文=いとうやまね

ウルグアイの太陽はアルゼンチン生まれ

 諸説あるが、日の丸は聖徳太子が遣隋使に託した文書で、自国を「日出ずる国」と書したことに由来するとされる。赤い正円は静かなる朝の太陽だ。対するウルグアイ国旗のそれは、ギラギラと輝く真昼の太陽である。

 ウルグアイの太陽は、アルゼンチン国旗の太陽と出自を同じくする。ウルグアイの首都モンテビデオは、一時期ブラジルに併合された歴史を持つ。そこからの分離独立の際に、隣国アルゼンチンが援軍をよこし、その協力の元、町を奪還したという経緯があるのだ。その謝意を示すために、ウルグアイ国旗はアルゼンチン国旗に倣って作られたのである。

 アルゼンチン国旗の太陽は、スペイン副王軍を破った「五月革命」時に降りそそいだ「五月の太陽」を意味する。空色(セレステ)と白は革命軍の帽章の色だった。太陽というモチーフのオリジナルは、古代インカ帝国の太陽神「インティ」に遡る。インカ帝国は太陽信仰を国の礎とし、皇帝は太陽神インティが現世に現れたものとされた。暦をはじめとして、太陽信仰は日常生活のさまざまな場面に影響を及ぼしていたという。アルゼンチンの太陽の意匠は、独立当時に流通していた貨幣にあったものを流用したようだ。

 両国のデザインを少し見てみよう。ウルグアイの太陽は、人面の描かれた正円に8つの直進波と8つの曲波を交互に繰り返す16の光線で構成されている。一方、アルゼンチンの太陽は16の直進波と16の曲波の32光線でできている。長い付き合いのあるウルグアイとアルゼンチン。なんとなくウルグアイの方がラフなデザインに見えなくもない。古のインカの太陽神がどちらに微笑むのかはわからない。

本当は4〜50分! 南米特有の長い国歌

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 日本代表が相対するウルグアイ国歌は、かなり長い。どのくらいかというと、君が代を2回歌えて、さらに深呼吸が数回できるほどの長さだ。これでも短縮バージョンというから驚きである。ちゃんとした式典では4分半のものが使われることもあるとか。実はそれも短縮バージョンで、本当は4~50分の超大作だという。これはもうオペラと言っても過言ではない。起立して聞くには根気と体力が必要だ。

 サッカー試合の国歌斉唱では、「前奏+歌」合わせて2分ものを使うことが多い。さらに短いバージョンもあるのだが、後述する歌詞は2分ものである。ちなみに、前奏が1分近く続く。イタリア歌劇のような軽快な曲が始まると、なかなか終わらないことを覚えておこう。このあたりのつくりも、アルゼンチンに影響を受けていると思われる。南米の国歌は一般的にとても長いのだ。

『ウルグアイ国歌』

オリエンタレスよ、祖国か墓場か
自由か栄光ある死か
それは魂の誓い
我らは英雄のごとく
この誓いを果たし得よう

自由、自由、オリエンタレス!
叫びは祖国を救った
激烈なる戦いにおいても
勇敢な者たちを救った
叫びは崇高なる熱狂でたかぶり
神からの聖なる賜物、
栄光を手に入れたのだ
暴君どもよ、うち震えよ
我らは戦いのさなかにも自由!
死に臨んでも自由を叫ぶのだ!

自由か死か

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 歌詞の「オリエンタレス」とは、「ラ・プラタ川の東方(オリエント)に住む人々」を指す。それはまさにウルグアイ人の事だ。オリエンタレスの都モンテビデオは、スペインに統治されていた時代から、アルゼンチンのブエノスアイレス、パラグアイのアスンシオンと並ぶ、重要な町であった。

 アルゼンチンの5月革命が口火を切ると、元副王領の国々は次々と独立の道を歩み始める。ウルグアイも“建国の父”ホゼ・アルティガス将軍を中心として、共和制政治実現のための独立運動が起る。こうして、晴れてスペインからの独立は果たしたものの、今度はブラジルから侵攻してきたポルトガル軍によって、あっけなく首都モンテビデオを奪われてしまう。その後、戦争は当初のポルトガル軍から、ポルトガルから独立したブラジル軍に移っていく。

 ウルグアイは必死の抵抗を試みるも、戦力には限界があった。そこに現れたのが前述したアルゼンチンからの援軍だった。ウルグアイとブラジルの戦争は、1828年にイギリスの調停により一応の決着がつき、その2年後にウルグアイは独立共和国となる。その時の事を歌ったのがこの「ウルグアイの国歌」だ。南米の元スペイン植民地の中で、唯一敵がスペインではない国歌である。

 この戦争で「自由か死か(LIBERTAD O MUERTE)」と記された旗を掲げて戦ったことから、その旗は、今でもウルグアイの正式な国旗の一つになっている。そしてその心意気は、国歌の歌詞にも反映されている。

才能の宝庫ウルグアイ

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 平和な時代に生まれた選手たちは、ピッチ上で大いに戦い、自由を叫んでいる。U-20ワールドカップの面白いところは、選手たちが少年期から青年期に移り変わる時期にあたるところだ。ニキビ面で歯に矯正器具を付けている選手がいると思えば、ゴール後におしゃぶりパフォーマンスをする選手もいる。

 ウルグアイFWのロドリゴ・アマラルは、2年前に18歳でU-20ワールドカップ・ニュージーランド大会に出場していた。ブラジルとのPK戦で自ら蹴ったボールが大きくゴールマウスを外れ、それがチームの敗退に繋がった。あの日、泣きじゃくっていた若者が、今大会後には父親になるという。頼もしいではないか。この大会後にヨーロッパに渡る選手も多いという。どの選手もみな本気だ。日本代表の選手たちも、各国からのスカウトの目に入っているはずだ。奮起を期待したい。大会の先に新しい道は開かれている。


いとうやまね

インターブランド、他でクリエイティブ・ディレクターとしてCI、VI開発に携わる。後に、コピーライターに転向。著書は『氷上秘話 フィギュアスケート楽曲・プログラムの知られざる世界』『フットボールde国歌大合唱!』(東邦出版)『プロフットボーラーの家族の肖像』(カンゼン)他、がある。サッカー専門TV、実況中継のリサーチャーとしても活動。