文=大地功一
「もう一回ぶり返すと厳しい」
リオパラリンピックからおよそ7カ月。国枝慎吾(ユニクロ)の姿は4月20日~23日に兵庫県三木市で開催された「ダンロップ神戸オープン」にあった。リオ大会前に右肘関節のクリーニング手術を受け、パラリンピックではベスト8という前回大会の王者らしからぬ結果に終わった。
国枝ほど世界的な実績を残した名手は国内におらず、冒頭で紹介した功績は歴史として語り次がれるであろう。シングルスで金を獲得した2008年北京パラリンピックの前年、車いすテニス界初となる年間グランドスラムを達成し、北京大会の翌年にプロ宣言。錦織圭やノバク・ジョコビッチとパートナーシップ契約を結ぶユニクロの所属になったことは世界トッププレーヤーであることを企業からも認められた証である。
なお、スポンサーにはHONDA、BNYメロン、オーエックスエンジニアリング・グループ、井上ゴム工業、日本生命、ANA、麗澤大学、アットホーム(公式サイト参照http://shingokunieda.com)など錚々たる面々が名を連ね、一流アスリートをサポートする。
さて、リオでの世界の祭典が幕を下ろした後、国枝はリハビリと休養に専念した。しかし、本人曰く「完治と言いたいところだけど、頭から完全に消えたとき、完治と言えるのではないか。練習中では消えた。あとは試合で」とまだトップコンディションとは程遠い状態。
国枝は怪我に悩まされてきた。東京までの道程を考えるとリスクをどう回避していくのかは喫緊の課題だ。そこで目下、取り組んでいるのがフォームの修正である。
「もう一回ぶり返すと厳しい」
この言葉が今後の国枝の全てを語っていると言えるかもしれない。「肘の負担にならないような」フォームの追求の成否が王者復活のカギを握る。
世界トップの貫禄、国内に敵なしか
©Getty Images とはいえ、国枝は「ダンロップ神戸オープン」で王者の貫禄を見せつけた。世界を苦しめてきた強烈なバックハンドで次々と相手を圧倒。1回戦では坂本圭司を「2、3割」の出来で6-0、6-0と40分にも満たない時間でゲームを終了させ、2回戦は水越晴也に6-0、6-1で勝利。準決勝では若手の鈴木康平に6-9、6-0と、おそらく期待の意味を込めて「もうちょっと頑張って欲しかった」との言葉が出るほどの余裕を見せた。
決勝は、リオパラリンピックのダブルスで銅メダルを争った眞田卓(世界ランキング9位)に6-1、6-3。「相手の調子も良くなかった。クオリティの低い試合になってしまった」(国枝)と振り返ったように、お互いにまだフォームや、ギアなど「試している」段階だが、復帰戦となるダンロップ神戸オープンを見事、優勝で締めくくった。
2017年のテーマは前に触れたようにフォーム修正であり、その修正とともに新しいスタイルが生まれる可能性はあると本人は言う。「点を線でつなぐ作業」(国枝)が完了したとき、進化した王者の姿を拝見することができるだろう。東京パラリンピックを見据えた国枝慎吾の逆襲劇が「ダンロップ神戸オープン」から始まった。
一流が一流たるゆえんとは
一流のアスリートは一流の人間性の持ち主、とはよく聞くフレーズであるが、世界トップレベルで活躍する選手にはそれだけの理由があり、そのうちのひとつが人間性であることを確認させられた取材でもあった。
「一流の選手は良い目を持っていて、良いジャッジをする」とはある関係者の弁である。しかし、国枝が判定に異を唱える場面は皆無だった。またボールガールが球を投げてくれると笑みで返す心の余裕もあった。取材もプロ対応。ポイントを分かりやすく伝え、時にはジョークで場の雰囲気を和ます。一流が一流であるゆえんを垣間見た気がした。筆者は他の競技の取材を何度かしたことがあるが、国枝ほどの対応を見せてくれたアスリートは多くはない気がする。
グランドスラムやパラリンピックといった世界の強豪との対戦の場で、今回のような姿を見せたら本物の証であるが、果たして今年は、そして来年はどうなるか。劣勢な展開の時ほど、選手や人としての資質が試されることはないのであるから。
フォーム修正やスタイル確立の課題克服の、産みの苦しみを乗り越えた国枝の、進化した姿が楽しみである。