さらに帰国翌日の午前中からアジア大会日本代表の結団式へ参加し、その週の土日はTリーグに参戦。連日勝利をおさめるなど、文字通り休む間もないスケジュールをこなしている。どのような日程や試合状況に置かれても安定して結果を出し続ける背景には、WTTチャンピオンズ横浜で見せた技術的・精神的な対応力と確かな成長があった。

 WTTチャンピオンズ横浜のドロー(組み合わせ)における「厳しさ」は、美和選手が第1シードでありながら、初戦からいきなり同国対決かつ戦いにくいカット主戦型の橋本帆乃香(デンソー)を引き当て、さらに2回戦・準々決勝にかけても決して油断できない実力者たち、中国次世代のスター陳熠、韓国のエース申裕斌が同じ山に固まるという、序盤から息の抜けない配置になった点にある。ドローが決まった瞬間について美和選手は、「ドローが出た瞬間は気分が落ち込みました。相手が橋本さんと聞いて本当に嫌でした」と本音を振り返る。しかし、「相手が強いと分かっているからこそ良い心の準備ができた」と気持ちを整理して大会に入った。

 1回戦の橋本戦ではカット主戦型としての相手の実力に苦しめられた。やりづらさから苦しい展開となり、第3ゲームを落としてゲームカウント1-2、第4ゲームでも2-6と後がない状況まで追い込まれた。この局面について美和選手は、「あと5点で終わってしまうのではないかという焦りがあった。3ゲーム目を落とした時点で自分の中できつかったので、それが4ゲーム目にも響いてしまった」と当時の心理状態を明かしている。

 しかし、そこから焦って強引に打ちにいくのをやめ、相手の球をよく見極めながら一球ずつ丁寧につなぐ戦い方に切り替えた。「別に負けてもいいから全部全力で打つわけではなく、そこは見極めをしっかりしながら冷静にやりつつ、一球一球全力で戦うことができた。とにかく早く負けたくないのでつなげようという気持ちだった」と振り返る。さらにサーブでのフォルト(違反)注意を受けるリスクを減らすため、練習していたバックサービスを使う工夫も見せた。「バックサービス以外フォルトを取られそうと思って、フォルト取られなければ何でもいいやという感じだった。相手も取りやすいからこそ色々と考えてくれたみたいで良かった」と明かしている。

 さらにこの試合では、橋本選手が足首を痛め「メディカルタイムアウト」を取った。美和選手にとって、横浜でのメディカルタイムアウトには苦い記憶がある。昨年の同じ大会の2回戦(早田ひな戦)で、リードしている場面で相手側が長時間のメディカルタイムアウトを取り、詳細がわからぬまま気持ちを乱し、試合の流れが変わって逆転負けを喫するという嫌な経験をしていたからだ。「フラッシュバックしましたね。前回のメディカルタイムアウトは『なんで?』みたいな気持ちが強くて、それが試合に影響してしまったのは自分のせいだと経験できた。今回は審判が言っていたので、服を着て座って休憩して、氷で頭を冷やしていた」と冷静に対処して見事に逆転勝ちを果たした。試合後には自らの準備不足やミスへの悔しさから涙を流したものの、「勝ち試合で準備不足だなと思うことはあまりないが、久しぶりにそう感じて悔しさが残った。でも、初めて新たな自分が見られた気がした」と語り、この初戦が大会全体の大きな流れをつくるきっかけとなった。

 続く2回戦の陳熠(中国)戦でも、手足の長い実力派の大型選手を前にゲームカウント0-2と後がない状況まで追い込まれた。「0-2になっても諦める選択肢はまったく頭になくて、ここから一球ずつやるぞという気持ちになれたことは成長」と語るように大きな精神的成長を見せた。打つコースや球の緩急を変え、相手にマッチポイントを握られた場面では、ダブルスで手応えを得ていた「逆チキータ」を連発してピンチを脱出。「せっかく我慢してここまで粘ったのに、マッチポイントを取られた瞬間に本当に終わるかもと思った。でも相手のミスがあってから10-10で強気にいけた。お父さんが『サービスの回転を考えるように』と言ってくれたので、切ったら落としてくれたので気が楽になった」と振り返る。イエローカードを出されたり相手の中断申請があったりといった不確定要素にも動じず、最終第5ゲームでは「フォアフリックかバックでチキータか迷ったが、強めに打ったら抜けた」と強気の回り込みチキータを決めてゲームカウント3-2の逆転勝ちを収めた。

 準々決勝では、同じ山に入った実力者の一人である韓国のエース・申裕斌と対戦した。「対戦が決まった時から試合が終わるまで、自分の中では一番苦しいという気持ちが生まれてしまう選手。一瞬も怯まない強気な目力があって、とても気持ちが強い」と相手の強さを認めた上で徹底したコース突きの作戦を展開。相手の堅いブロックがあるフォア側にあえてストレート攻撃を繰り出す戦い方を選択した。「申裕斌選手とやる時は本当に頭フル回転で試合している。変化するべき時と変化しなくていい時の判断が一番大事だった」と語るように冷静な選択を重ね、ベンチに入った父・張本宇コーチの絶妙なタイミングでのタイムアウトも活かしてサービスエースで競り勝った。

 また、いつも試合で愛用していたサンリオのキャラクター「クロミ」のヘアピンを無くしてしまうトラブルがあった。「いつの間にかいなくなっちゃって心が沈んでしまった。部屋中を探したけれどなくて本当に悲しかった」と落胆した美和選手だったが、代わりに黒の「ハローキティ」のヘアピンをつけてコートに入り、「新しいお友達ができた。勝率は100%」と笑顔で振り返るなど、予期せぬ出来事にも前向きに適応してみせた。

中国トップ勢の壁を打破した驚異の集中力と周囲への感謝

 厳しい山を越えて進んだ最終日は、世界最高峰の中国勢2人と1日に2試合戦う非常に厳しい戦いとなった。準決勝では過去WTTで一度も勝てていなかった強敵・王藝迪(中国)と対戦。「集中していないと1点も取れないくらい強い相手。一度通じたことが通じないのが王藝迪選手とやる時に一番感じるので、前回の動画を見て反省し、同じミスを犯さないようにたくさんの戦術を準備した」と語る通り、相手の対応力を上回る攻め方で見事撃破した。

 決勝戦では前回王者の陳幸同(中国)に対し最後まで集中力を切らさず、「苦しい試合という想定通り、相手が戦術転換してきたところで対応が遅れる場面もあったが、すぐ切り替えられた」と冷静に対応。第4ゲームの10-9という重要な場面では父とタイムアウトで相談してサーブを選択し、一気に流れを確保した。第5ゲームを1-11で落とす場面もあったが「だらだらいってしまったが、もういいかと次のゲームに繋げるよう切り替えた」と引きずらず、ゲームカウント4-2で制して横浜大会での初タイトルを決めた。

 1日で中国のトップ選手2人を破ったことについて美和選手は、「1日に中国選手2人を破ったのは自分の中で初めて。これを続けることに一番意味がありますし、今回だけだと偶然だったのかなと思うので、続けられるようにこれからも頑張りたい」と謙虚に語った。優勝後、何より印象的だったのは周りの人々に対する感謝の言葉である。男子シングルスを制した兄・張本智和との「兄妹優勝」は、WTTシリーズにおいて史上初の偉業となった。

 「一番はベンチに座ってくれた父と一緒に喜びを分かち合いたいですし、今会えていない母やお兄ちゃんとも共有したい」と真っ先に家族への感謝を口にし、ファンに対しても「競っている時や負けている時でも声を届けてくださった皆様のおかげ」と感謝を伝えた。

 トップ選手として活躍する彼女だが、ここに至るまでには自分を見つめ直す大きな成長があった。パリ五輪が終わった2025年を「良くも悪くも安定で終わってしまった1年だった。卓球に対して自分自身を見つめる時間を取れていなかった」と振り返る。スマートフォンに自分の思いをメモしていた際に「全力で取り組めていなかった」という自分の本心が文字になっていることに気づき、2026年は「悔いの残らない戦いをする」へと気持ちを切り替えた。悔いを残さないために自分の弱点から逃げずに向き合った誠実さこそが、横浜大会での快進撃につながった。コートを降りれば18歳の可愛らしい素顔をのぞかせ、夏休みの宿題は「課題は持ってきてはいるけれど、まだ開けていない」と笑い、ご褒美として&TEAMのKさんが出演する映画を観に行きたいと目を輝かせる姿も多くのファンから愛される理由である。

 WTTチャンピオンズ横浜での優勝は、単なる一勝にとどまらない。タフなドローを突破し、試合中に自ら問題を分析して解決する対応力の高さを証明した大会となった。そして、彼女はその横浜での激闘直後にスウェーデンへ飛び、ヨーロッパスマッシュでダブルス優勝・シングルスベスト4という実績を残し、休む間もなくアジア大会結団式、Tリーグへと向かった。長距離移動や疲労、タイトな日程が重なる状況においても、張本美和は一切の言い訳をせず、試合や公務に向き合い結果を出し続けている。過酷なスケジュールであればあるほど、彼女の「現場での対応力」と「自己管理能力」、そして「卓球と周囲への誠実な姿勢」が結果として表れている。連戦を戦い抜く18歳は、技術面・精神面・行動面のすべてにおいて確かな進化を示している。


VictorySportsNews編集部

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