クロフォードを見る目

 PFPとは、細かい階級に分かれているボクシングの世界で、試合結果や内容などから階級の枠を超えて誰が強いかを評価するランキング。海外では各種メディアで作成されているが、最も権威があるとされるのが米専門誌「ザ・リング」が選定するもの。1989年からランキングが導入された。これまでマイク・タイソンやフロイド・メイウェザー(ともに米国)ら名だたる王者がナンバーワンに君臨。日本選手では井上尚が2022年に初めて1位に輝く快挙を成し遂げた。

 中谷は2024年4月に初めてトップ10入り。2025年12月末時点で、世界スーパーバンタム級主要4団体統一王者の井上尚弥の2位に次ぎ、日本勢2番手の6位につけている。10位以内に初めて選定されたときのことに触れ、PFPへの思いをこう明かした。「数々のチャンピオンたちがインされてきているランキングで、そこに自分の名前があるのはすごく光栄。期待される以上のパフォーマンスを試合で発揮することを意識している」。謙虚に受け止めつつ、トップクラスとしての自覚を口にした。

 PFPのランクを上げていくためには井上尚はもちろん、昨年12月時点の1位、ヘビー級のオレクサンドル・ウシク(ウクライナ)ら歴戦のつわものたちを上回るファイトが求められる。高みに到達するためには何が必要なのか。「試合中に展開をパッと変えられたり、状況によって闘い方を変えられたりするところが大事になってくる。一つ一つの正確性、丁寧さも磨いていかないといけない」と自己分析した。

 技術の幅を広げるヒントを求め、他の選手の映像を見ることがある。特に自身と同じサウスポーの試合をチェックすることが多く、最近ではPFPナンバーワンのまま昨年12月に引退したテレンス・クロフォード(米国)を好んで見ている。「イメージが頭の中でマンネリ化しているなというときとか、いろいろな人の映像を見て新しい刺激を入れている。パンチとか闘い方とか、いろいろな目線で見るのが好き。クロフォード選手はよく見させてもらっているが、闘い方を自由自在に試合中でも切り替えて組み立てていける力がある」と説明。自身で挙げた課題と重なる部分があった。

根本にあるものと年波への対処

 三重県東員町出身で、中学1年のときにジムに入門してボクシングに打ち込んだ。中学卒業後に武者修行のため単身渡米。思い切った行動で腕を磨き、現在の礎を築いた。デビューからもう少しで11年。32戦全勝(24KO)のパーフェクトレコードと、申し分ない実績を積み上げてきた。競技への向き合い方についてこう語る。「ダメージを与え合うスポーツなので、なるべく(パンチを)もらわずに。気持ち的には変わらずボクシングが好きなので、好きなことを一生懸命やろうという気持ち。楽しさというところが一番の根本にある」と情熱が衰えることはない。

 自身の性格について問われると「負けず嫌い」と即答。日常のちょっとしたゲームなどを含め、何事も負けることが嫌という。その性格が強くなることにもつながっている。「負けないためにはしっかり準備しなきゃいけない。そこをある程度は実行できる人間かなと思う」と日々の地道な練習で進化してきた。例えば、体力トレーニングの中で本人が「だいぶきつい」と明かすスクワットのトレーニング。計40回実施するが、5回ずつに分けてだんだん負荷を上げていくやり方で、現在は最高で約160キロの負荷でこなす。9年前から取り組んでおり「初めてやったときは30キロでヒーヒー言っていた」と苦笑い。今では強烈なパンチでファンを興奮させ、〝ビッグバン〟の愛称を持つ。自身の体つきについてこう表現した。「多少、筋肉がついてきたなという感覚を持っている。ただ、ゴツゴツしているより機能性のある筋肉、しなやかに動けるような体の方がいいというイメージはある」と理想も示した。

 ただ、寄る年波は誰にでも訪れ、28歳の中谷も例外ではない。「だんだん年を取ってきて、疲労が抜けづらい部分も多少出てきている」と認め、こう強調した。「脳も疲れるので休ませ、肉体的な部分でもしっかり休ませることが効率的にできるので、睡眠をすごく大切にしている。試合前は練習の強度も上がるので、その分、寝る時間が増えてくることが多い」。昨年には「TENTIAL(テンシャル)」とコンディショニングサポート契約を結び、掛け布団やリカバリーウエアの提供だけでなく、データに基づくアドバイスも受けている。究極的な目標であるPFPナンバーワンへの道を鑑みても、隙のないコンディショニングだ。

日常や移動時にもTENTIALのリカバリーウエアを愛用(提供:TENTIAL)

感謝の気持ちがもたらす充実

 リングから降りると人柄は穏やかで、メディアの取材にも丁寧に応じる。大切にしている言葉は「感謝」。本人によると、幼少期から両親に謝意を示すことの重要性を教わってきた。この姿勢は、一つずつ階段を上って世界バンタム級2団体統一王者になるなど、競技人生の充実をもたらしている。初の世界王座はフライ級時代。その後も躍進を続けてきた要因の一つを次のように挙げた。「周りの記者さんたちとか、周りのファンの方とか、自分に問いかけてくれる言葉が増えた。その中で一つずつ、次の目標をたくさんの人に与えてもらったなという感じで、今この場所にいる」。周囲とのやりとりをもやる気に変え、謝意をにじませる思考からは、懐の深さを感じさせた。

 迫力ある内容で相手を倒し続け、手繰り寄せた井上尚戦。これまでにない壮大な挑戦だ。そういえば、クロフォードの印象的な試合に、現役最後となった昨年9月の〝カネロ〟ことサウル・アルバレス(メキシコ)との一戦を挙げた。スーパーウエルター級のクロフォードは、絶大な人気を誇るスーパーミドル級の世界4団体統一王者カネロをターゲットに設定。約1年で2階級アップの体をつくり上げて挑んだ。フィジカルの差などから不利との予想もあったが、卓越した技術で3―0の判定勝利。史上初の3階級での世界4団体統一を成し遂げ、42戦全勝(31KO)で引退した。

 中谷は、中量級のビッグファイトを制したクロフォードについて、試合への準備を含め、感銘を受けた。「たくさんの人に衝撃を与えたし、無謀だといわれるチャレンジをしっかりやってのけた。試合に挑む過程も興味をそそられるし、いろいろ試行錯誤をしながらやってきたんだなと印象に残っている」。はたから見れば〝モンスター〟井上尚に挑む中谷自身の姿がオーバーラップするというのは言い過ぎだろうか。

 PFPランキングの点でも井上尚戦は重要。「たくさんの方が期待してくれているというのは日々感じる。その思いが大きくなればなるほど自分のパフォーマンスにつなげていけると思っているので、ありがたい。全てを出し切る」。プロデビュー以来、海外を含めて試合前に決まってオムライスとウナギを食べる好漢。ハードパンチと感謝の心―。一見ギャップとも捉えられる魅力を携え、王道を歩んでいる。

中谷潤人の現在地 ~来たるべきメガファイトへの刺激的日々

ボクシングの元世界バンタム級2団体統一王者の中谷潤人(M・T)が、来たるべきメガファイトに向け、2026年を迎えた。昨年12月末、スーパーバンタム級へ階級を上げての初戦を白星で飾り、本命の同級世界主要4団体統一王者、井上尚弥(大橋)との、ファン垂涎のカードが5月2日に行われることが先日発表された。

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高村収

著者プロフィール 高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事