文=杉園昌之

Jクラブで活躍している新卒ルーキー

 春を迎えて、いよいよ大学生の就職活動も本格化してきた。いつの時代も学生の人気が集中するのは、ブランド力のある大手企業。中小企業を第1志望とする、有望な「プレーヤー」はほとんどいないだろう。プロサッカー界も、ひと昔前まではそうだった。しかし、昨今の「蹴活」事情は少し変わりつつある。高校生、大学生をリクルートする、Jクラブのスカウトは、その変化を肌で感じていた。

「すぐに試合に出場できる可能性が高いクラブを選ぶ傾向にある。もうチームの名前だけで選ぶことはほとんどないと思う」

 シビアに現実を見詰めている選手が多いようだ。自分の身丈、特長に合ったクラブを選んでいるという。「企業研究」も抜かりない。当然、来年度の補強、手薄なポジションをチェックしている。

 今季、法政大からベガルタ仙台に加入し、開幕から定位置を確保しているDF永戸勝也もその1人。ビッグクラブが争奪戦を繰り広げたわけではないが、希少な左利きのサイドバックとして、いくつかの地方クラブはチェックしていた。そんななか、左サイドが補強ポイントのクラブを選んだのは正解だった。本人は表立ってそう言わないが、スカウト事情に明るいサッカー関係者は「彼はそこを分かって選んでいた」と明かす。

 高卒ルーキーに目を移しても、J2の湘南ベルマーレでレギュラーをつかんだ市立船橋高校出身の杉岡大暉はJ1クラブの誘いを断り、「自分が成長できるクラブ」という決断を下している。J2のザスパクサツ群馬でゴールを量産し、J1の大宮アルディージャに移籍した江坂任、瀬川祐輔らも好例。J2で実績を積んで、ステップアップしていくという一つの流れが出来つつある。

ビッグクラブのメリット、デメリット

©Getty Images

 こうした変化の背景には新人(アマチュア選手)に関するJリーグの規約もある。Jリーグでは新人選手が初めてプロ契約を締結する場合、原則的に460万円の年俸上限があるC契約を結ばないといけない。年俸以外についても細かく規定があり、支度金は独身者の場合、380万円以内と定められている。日本のプロ野球のような契約金というものは存在しない。つまり、初めて結ぶプロ契約では、クラブの規模で金額差がつくことはほとんどないのだ。

 もちろん、施設などの練習環境、高いレベルで練習を積めるなど、ビッグクラブならではの良さもあるだろう。さらには試合に勝ったときに支払われる「勝利給」の差はある。ただし、これは試合に出た選手(ベンチ入り含む)のみが対象になる。数年前、有望な大学生が「(希望していた)あのクラブは勝利給が高い」と、就職先のクラブを選択した理由を周囲に漏らしていたが、結局、出場機会に恵まれずに数年後、J2クラブへ移籍した。一方で、数年前に「プロは試合に出てナンボ。早くA契約(最低年俸460万で上限なし)を結びたい」とあえてJ2クラブを選び、その数年後にJ1クラブへステップアップした選手もいる。A契約の条件はJ1ならリーグ戦で450分以上、J2で900分以上プレーすること。試合に出ないと、始まらないのだ。

 資金力のあるビッグクラブは有能な外国人選手に加え、日本代表クラスの選手がズラリと並ぶ。そんな中、新卒選手が1年目から定位置を確保し、出場時間を伸ばすのは至難の業。リーグ戦の出場機会すらほとんどないまま、ルーキーイヤーを過ごす選手も少なくない。2年目でも芽が出ず、J2、J3クラブへレンタル移籍で放出されて、そのまま契約満了となる例も珍しくない。

 毎年11、12月に行なわれる戦力外通告を受けた選手が主に対象となるトライアウトには大卒2、3年目の24、25歳の選手たちであふれている。もちろん、その全員が次のクラブを見つけられるわけではない。高校、大学時代に名の知れた存在であっても、プロでの実績がほとんどなければ、市場価値は急落する。ゼロ円提示を受けた選手たちの仲介人(代理人)も「試合に出ていないと、次を決めるのは難しいですよ。クラブの強化担当者にもイメージがわかないと言われたりしますから」と嘆いていた。

 プロ入りを控えた選手たちも、実情を知らないわけではない。先輩のJリーガーから情報を仕入れており、指導者、親と一緒に、真剣に将来を考えている選手は多い。それでも、あえて高み目指す男たちがいる。レベルの高い選手がそろうクラブでポジション争いを勝ち抜かないと、夢の欧州移籍、日本代表は見えてこないと――。希望あふれる目で、「チャレンジしたい」という言葉を聞くと、つい背中を押したくなるが、厳しい現実もある。

 何事も始まりが肝心だ。


杉園昌之

1977年生まれ。ベースボール・マガジン社の『週刊サッカーマガジン』『サッカークリニック』『ワールドサッカーマガジン』の編集記者として、幅広くサッカーを取材。その後、時事通信社の運動記者としてサッカー、野球、ラグビー、ボクシングなど、多くの競技を取材した。現在はフリーランス。