34年目の夏

 2026年夏。筆者は今年も全国高等学校野球選手権・西東京大会にてスタジアムの実況席に就く事が出来た。今夏の担当は7試合。34年目の夏。スリーボンドスタジアム八王子(旧八王子市民球場)は例年通りの暑さに見舞われた。肌を射抜くような日差しの中、夢舞台を目指し白球を追う球児たちの姿は、観る者の胸を熱く震わせる。この一球に全てを懸ける!そんな直向なプレーに魂を揺さぶられながら、筆者も彼らの蒼い時の中を全力で駆け抜けた。

スリーボンドスタジアム八王子(旧八王子市民球場)

スコアボード、リニューアル

 毎年変わらぬ景色が選手、応援団、高校野球ファン、そして放送スタッフを迎えてくれる。実家に戻ったような安心感。そんなスタジアムの設備のひとつが一新された。2026年3月、スコアボードの改修工事が完了し、春以降、各種大会から本格的に稼働を開始。費用を捻出するため八王子市では初めてCF(クラウドファンディング)を実施。市民や全国の野球ファンから目標額の1000万円を上回る約1400万円の浄財が寄せられた。漆黒のスクリーンに白の文字。遠目にも見やすく、また球数表示があるのも実況者として大変有難い。今後、幾多の名勝負の記録と記憶を刻んでいくことになる。

見た目にも鮮やか!改修された新スコアボード

各校DH制採用の基準とは?

 スクリーンに映し出された両校のラインナップ。ポジションを示すスポットに「D」の文字が記されている。今春の選抜大会から導入され、全国的には各都道府県の春季大会から本格運用が始まった指名打者制(DH制)。MLBの大谷翔平ルールに則ったレギュレーションとなる。記念すべき第一歩を記した今春の第98回選抜大会。1回戦16試合でDH制を採用したのは32校中26校。長崎西、花巻東、日本文理、高知農、大垣日大、高川学園は、“従来型”の9人野球で初戦に挑んだ。各チーム、監督の采配やメンバー構成などの事情で全ての学校がDH制を執ったわけではない。そこにはどのような思惑があったのか?今夏、試合前取材で両校指揮官にDH制について自軍に於けるメリット、デメリットをどのように考えているのか?を直接伺い、運用に於けるひとつの基準を導き出そうと試みた。ただ西東京参加118チーム(126校)中の14校、サンプルの数が少ない事は予めご了承いただきたい。

リアル二刀流は“皆無”?

 結論から言うと、今夏、筆者担当7試合のスターティングラインナップで、“大谷ルール”を適用し投手がDHで打席に入る“リアル二刀流”を選択した学校は“皆無”だった。DH制採用は14校中8校。自軍に於ける最大級のメリット、それはDH=打力に特化した選手、を起用し攻撃力の向上が見込めることである。確かに、強豪私立ではその図式が当てはまる。しかし、得点力アップを目論んだ采配、という至極分かり易い理由だけで指名打者を使った学校は一つもなかった。現場の責任者が考えを巡らせた用兵、それぞれの最適解は苦渋の決断に満ちていた。

酷暑の夏、DH制の持つ意味

 DHを起用した学校の監督談話の前に、ラインナップに9人の野手を並べた従来型チームのお話を少々。「投手をやる選手は基本的に打撃も優れている。本音を言えば彼に匹敵する力の選手をDHで起用し投球に専念させたいが、そこまで打力に特化した選手も残念ながらウチにはいない。攻撃力を落とさないために投手を含めた9人でメンバーを組まなければならない」異口同音に語られた非DHの理由。少子化等の影響で部員数が減少、そのため選手層も厚いとは言えない苦しい台所事情から見送られる形になっていた。新たな戦術を取り入れたくともそれを許さない環境、指揮官の表情に苦悩の色が滲んだ。

 一方、DHを積極的に取り入れたケースでは、監督はメリットを強調していた。かい摘んで列挙すると次の三点に集約される。①打撃は得意だが守備が苦手という選手は定位置獲得が難しかったが、DHを使えばそうした選手の出場機会が増える。②投手の打撃がもうひとつなので、打力の高い選手がラインナップに入ってくれて助かる。③ここ数年の酷暑を考えると、投手を打席に立たせない事でイニング間に休息を取る事が出来る。選手の健康管理のためにもこの制度は有難い。また③に関して補足をすると、単に投手の打席回避だけではなく野手陣の中でその日の体調も考慮しながらDHをローテーションで回せば、大会期間中の選手の消耗が最小限に抑えられる、と別の側面からメリットを強調された指揮官もいた。

得点力アップ<熱中症のリスクヘッジ

 今夏の八王子でも、試合中、足がつってしまう選手が散見された。3年前の2023年から導入されたクーリングタイムや第一試合の開始を早めるなど様々な工夫で健康被害が出ない事を目指し運営されている夏の大会。しかし、どんなに気を配っても熱中症のリスクから完全に逃れる事は難しい。そのため、生徒を守るための一手として指名打者制を採用する監督の意図に、教育者としての思慮の深さを見た。単に得点力向上を意図とした戦術論からではなく選手の健康をいかにして守るか?という発想からこの戦法をメリットとして捉えた監督がほとんど、いやお話を伺った全員の共通認識だった。6年前、コロナ禍で行われた2020年 夏季東西東京都高等学校野球大会の際、試合前取材で多くの監督が「生徒の命を守る事が我々に課せられた使命。どんな状況下であっても安全・安心に大会を運営していかなくてはならない」と語っていた。教育現場の不変の理念。その想いに沿った形の選手起用が、今夏のDH制に表れていた。酷暑を乗り切る最善の策として運用面の難しさがあっても決断した指揮官は少なくなかった。

戦力差とは別の格差

 だが全ての学校に同じことが出来るわけではない。先にも述べた通り、チーム事情が“それ”を許さなければ従来型の9人野球で臨まなければならない。部員数が潤沢で、戦力も充実している学校がDH制を採用し疲労や暑さから生徒を守ろうとする一方、部員数減少で思うようなチーム作りが出来ない学校は結果、リスクヘッジまで手が回らない。今夏の大会期間中、日本全国多くの地点で猛暑を観測、酷暑日(最高気温40℃以上)の出現もニュースで取り上げられた。この傾向は年々厳しさを増しており今後も予断を許さない。そんな状況下、指名打者制度を有効活用し選手の健康管理に注力しながら戦えるチームとそうでないところ。そこには戦力差に比例して、酷暑による健康被害への格差が生じる懸念がある。この格差が埋まらなければスポーツの公平性は担保されなくなる。チーム力に差があるのは致し方のないところだが、健康面で有利不利が出てしまっては競技として成り立たないと筆者は危惧する。

格差是正のための有効な対策は?

 では、近年議論がなされている“高校野球7イニング制”を導入してはどうか?確かに、試合時間は短縮され、ある程度の効果は見込めるかもしれない。だが、ここには“選手の出場機会減”という難問が立ち塞がる。一人でも多くの生徒がプレーすることを是とする高校野球に於いて、これに異を唱える指導者の方が一定数いるのも事実。採用にはまだ議論を尽くさねばならないだろう。では現行のレギュレーションのまま、いかに運営するべきか?ひとつの解決策として2部制実施が考えられる。甲子園大会における2部制が開始された2024年以降、出場した各校監督には概ね好評だったと聞く。同じ理屈で日中の高温時間帯を避けて大会を運営すればリスクは軽減できる。ただ地方球場の場合、夕方以降の試合に於いては近隣の住環境にも配慮しなくてはならず、夜間にブラスバンドが入っての応援などは厳しい面もある。開催時期をずらせば、という意見もある。真夏の時期を避けて気温が下がってきた秋口に開催という案だ。だがこれも、センバツ出場への判断材料となる秋季大会との兼ね合い、また学校行事や授業のカリキュラムが全国一律ではないことから、すぐに着手する事は難しい。暑さ対策に焦点を当て一定の効果が期待できたとしても、別の新たな問題が浮上し、容易にゴールには辿り着けない。

第108回全国高等学校野球選手権・西東京大会の様子

 しかし。このままでは、明らかに生徒のコンディショニングに差異が生じ、スポーツの公平性は保たれない。先述した監督のコメント「投手をやれる選手は基本、打撃も優れているのでメンバーから外せない」というチームの中には、上限の20人に満たない登録人数で大会にエントリーするケースもある。投手は投げて、攻守交替後、打席の準備をして、次のイニング再びマウンドへ、となり、疲労の蓄積から熱中症のリスクに晒される。では人数の問題を解消する手立てはないのか?足りない学校同士が連合チームを結成する、という手法がある。上限の20人を確保し、その中で打力に特化した選手がいればDHの起用に動きやすくなる。健康面のリスクヘッジ、だけを見ればこれもひとつの策となりうる。しかし、現場で取材をしてきた経験から言わせていただくと、そう簡単な話ではない。連合チームならではの難しさ、越えなければならないハードルが存在する。一番のネックは「全体練習が週一回しか出来ない」という点。違う学校同士がチームを組むため、それぞれのカリキュラムの違いから選手全員が顔を揃えるのは週一回となることが多い。それでは全体としての投内連携や外野からの中継プレー、走者を置いて試合を想定したケースバッティングなどの練習が不足し実戦に不安を残す。どれも一長一短、抜本的な解決策には程遠いと言わざるを得ない。

国際基準への準拠が選手を救う?

 問題の根本は地球温暖化。とは言っても自然からの譲歩は望めない。与えられた環境に自らを合わせていく他はない。そうやって、幾多の困難を克服してきた先人たちに倣い策を見出さなければ高校野球の夏大会存続は危ぶまれる。しかし夏季選手権大会が地球規模の環境問題にリンクしてしまった以上、可及的速やかな対策が必要となる。試合時間の短縮化に舵を切るのが最善策か。現行レギュレーションの中で「選手の出場機会を保つ」ことと「熱中症リスクから選手を守る」、この2つの課題を一度に解決するには、やはり試合時間の短縮化が必要になる。そのための施策としてピッチクロックの導入が挙げられる。MLBのデータでは初年度の2023年が前年比で1試合平均24分、翌2024年は更に4分が短縮された。一般に高校野球の平均試合時間は2時間15分~2時間30分と言われているので、単純に数字を当てはめれば1時間47分~2時間2分で収まる計算となる。約30分でどのくらいの効果が期待できるかは定かではないが、炎天下でプレーする時間が短くなれば体への負担が減る事は間違いない。一方で投球のテンポ、リズムは投手それぞれ違うため、時計で一律にしてしまうと投手の個性喪失、打者との駆け引きの妙が半減されるといった懸念もある。さらに、投球間の休息時間が短くなることで肩や肘への負担が増し、成長過程にある高校球児の故障リスクが高まるのではないかという指摘も少なくない。球数制限が導入されているとはいえ、投球数だけでなく、投球間隔や疲労の蓄積も障害予防の観点では重要な要素であり、この点については慎重な検証が求められる。

 ただMLBをはじめ韓国、台湾のプロ野球リーグでも既に実施されている。今春のWBCベスト8敗退後、侍ジャパンのメジャー組からはピッチクロック導入の遅れが敗因のひとつとする指摘があったことは記憶に新しい。日本でも社会人の都市対抗野球で2023年から採用されている状況を踏まえると、ピッチクロック導入の是非について、熱中症対策と競技性、そして選手の故障予防という三つの視点から丁寧な検証を重ねる必要があるだろう。その議論を野球界全体で進められれば、侍ジャパンが国際基準から取り残されるガラパゴス化を防ぐだけでなく、高校球児にとってより安全な競技環境の実現にもつながるはずだ。

 こうした諸問題解決の一歩となるか?労組日本プロ野球選手会と12球団オーナー会議の代表者が話し合いの場を持つとのネット記事を目にした。主な議題は少子化等による競技人口の減少をどう食い止めるか?次世代育成のための財源を確保するために「スポーツ振興くじ(野球くじ)」の導入が検討されている。またMLBとNPBにおける年俸格差、ピッチクロックやABS(ロボット審判)の実施についても随時、議論がなされるとのこと。日本のプロ野球・労使双方が一枚岩となって取り組み、問題解決への糸口が見出すことで野球の未来が守られる。導き出される答えに期待と注目が集まっている。
https://news.yahoo.co.jp/articles/3369831c46c44910d36ce1d1bb428d0de1d310ac(参考記事)
https://news.yahoo.co.jp/articles/5950ab63d1429d0e029b9e576be86d3675fb5c47(参考記事)

野球の魅力は千古不変

 人の世が不変でないのなら、人が嗜むスポーツも時代や環境の変化にアジャストしていかなくてはならない。少しずつ形を変えながら継承されていくもの、スポーツとはそういう文化だと改めて気づかされた。投げて、打って、走って、守って。相手より1点でも多く得点し勝利を目指す。レギュレーションはマイナーチェンジを施されても、一投一打に情熱を注ぎ込む野球の根幹は揺るがないからこそ、その魅力は千古不変(昔からずっと変わらないこと)なのだと筆者は考える。この永きに渡り人々を魅了し続けてきた野球というスポーツがこれからも多くのファンに愛されるために、すべきこと。それは競技に参加する老若男女全ての選手が安全に安心してプレーできるよう一刻も早く最適解に辿り着き、速やかに環境を整えていくことであると筆者は考える。


渡邉直樹

著者プロフィール 渡邉直樹

1967年4月8日生まれ 東京都出身  1993年7月:全国高等学校野球選手権西東京大会にて”初鳴き”(CATV) /1997年1月:琉球朝日放送勤務(報道制作局アナウンサー)スポーツ中継、ニュース担当 /琉球朝日放送退社後、フリーランスとして活動中 /スポーツ実況:全国高等学校野球選手権・東西東京大会、MLB(スカパー!、ABEMA) /他:格闘技、ボートレース、花火大会等実況経験あり /MLB現地取材経験(SEA、TOR、SF、BAL、PIT、NYY、BOS他)