャリアのベストパフォーマンスを披露しチャンピオンとして復活した——。「負けから多くのことを学びました」と拓真は言ったものだった。
レジェンド井岡一翔、36歳の挑戦。前人未到「5階級制覇」への執念
いま円熟期のチャンピオン拓真に挑む井岡。こちらは5階級制覇の大記録がかかる一戦となる。複数階級制覇が当たり前のようになったいまの時代でも、5階級にわたって世界タイトルを獲得したボクサーは8人しか出ていない。井上尚弥と並びここまで4階級制覇の井岡が拓真を破ってこれを達成すれば、日本人ボクサー初の偉業となる。
井岡は2009年にプロデビューして17年のキャリア。最軽量ミニマム級からスーパーフライ級まで順に4階級でチャンピオンとなり、実に27戦もの世界タイトルマッチをこなしてきたレジェンド・ボクサーだ。
昨年フェルナンド・マルティネス(アルゼンチン)に連敗してスーパーフライ級で王座再奪取に失敗すると、新たにバンタム級を目指すことを決めた。36歳の年齢で自身過去最重量のクラスに挑もうというのだ。数々の記録、名勝負を残した井岡の長いボクシング人生でも最大のチャレンジだろう。
日本人無敗の記録か、世代交代か。技術の粋がぶつかり合う聖地
21歳で初めて世界タイトルを手にした井岡も現役最古参の1人となった。いつまでも続けられない厳しいスポーツではあるが、いまの井岡は練習段階からの一瞬一瞬を楽しんでいるようでもある。ジムではひと回り以上年下と積極的に意見交換をし、今どきの若いボクサーたちの考え方などに触れることが新鮮だという。それが自分にとっても勉強になるのだという。今度の試合に井岡はもちろん日本初の5階級制覇をかけるが、それをもってゴールというわけでもないようだ。
そんな井岡はプロで日本人ボクサーに負けたことが一度もない。これは拓真が「レジェンド超え」に一層やる気をかきたてられる要素だろう。