階級の壁とエルナンデス戦の裏側
2015年4月のプロデビュー戦は一番軽いミニマム級だった。そこからフライ級、スーパーフライ級、バンタム級の3階級で世界王座に君臨。満を持しての転向となったスーパーバンタム級は、これまでとは階級の差が大きかった。フライ級からスーパーフライ級、そこからバンタム級と1階級上がるごとにリミットが約1・3キロプラスだったが、今回は約1・8キロ。それだけに、練習では大きくした体を思い通りに動かすことにもフォーカスした。
迎えた相手は、20戦全勝(18KO)のセバスチャン・エルナンデス(メキシコ)。そこで〝階級の壁〟に遭遇した。「相手の耐久力は上がるなとすごく感じた。今までだったら倒れていたであろうパンチが相手に効かなくなっていると感じながら闘っていた」と明かした。序盤はアッパーなどで攻勢が目立ったが、途中から前に出てくるエルナンデスとの接近戦で、いつになくパンチを浴びる場面があった。試合中、頭の中では自問自答を繰り返していたという。積極的な相手への対応について「足を使うべきなのか、打ち合って止めて来させないようにするのか。セコンドの指示で一回近くでやってみようという声もあったので、ああいう形になった」と説明した。
相手とのバッティングもあって右目は大きく腫れ、これまで鮮やかなKO勝ちを重ねてきた姿とは違った。12回を闘って判定にもつれ込み、結果は3-0で勝利。32戦全勝(24KO)とパーフェクトレコードを更新した。ただ、ジャッジ2人が115-113の僅差をつけ、接戦を物語った。「相手をしっかり止められる技術をより磨いていかないといけない。近い距離での攻防の反省点はたくさん出たし、遠い距離でもいろんな面で徹底する能力を成長させないといけない」と課題を次々に挙げた。
反面、約2年3カ月ぶりの判定勝利で得た収穫も見逃せない。無敗だった難敵のエルナンデスとフルラウンドを闘い抜いた。これまでは序盤から相手を圧倒し、少ないラウンドでの決着が少なくなかっただけに、新階級でスタミナ的に長いラウンドへ対応した形。「フィジカル面を体感でき、タフな相手と闘い切れたのは大きい。そして、闘いながらもっとこうした方がいいのかなと、自分と対話できた時間が長かったのはすごくプラスだった」。高次元での頭脳戦をみっちり試せたのは貴重な糧になった。
強さ支えるコンディショニング
激闘を終え、年末年始は練習をせずにリカバリーに徹した。検査の結果、右目の網膜や骨に異常はなく、練習を再開した1月13日にはほぼ腫れも引いていた。「今回はけがが多かったので、とりあえずしっかり食事と睡眠を取ることに集中した」。英気を養った2026年の正月を振り返った。
思えば、バンタム級での最後の試合は2025年6月だった。そこから半年余り。スーパーバンタム級へ適応するため、試合前を除いた普段の体重を2~3キロ増加させた。その際にこだわったのが筋肉量で、1~2キロアップに成功した。「筋肉量を上げていくという作業は大変だった。大きくなった分、体を扱いづらくはなったので、試合前は変なけがをしないように気をつけた」と述懐する。食事の面では、栄養士に試合前の減量に配慮しながら、筋肉量を落とさないメニューを作ってもらった。「タンパク質をしっかり取って減量していくというところを意識した。今後はこの階級にもっとフィットした体になっていく。まだまだ大きくできると思っている」と今後の成長に自信をのぞかせた。
強靱な体づくりで重視しているのは、トレーニングや食事だけではない。「質のいい動きをするためには質のいい休息が必要」。コンディショニングへの意識が高く、睡眠も昔から大切にしている。平均的に夜8時間、昼寝1時間と一日に計9時間の睡眠を取っている。昨年9月には「TENTIAL(テンシャル)」とのコンディショニングサポート契約を発表。より良いコンディションづくりへ体制が整った。
元々パジャマとして、同社のリカバリーウエア「BAKUNE」を約2年前から着用し、その後掛け布団の「BAKUNE掛け布団」も使い始めた。現在は夏用と通年用を愛用。昨年12月のサウジアラビアでの試合など、海外にも持参する。「夏用はすごくひんやりして心地よく眠れる。寝返りとか、寝ている間によく動くけど、通年用を含めて軽いのでストレスなく眠れてすごくありがたい」。米大リーグ、ドジャースの大谷翔平ら一流選手のご多分に漏れず、睡眠が秀逸なパフォーマンスを支えている。
TENTIALとの契約で睡眠環境のサポートも受けているという中谷(提供:TENTIAL)モンスターにも物怖じせず
日本人同士の世紀の一戦へ、機は熟した。中谷がエルナンデスを下した試合の直後、メインイベントに登場した井上尚はアラン・ピカソ(メキシコ)に危なげなく判定勝ちし、世界スーパーバンタム級主要4団体のタイトルを防衛。単独史上最多の世界戦27連勝とした試合後、中谷との顔合わせについて断言した。「お互いに勝ったことだし、もうやりましょうよ」。ドリームマッチ実現への流れは確実となった。
〝モンスター〟の愛称を持つ井上尚は、日本選手として初めて、米専門誌「ザ・リング」選定の全階級を通じた最強ランキング「パウンド・フォー・パウンド(PFP)」で1位になった実績がある。4歳上の井上尚について、中谷は次のように印象を話した。「本当に全てに優れていて、1ラウンドを経験するごとにしっかりと学ぶ力が強い。なかなか崩しづらい選手で、しっかり崩していきたいと思える選手の一人」。敬意を表しながらも、決して物怖じすることはない。
2025年12月末時点で、PFP2位の井上尚に対して、中谷はPFP6位。日本が誇る両雄の激突は、国内外のファンが待ちわびている。三重県東員町出身で28歳の中谷は、特別感の漂う状態をこう捉えている。「プロボクサーとしてありがたいと思うし、世界中の人が盛り上がってくれるというのは、刺激的な日々を送ることができる。この状況を楽しみながら成長につなげていきたい」。あくまで冷静な口調だった。
現時点での下馬評で、井上尚有利の声が根強い。スーパーバンタム級での経験値の違いや、中谷がエルナンデスと接戦にもつれ込んだことなども影響しているのだろう。それでも、強打によってこれまで幾多の相手をマットに沈めてきた実績と誇り、大きな伸びしろがある。井上尚戦への準備について、次のように語っていた。「1年前くらいからそういう話がたくさん出てくるようになった。もちろん、イメージというのはいろいろな角度からしているが、こればっかりはリングに上がってみないと分からないことが大半。そのときに全てに対応できる自分をつくっておくのが大事だと思う」。ボクシングに全てを捧げ、心技体あらゆる面で決戦の日に備えている。