現在も「再生工場」は続く
鵜久森は2015年のシーズオフに日本ハムから戦力外通告を受け、合同トライアウトを経てヤクルトとの契約を手にした苦労人である。移籍1年目の昨季は、プロ12年目で最多となる46試合に出場し、打率.257、4本塁打、19打点という成績を残していた。そして13年目となる今季の開幕カード第3戦で、大きな仕事をやってのけたのだ。
「僕自身、拾ってもらったというのがありますので、しっかりまた今年恩返しできるように頑張ります」
お立ち台の上で鵜久森は、笑顔をのぞかせながらそう話した。
またこの試合では、鵜久森のように戦力外となった選手がヤクルトへ移籍後、初ヒットを放っている。昨オフ、ロッテを自由契約となった大松尚逸だ。9回に代打で登場すると、三遊間を抜けるヒットを放ったのだ。代走が送られてベンチへ帰った大松は、ナイン全員から大きな笑顔とハイタッチで迎えられた。
さらにこの日はヒットがなかったが、レギュラーとして2番センターでスタメン出場している坂口智隆は、一昨年のオフにオリックスを戦力外になってヤクルトへ入団。また7回に代打で登場するも空振り三振に倒れた榎本葵は、昨年のオフに楽天から戦力外通告を受けて、合同トライアウトの末にヤクルト入りした選手である。
このようにヤクルトは他球団で戦力外や構想外などになった選手に対して、まだやれる、力があると判断した選手を積極的に入団させ、チャンスを与えているのだ。かつて野村克也が監督を務めていた時代、このような選手を何人も復活させたため、「野村再生工場」と呼ばれたことがあった。しかし野村が監督を辞めて以降も、ヤクルトは「再生工場」としての「作品」をずっと作り続けてきたのである。そんな選手たちについては、こちらをぜひご覧いただきたい。
2016年は坂口&鵜久森が復活。再び活発化するヤクルト「再生工場」2016年は坂口&鵜久森が復活。再び活発化するヤクルト「再生工場」 - Baseball Crix(ベースボールクリックス)
活躍するか判断できる「眼力」を持つ
©共同通信 ではなぜヤクルトはこのような策を積極的に採っているのだろうか。もちろん金銭的に余裕のあるチームならば、優秀な成績を収めて契約が終了した外国人やFA宣言した選手を獲りにいくことができるだろう。しかしヤクルトは17年の推定年俸総額こそ12球団で4位、セ・リーグで3位の29.8億円となっているが(12球団1位はソフトバンクの52.3億円、セ・リーグ1位は巨人の48.3億円)、ドラフトでの新人を除いて、毎年ストーブリーグではそれほど大きな話題になる補強をしていない。つまりトータルで比較すると、金銭的に余裕のある球団とは決して言えないのである。だから安い年俸で済む戦力外になった選手の活用は、経営上のメリットを考えても望ましいのだ。
実際にFA宣言した選手を獲得した人数は、セ・リーグでは過去0人の広島に次ぐ4人という少なさである。ちなみにその上が中日の6人、DeNA(横浜時代を含む)の8人、阪神の11人となっており、巨人に至っては23人もの選手をFAで獲得している。
さらに素晴らしい成績を挙げた外国人は、契約交渉の場で要求金額が跳ね上がることが多く、そうした場合にヤクルトは無理な契約はせずに選手を自由契約にすることが多い。例えば02年に打率.322、41本塁打、94打点をマークしたペタジーニ、07年には16勝を挙げて最多勝利のタイトルを獲得したグライシンガー、同じく07年に打率.343、29本塁打、122打点の成績を残したラミレスは、いずれも契約交渉時に折り合いがつかず、自由契約となった。ちなみにこの3人は、翌年いずれも巨人へ入団している。
他球団が獲得に乗り出すほど結果を残せる外国人選手を、ヤクルトはこれまで何人も入団させてきた。これは、選手の能力を見極める優れた眼力を備えていることにほかならない。同様に、戦力外などになった選手を復活させることができたのも、やはり選手の潜在能力を見極める眼力があったということだ。もちろん、復活させるための指導を行ったコーチ陣や、1軍でのチャンスを与えようと試合に起用した監督がいなければ、再生工場たりえなかった。
そして何より、戦力外になって選手を続けられないかもしれないという状況の中からチャンスを与えられて、それをものにすることができた選手本人の努力と、その努力ができる環境を与えたヤクルトだからこその再生工場であると言えよう。代打サヨナラ満塁弾を放った鵜久森は、こうも語っている。「クビになって打席に立つ喜びがある」と。