文=中西美雁

輝かしい現役時代を過ごした中垣内監督

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 15日、味の素ナショナルトレーニングセンターで、2017年度の全日本男子始動記者会見が行われた。昨年11月に人身事故を起こし、検察の処分がまだ判断されていないため、中垣内祐一新監督は不在で、コーチとして招聘したフィリップ・ブラン氏が監督代行として抱負を述べた、異例のスタートとなった。

 あらためて、中垣内監督と、ブラン監督代行のキャリアについて振り返ってみよう。

 中垣内監督は、1967年生まれの49歳。福井県福井市の出身で、中学の頃にバレーを始め、県内の進学校である福井県立藤島高校に入学。全国大会への出場はかなわなかったが、「すごいアタッカーがいる」という評判は県外にも鳴り響いていた。筑波大学にスポーツ推薦ではなく、入試を受けて入学し、故都澤凡夫監督によって才能を開花された。在学中にシニア全日本代表に選出され、ワールドカップに出場した。

 筑波大卒業後は、名門新日鐵バレー部に入部。第24回日本リーグで、最高殊勲選手賞と新人賞、ベスト6を受賞したのを始め、Vリーグになった後も数々の賞を受賞している。最高殊勲選手賞はVリーグで2回、ベスト6は新人の時を含めて9回。

 国際大会でもワールドカップに3回、世界選手権に3回、スーパーエース(攻撃専門のポジション)として出場したほか、バルセロナオリンピック6位入賞の原動力となった。現在の、ベスト8以上が自動的に5位となるシステムと異なり、順位決定戦があった時代の6位で、全日本男子の前後の成績からすれば大健闘といえる。しかし、アトランタ五輪予選、シドニー五輪予選で敗退。2004年に「これまで、全日本に呼ばれたときも、そうでなかったときも、自分が日本で一番のアタッカーとしてプレーしてきた。今はそうではなくなった」と、現役を引退し、所属する堺ブレイザーズ(新日鐵バレー部が分社化してできたプロチーム)の監督に就任した。翌年堺ブレイザーズは優勝し、2009年の黒鷲旗まで監督を務めた。

 2009年から2011年にかけて、JOCスポーツ指導者海外研修員として渡米し、2008年北京五輪で金メダルを獲得したアメリカのバレーを学ぶ。2011年には新日鐵の先輩でもあった植田辰哉監督のもと、全日本男子チームのコーチとして指導にあたる。2012年、リオデジャネイロ五輪世界最終予選で出場権を逸したあと、次期全日本監督の有力候補と目されていたが、不倫報道でいったんはバレー界から去り、3年間新日鐵住金の一営業マンとして日々を送ってきた。

 2016年、堺ブレイザーズの部長としてバレー界に復帰。10月に日本バレーボール協会理事会で、リオデジャネイロ五輪出場権を逸した南部正司前監督に代わり、全日本男子の監督として選出が決定した。11月、堺ブレイザーズの部長として、入団予定の選手の実家に挨拶に行く途中で人身事故を起こし、現在に至る。

堅実なバレーを徹底するブラン監督代行

 フィリップ・ブラン監督代行は1960年生まれの56歳、フランス人で、1980年から89年までフランス代表として活躍。世界選手権6位でMVPを受賞。88年ソウルオリンピックでベストレシーバーに選出されている。指導者としては、2001年から2012年までフランス男子代表監督を務め、2002年には世界選手権で銅メダルを獲得。2004年にはアテネ五輪に出場。2014年、ポーランド男子代表のアシスタントコーチに就任し、ポーランドの世界選手権優勝に貢献した。サッカーと同じく「シャンパンバレー」と日本のメディアで呼ばれていたが、どちらかといえば、守備の固い、堅実なバレーの指導者。日本のバレー関係者の間でも評価が非常に高い。

「これまでの試合を見てきて、日本を世界のトップレベルにすることは、簡単なことではないが、良い結果を残すために尽力していきたい。大事なゴールを二つ設けております。一つは現状の選手たちをよりよい高い状態でスキルを上げていくこと。もう一つは若い選手の発掘」と、この日の会見で抱負を述べている。日本の選手は、フィジカル面でロシアやブラジルの選手よりも劣るが、大切なことは強いスピリットであり、日本のバレー文化に沿った強化をすると方針を語った。また、自身のややイレギュラーな立場については、「監督としてであれ、コーチとしてであれ、目標はただ勝利すること」と、コメントするにとどめた。

 全日本男子の国内最初の国際大会は、6月9日から11日に、群馬県高崎市で行われるワールドリーグとなる。それまでにはこの事態が解決していることを祈りたい。


中西美雁

名古屋大学大学院法学研究科修了後、フリーの編集ライターに。1997年よりバレーボールの取材活動を開始し、専門誌やスポーツ誌に寄稿。現在はスポルティーバ、バレーボールマガジンなどで執筆活動を行っている。著書『眠らずに走れ 52人の名選手・名監督のバレーボール・ストーリーズ』