文=岩本勝暁

体育館から砂浜へ、戦いの舞台を変えた理由

 オリンピックが持つ引力に引き寄せられた男がいる。

 バレーボールからビーチバレーボールに転向した越川優(ホリプロ)と石島雄介(トヨタ自動車)だ。

 艶やかなシューズでキュッと鳴らす床の上から、無防備な素足をグッとめり込ませる砂の上に主戦場を替えた。「バレーボールがF1なら、ビーチバレーボールはパリダカ」。石島の言葉は言い得て妙だ。

 キャリアも実績もある2人が、あえて未知の領域に飛び込んだ。なぜか。

 原動力となったのは、東京五輪への熱き思いである。

 学年では石島が一つ上だが、ともに1984年生まれ。全日本男子チームの一員として2008年の北京五輪に出場した。しかし、その経験が、考え方を大きく変えた。越川が言う。

「それまで世界選手権やワールドカップなども経験しており、オリンピックも国際大会の一つという位置づけでした。ただ、北京五輪に出場して感じたのは、他国の選手の目の色が違っていたこと。オリンピックという大会に、すべての選手が自分の人生をかけて戦っていると思い知らされたんです」

 結果は5戦全敗。悔しい思いだけが残った。加えて日本の男子バレーボールは、その後、ロンドン五輪、リオデジャネイロ五輪と2大会連続で出場を逃している。全日本男子チームの主力も若手にシフトしており、いつしか2人はチームの構想から外れるようになった。

 雪辱のチャンスさえ、与えられなくなったのだ。

「ビーチバレーボールを舐めているわけではありません。だけど、ビーチバレーボールは僕に合っているというか、強い2人が勝ち抜くという意味では、個人戦に近い。そこに自分をかけてみたいという思いがありました。オリンピックは特別なもので、出た者にしかわからない魅力があります。自らの手でチャンスを生かし、結果を残したいという思いです」

 石島は言った。そう。ビーチバレーボールなら、自分の力でチャンスをつかむことができる。世代交代なんて関係ない。目の前の敵をなぎ倒し、ポイントを重ねていけば、オリンピックに出場するチャンスが得られるのだ。2人がビーチバレーボールに転向したのも、当然の成りゆきと言えるだろう。

越川と石島は、ビーチバレーボールで通用するのか

©岩本勝暁

 だが、2人にとってビーチバレーボールはあまりに未知数だ。なにしろ、越川が砂の上でボールに触ったのが、5月20、21日に行われた「Vマッチ・ビーチバレーボール大会 in おおた」の3日前。先に練習を始めていた石島も、同大会はケガのため出場を見送っている。日本バレーボール協会の強化指定選手に選ばれたとは言え、まだパートナーも決まっていない。

 しかし、思考はすでにビーチバレーボール仕様に変わりつつある。バレーボールとビーチバレーボールの違いについて、越川は「ボールに対する距離感です」と言った。

「自分のなかでは、そこが大きな違いだと思っています。それから、バレーボールは、人がいるところに(パスを)返すのが基本。ですが、ビーチバレーボールの場合、人がいないところに返さなければいけません。目標がないところに自分で目標を作って返すんです。また、バレーボールはボールの下に入ることが重要と言われていますが、これもビーチバレーボールは真逆の考え方。風でボールが流されると、ボールの真下に入っても対応できませんからね」

 もともと身体能力は高い。砂上での動きは、時間がすぐに解決してくれるだろう。実際、石島は「砂とはだいぶ、お友だちになってきました」と笑う。最大の敵は“風”だ。風の中でボールを扱うビーチバレーボールは、より基本に忠実でなければいけないと言われている。パスの1本、トスの1本、スパイクの1本が今まで以上に重要になる。

「同じことを10回やって、10回とも同じようにやりましょうというのが白鳥さんの考え方です。たとえ異なる風が10回流れていたとしても、10回とも同じところに返さなければいけない。そのためには、1本のパスも適当にやってはいけません。わかっていても体が動かないんですけどね」

 石島が感じるビーチバレーボールの難しさ。“白鳥さん”というのは、北京五輪、ロンドン五輪の2大会に出場したビーチバレーボール界のレジェンド。同じトヨタ自動車に所属する白鳥勝浩である。石島は日々、間近で練習する白鳥の一挙手一投足に目を向けながら、何か盗めるプレーはないだろうかと刺激を受けている。環境は抜群だ。

 2人がビーチバレーボールで通用するのか、その答えを出すのはまだ時期尚早かもしれない。しかも、彼らが目指すのは国内ではない。あくまでも世界だ。

 一つ、アドバンテージがある。主観で語ることを許してもらえるなら、アスリートがその世界でトップに立つには“応援される選手”になることが重要だと思っている。

 とりわけビーチバレーボールは、シーズンに入ればアジアツアーやワールドツアーなどで国内外を転戦する。資金的な援助も必要だろう。さらに海外でプレーする時は、どこに行ってもアウェイだ。異国の地で日本語の声援が聞こえてくるだけで、目に見えないパワーが得られるのは間違いない。

 その意味で2人は、バレー界屈指のエンターテイナーである。

 床の上での石島は、ファイターだった。バレーボールにボディコンタクトはないが、溢れんばかりの気迫をボールにぶつけていた。天まで咆哮を轟かせ、自らを鼓舞していた。大粒の汗を流して全力で戦う石島の姿に魅せられたファンは、けっして少なくない。

 あの姿が、そして、あのパフォーマンスが砂の上でも見られる。

「6月頃から試合に出られるようにしたい」と石島。目の周りにサングラスの日焼けあとがくっきりと残る頃、オリンピックに向けて一つの道筋が見えてくるはずだ。

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岩本勝暁

1972年生まれ。大阪府出身。2002年にフリーランスのスポーツライターとなり、バレーボール、ビーチバレーボール、サッカー、競泳、セパタクローなどを取材。2004年アテネ大会から2016年リオデジャネイロ大会まで、夏季オリンピックを4大会連続で現地取材する。