文=菊地高弘

“本物”を見極める力を持った男

©共同通信

 田中正義に聞いてみたことがある。「もし、高校最後の夏に打っていたら野手を続けていたのではないか?」と。すると田中は少し考えてから、「可能性はなくはないですね」と言って、こう続けた。

「打撃の快感を感じていたら、自分の打撃の感覚が180度変わるようなきっかけがあれば、あったかもしれません」

 すでによく知られた話だが、田中は創価高時代に主に外野手としてプレーしていた。入学当初は投手で1年夏には背番号1をつけたが、以降は右肩痛に悩まされて外野手に転向。そして高校最後の夏、創価高は西東京大会ベスト4まで進出するも、4番に座っていた田中のバットは不発のまま終わった。

「夏の前くらいから、野手としての限界を感じていました。たとえホームランをいっぱい打っても、達成感が得られない。それで大学ではピッチャーを希望しました」

 その4年後、田中は2016年ドラフトの目玉となり、5球団からの重複1位指名を受けてソフトバンクへの入団を果たしたのだった。

 高校最後の夏、田中は野手として野球雑誌に取り上げられるなど、まずまずの評価を得ていた。もし、田中が夏の大会で爆発していたら投手再転向プランは棚上げされ、ドラフトの目玉である「田中正義」という投手は存在していなかったかもしれない。

 田中は当時の自分をこう振り返る。

「理想がもはや見えないところにあって、それがあまりに遠すぎて……。最初は大学でゲームに出ることが目標でしたから」

 おそらく、田中は右肩を痛めた高校時代の経験から、人生観が変わったのではないか。訪ねる病院、訪ねる病院で医師の言うことが違う。はっきりした診断も下らず、原因もわからない。

「『なんで治らないんだろう?』と思うばかりで、肩について自分で勉強することもなく、向き合うことから逃げていたような気がします。ずっと違和感があって、変な感じが続いていました。その痛みと向き合うのは、しんどかったんですよね」

 こうした体験を経て、田中は「自分にとって大事な人やモノを見極める力がついた」と感じている。現在、田中は複数の理学療法士に体のメンテナンスを依頼しているが、それは日によって自分が求める内容に応じて、人を替えているという。また、食事や栄養摂取も、自分にとって本当に必要かどうかを見極めた上で選んでいる。

 そして、投手としてはほぼ無名だった田中正義は、創価大進学後に恐るべき変貌を遂げることになる。そのヴェールを脱いだのは、大学2年時の大学選手権だった。

1球見ただけで凄味が伝わるストレート

©共同通信

 東都大学リーグの名門・亜細亜大の生田勉監督は試合後、沈黙した打線についてはっきりとこう述べた。

「ウチには田中くんを打つだけの力がありませんでした。力負けです」

 田中は大学選手権で150キロ台のスピードを連発し、センセーショナルな活躍を見せていた。亜細亜大戦でも5回途中からの登板で4回1/3を投げて8奪三振。百戦錬磨の亜細亜大打線が、田中のボールに振り遅れていた。大学選手権はベスト4で敗れたが、大会を終えたその時点で、田中は2016年ドラフトの最前線に立ったといっても過言ではなかった。

 田中のストレートは1球見ただけで「凄味」が伝わってくる。硬球ではなく、固い石を投げつけているかのような硬質なボール。捕手に向かってぐんぐん加速していくようなスピード感。それらが相まって、田中のボールにはスピードガン表示だけでは計れない球威と迫力が宿っていた。

 大学3年時は春夏ともリーグ戦で6勝0敗。秋に至っては防御率0.00。つまり点を奪うことすら困難な存在になっていた。ドラフトイヤーを迎える段階では、同年のドラフト候補の人材難もあって「田中が12球団のドラフト1位指名を受ける可能性もある」と報じたメディアもあった。

 しかし、田中は口癖のように、いつもこう言っていた。「自分は大したピッチャーじゃない」と。

 田中は自分の抱える課題が多いこと、そしてそれを改善しなければプロで活躍できないことを肌で感じていた。最大の課題は「ストレートと変化球で腕の振りを一緒にすること」。3年秋の横浜市長杯で田中を見た際、やたらとカーブを多投した試合があった。3年まではストレート中心でも抑えられたが、変化球もしっかり扱って緩急を使わないと……。そんな意図がうかがえた。だが、田中のカーブはストレートに比べて腕の振りが明らかに緩んでおり、さほど有効なボールではなかった。

 そして、ランナーを出してからの投球にも課題が多かった。バント処理などフィールディングが拙く、牽制球やクイックモーションも苦手だった。最後はその難点が他チームにも知れ渡っており、リーグ戦で対戦する強豪・流通経済大などは田中の登板時に盗塁をどんどん決めてくるようになった。それでも、「ホームに還さなければいいと思っていた」という田中だが、もちろんその理屈がプロでは通用しないことはわかっている。

「上達する雰囲気、イメージはできているんです」

 田中はそう言ってうなずいた。決して強がりには聞こえなかった。

 ソフトバンク入団後、春季キャンプの時点から田中の「弱点」は連日メディアによって報じられていた。だが、田中が周囲の喧騒に惑わされることはないだろう。念のため、田中に聞いてみたことがある。「いろんな人が、良かれと思っていろんなアドバイスをしてくると思いますが、大丈夫ですか?」と。すると、田中はこう答えた。

「頑固なんで、自分。大丈夫です」

 新人にしてアイデンティティーを確立している逸材、田中正義は今後もぶれることなく、己の道を邁進していくに違いない。

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BBCrix編集部