文=石倉利英

公式戦に近い形で行われた練習試合

©石倉利英

 4月2日、鳥取県米子市のチュウブYAJINスタジアムで、J3のガイナーレ鳥取と、J1のサンフレッチェ広島の練習試合が行われた。シーズン中のJクラブ同士の練習試合は珍しいことではないとはいえ、ちょっと変わっていたのは、両クラブとも公式戦用のユニフォームを着用していたこと。練習試合なので入場は無料、選手交代も自由だったが、リーグ戦と同じ音楽が流された選手入場シーン、多くの観客が詰めかけたスタンドなど、雰囲気や見た目は公式戦と同じだった。

 実はこの試合、ガイナーレ鳥取のイベントの一環として行われたものだった。ナチュラルミネラルウォーター「ミライズ」のスポンサードを受け、来場者に「ミライズ」がプレゼントされたほか、試合後には小学生以下の子どもたちがピッチ上で、バランスボールを使って選手たちと遊ぶイベントも実施。直前まで激しいプレーを繰り広げられていたピッチ上に、子どもたちの歓声が響いていた。

 両クラブは昨年10月にも同じスタジアムで、同じように公式戦用のユニフォームを着用して、入場無料の練習試合を行っている。このときはスタジアムの隣にある芝生広場「養和会YAJINフィールド」で、肉をテーマにしたフードフェスティバル「肉フェスYONAGO」が開催されていた。主催企業の一つだった鳥取がイベントの一環として練習試合を企画し、広島が快諾したことで実現。これを受けて今年4月にも再び同じように練習試合が組まれた。

 広島の足立修強化部長は「スタジアムの雰囲気が良いし、ああいう試合は、なかなかできない」と振り返った。チュウブYAJINスタジアムはサッカー専用で、ピッチとスタンドの距離が非常に近い。メンバーは2試合ともJ1リーグで出場機会の少ない選手が主体だったが、そうした選手たちが単なる実戦感覚ではなく、公式戦に近い状態で試合をできるのが大きいという。また、シーズン中の広島の練習試合は、練習場である吉田サッカー公園に相手が来るのが通常だが、吉田からバスで約2時間半のチュウブYAJINスタジアムまで出向くことが、「選手たちを鍛える要素の一つにもなる」(足立強化部長)という考えもあった。

アウェーの広島にも有益なイベントに

©石倉利英

 2試合ともベストメンバーで臨んだ鳥取は、昨年10月は1-2、今年4月は1-3で敗れたが、格上のクラブと緊張感のある状況で対戦し、いずれも先制点を奪って会場を沸かせるなど、チーム強化の点では広島以上に大きなメリットがあったと言える。さらに、イベントそのものが大いに盛り上がったことも、クラブにとっては大きな意味があった。

 今年4月の試合には多くの親子連れが来場し、練習試合と、その後のピッチ上でのボール遊びを楽しんだ。地域貢献活動としてのイベントの成功に、鳥取の吉野智行強化部長は「サッカーを通じての人づくり・街づくりを進めていく中で、来てくれた方に楽しんでいただき、『今度は公式戦を見に行こう』と思ってくれる人が増えてくれれば」と語る。

 両クラブにとって「ウィン・ウィン」となった練習試合は、両クラブのファン・サポーターにとっても有意義なものになっている。

 2試合とも数多く詰めかけた広島のファン・サポーターは、今年4月の試合ではU-20代表候補の森島司、高卒ルーキーの松本泰志など、公式戦での出場機会をうかがう若い力や、負傷離脱からの復帰戦となった柏好文のプレーなどを、専用スタジアムならではの近距離で見ることができた。一方、鳥取のファン・サポーターは、現在のチーム力をチェックできるだけでなく、その先に「夢」を見ることができた。現在はJ3だが、J2、そしてJ1へ――。あるサポーターは「あの2試合を見て、『いつかJ1で戦う日が来てほしい』と思いました」とクラブの将来に思いを馳せている。

 試合後、広島の森保一監督は長い時間をかけて、地元の人々のサインのリクエストに応じていた。広島にとっては練習試合を通じての山陰地方へのファン層の拡大が、観客動員に好影響をもたらしそうだ。過去2試合ではなかった広島のグッズ販売が行われれば、直接的な売り上げも期待できるだろう。

 多くの人々にとって有益な練習試合。足立強化部長は「今後もタイミングが合えば、ぜひやりたい」と語るが、鳥取にとってもありがたく、両クラブのファン・サポーターにとっても楽しみな「ウィン・ウィン・ウィン」のイベントとして、継続的な開催が期待されている。


石倉利英

1970年、島根県生まれ。94年にベースボール・マガジン社に入社し、『週刊サッカーマガジン』でサンフレッチェ広島、横浜フリューゲルス、浦和レッズなどの各Jクラブ、ジーコ監督時代の日本代表などを担当。09年に退社してフリーランスとなり、11年の帰郷後はガイナーレ鳥取の担当も。中国地区の高校サッカーの取材・撮影のほか、最近はソフトテニスの取材も。Twitter:@shimane_kenjin