文=大島和人

日本が誇る専用スタジアムが抱える問題

 秩父宮ほど試合数の多いラグビー場は、世界中を探しても無いだろう。そこは花園と並ぶ日本ラグビーの聖地で、年に100試合近い公式戦が開催されている。ラグビーファミリーが資金を集めて作った、自前の専用スタジアムだ。銀座線の外苑前駅から徒歩5分足らず。JR中央線や大江戸線、半蔵門線の駅からも徒歩圏という、港区北青山の一等地に立っている。

 そんなホームスタジアムに、日本ラグビー協会と関東ラグビー協会は大きく依存している。早明戦や大学選手権決勝といった大一番は、2013年まで国立競技場で開催されていた。しかし現在は2020年の東京オリンピックに向けて、同じ場所に新国立競技場を新築中。16-17シーズンは大学や日本代表、サンウルブズ(スーパー16)のビッグマッチも秩父宮で開催された。

 一方でそんな"使い過ぎ"による副作用が出ている。ラグビーは芝への負担がサッカーなどに比べても大きい。加えて秩父宮ラグビー場は南側を高層オフィスビルに遮られており、特に冬場は日射をあまり得られれない。使用条件と立地の難しさから、ラグビーシーズンの佳境に入る1月には「砂場」と形容されるピッチ状態になる。足場が悪ければ鋭いステップを切れず、スクラムも足が流れて踏み込めない。加えてケガのリスクも高まる。試合数減、ハイブリッド芝導入といった根本的な対策は急務だ。

試合の開催地に困窮する「2020年問題」

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 もっとも秩父宮に頼っていられるうちはまだいい。ラグビー界における「2020年問題」を、ファンの皆さんはどれだけ我がこととして受け止めているだろうか?

 東京オリンピックが終わっても、神宮外苑の大改装工事は続く予定だ。秩父宮と、そのすぐ北にある神宮球場を壊して再建築する計画が、2015年に東京都から発表されている。神宮球場もプロアマ合わせて年400試合以上を開催している超過密な野球場。となれば「使いながら改築する」ことはできない。加えて野球とラグビーのどちらを優先するかと言ったら、どうしても野球になる。

 工事は二段階に分けて行われる予定だ。まず秩父宮ラグビー場を壊して、その場所に「新神宮球場」を立てる。次に旧神宮球場の位置に新秩父宮ラグビー場を立てるという順序だ。二つが揃うのは2025年の末とされている。つまり日本のラグビー界は5年間に渡って”家”を失う。

 100試合近くの移転先があるかと言われたら無い。もちろんビッグマッチは新国立で開催されることになるだろう。ただし新国立は他競技、音楽イベントでも引く手あまた。使用料を考えれば2万、3万と入るカードでないと採算も合わない。ラグビーが使うのはせいぜい年に十数試合だろう。首都圏で秩父宮と同等レベルの会場を探すことは不可能だ。味の素スタジアム、ニッパツ三ツ沢球技場、フクダ電子アリーナなどは悪くないスタジアムだし、ラグビーの開催実績もある。しかし年に何十試合という量を引き受けるのは難しい。

 現実的にラグビーが優先的に使える会場として、秩父宮に次ぐ存在として想定されるのは熊谷ラグビー場だろう。現在は2019年のワールドカップに向けて大改装中で、施設の質はかなり高い。ただしこの会場の問題はアクセスだ。都心部から電車で1時間はかかるし、さらに最寄りの熊谷駅から歩くと50分はかかる。大きい試合になればシャトルバスは出るが、ロータリーの構造などを考えれば輸送量に限界がある。試合後に発生する駐車場の渋滞も深刻で、おそらく5,6千人の観客で飽和状態になる。

2019年W杯後のプラン、ビジョンは?

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 ラグビーは1980年前後に大ブームがあり、ファンは50歳から70歳あたりの年齢層が多い。加えて良くも悪くも開催の日時と会場が固定されている競技で、それが観戦の「習慣化」につながってきた。9月から1月にかけては、秩父宮で毎週必ずラグビーの試合をしている。会場のアクセスは調べなくてもいいし、帰りの不安もない。そういう敷居の低さが、ブームが去って40年近くが経ってもファンが沢山残っている理由だ。

 しかし「2020年問題」で、ファンの観戦習慣は途絶えかねない。2025年になって、例えば70歳を過ぎたファンが6年ぶりに新秩父宮へ戻ってくるだろうか?

 この5年間の傷を浅くするために、森喜朗会長以下ラグビー協会はどう動いたのだろう?プランが策定される過程にどう関与して、ラグビー界が不利にならない条件を引き出せたのか?水面下のバトルはあったのだろうが、ラグビーファミリーを守るために彼らが”戦った”形跡を見いだせない。

 老朽化している神宮球場、秩父宮ラグビー場の改装はもちろん必要だ。一方で「秩父宮が使えなくなる5年間」の手当てという重大問題に、日本ラグビー協会、関東ラグビー協会はどう臨むつもりなのだろう?

 そもそもラグビー界は新国立の建設でも敗北を喫している。新国立は東京オリンピックの開催が決まる前からプロジェクトが動いており、19年のラグビーワールドカップ(W杯)ではメイン会場となる予定だった。しかしコストを巡る批判とデザインの変更で完成が延び、決勝戦は日産スタジアムに移された。

 ラグビー界が秩父宮に依存していた一因には「二番手」となる会場の不在があった。秩父宮で開催される試合の大半は観客数が1万人以下。人口密集地から離れていない立地に、優先的に使える会場があれば問題は解消する。7千人、8千人規模でも十分だろう。それは新秩父宮ラグビー場を”砂場化”から守るための助けにもなる。

 ラグビー日本代表は15年のW杯で世界を驚かせる戦いを見せた。19年にはそのW杯が日本で開催される。我々にとって大きなチャンスだし、全力を注ぐべきチャレンジだ。ただ「その後」を疎かにしてはいけない。2020年以降に向けた動き、ビジョンが見えてこないことは大きな不安要素だ。プランやビジョンがあるのなら、ラグビーファミリーに向けてしっかり提示をしてほしい。

 もし秩父宮の代替会場を巡る「2020年問題」に対処する案がないのなら--。仮に出遅れ気味だとしても、ラグビー界のリーダーたちはサブスタジアム建設に動くべきだ。


大島和人

1976年に神奈川県で出生。育ちは埼玉で、東京都町田市在住。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れた。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経たものの、2010年から再びスポーツの世界に戻ってライター活動を開始。バスケットボールやサッカー、野球、ラグビーなどの現場に足を運び、取材は年300試合を超える。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることが一生の夢で、球技ライターを自称している。