全日本のエースが踏み出した新たな道

──昨年2017年5月にビーチバレーボールに転向されましたが、転向した理由をお聞かせください。
「東京オリンピックが開催されなければ、なかった決断だと思っています。東京オリンピックをどういうカタチで目指そうかと考えた時に、36歳になりますけど、まだまだ選手でプレーできると思いました。インドアでも動けるし、逆に無理だと思ったらビーチへ転向しません。転向することを発表した時も、豊田合成のアンデッシュ監督に『本当にビーチに行くの? うちにこないのか?』と声をかけてもらい(笑)、うれしかったです。インドアをやっていてもトップでプレーできる自信はありました。だけど、代表に選ばれるかと考えたら、その可能性は低いと判断したのです。だったら、単独で国際大会を転戦してそこで結果を残せば、自動的に日の丸をつけた戦えるビーチバレーボールという環境で挑戦しようと決意しました」

──それまでビーチバレーボールの世界に対しての印象は?
「自分の中でイメージが強かったのは、朝日健太郎(元インドア、ビーチ日本代表、現参議院議員)さん、佐伯美香(元インドア、ビーチ代表、現日本バレーボール協会ビーチバレーボール強化委員)さんが、インドアでもバリバリやっていた時にビーチに転向したことですね。とくに佐伯さんは自分が中学生の時に、全日本で活躍されていて実は大ファンでした(笑)。サントリーの先輩でもある朝日さんは入れ替わりだったのですが、北京オリンピックの開会式の時に話かけてくださって。その時、インドアの試合の後、ビーチの試合を観戦しに行きました」

──少なからず関わり合いは、あったのですね。
「そうですね。ただ、当時はまさか自分がビーチに転向するなんて、考えたこともありませんでした。それなのになぜ選択肢に入ってきたかと言うと、当時日本バレーボール協会の会長を務めていた木村憲治(現退職)さんから声をかけられたからです。それが2015年12月頃で、当時はバレーボールでリオジャネイロオリンピックを目指していましたし、転向することは全く頭にありませんでした。丁重にお断りしたのですが、2016年の春頃に木村さんがまた声をかけてくれました。その時、すでに全日本のメンバーから外れていたので、初めて本気で考えましたね。ゴッツ(石島雄介選手のニックネーム)と転向した時期が同じだったので、“よく示し合わせたのか?”と聞かれるんですけど、一度も話していません(笑)。ゴッツが先に転向を発表して初めて知りました」

トップレベルを経験したからこそ語れるインドアとビーチの“違い”

(C)Getty Images

──世間では、バレーボールでの活動を終えた選手がビーチに転向する、という印象を持たれていると思いますが、それについて感じることはありますか?
「確かにビーチに転向した選手は、バレーボールでピークを終えた選手、Vリーグに入れなかった選手というイメージがあるのは致し方ないですね。けれど、それは日本だけの問題です。今パナソニックでプレーしている(ポーランド代表のミハウ・ヤロスワフ・)クビアクもジュニア時代にビーチでプレーしていたし、(元イタリア代表のイバン・)ザイツェフもビーチの大会に出場していた経験がある。世界では両方経験するのがスタンダードです。米国とブラジルは、バレーボールかビーチか選べる環境があって、どちらも強いですから」

──ちょうどこの5月で転向して1年が経ちました。今の立ち位置から見たビーチバレーボールの世界はいかがでしょうか?
「“ビーチバレーボール”という世界を知ることができましたね。昨年は国内トップツアーの『ジャパンビーチバレーボールツアー』でベスト4入り、決勝進出を果たすこともできましたし、アジアツアーやワールドツアーも経験させてもらいました。自分はこの世界で生きていくためには、このレベルで結果を残していかないといけない、とわかったシーズンでした。もちろん、オリンピックやワールドツアーで結果を残すためには、足りないところもたくさんありますが、それが何か、少しずつわかってきたという段階ですね」

──日本と世界との差という点では、インドアとビーチ、どちらのほうが差はありますか?
「インドアもビーチも、高さとパワーという部分ではあからさまに世界との差はあります。でも、インドアはチームで束となって戦うことでクリアできる部分はあるし、それはそれで難しい部分だと感じていました。ビーチも世界との差を埋めるのは大変ですけど、ビーチはその差を埋めるための手段がたくさんある。オリンピックに出場するための予選方式も選択肢が多いので、そこがビーチバレーボールという競技の魅力ですね」

──両方経験しているからこその視点ですね。現在、インドアの国際大会「ネーションズリーグ」が開催されていますが、観戦することはありますか?
「とくにインドアの試合スケジュールを把握しているわけじゃないですし、頻繁に見ることはないですね。今は自分がシーズン中ですし、余裕がないというのが正直なところです。自分の時間がぜんぜんないですから」

──今はどういう生活をされているのですか?
「湘南に住んでいて、普段は川崎や大森のビーチで練習しています。朝6時に起きて、7時に家を出ます。9時から練習、午後はトレーニング。ジムから家に帰ってきてご飯を食べて、寝る(笑)。日本にいる時は、毎日その繰り返しです。外食する時も次の日、朝から練習が入っていれば、行かないですし。1日オフの日があったら、治療に行きます。健全な生活を送っています(笑)」

──インドア時代とは違いますか?
「そうですね。インドアの時は練習も午後からだし、夜は睡眠時間もとれるので、スポンサーさんと会食したり、息抜きしたりする時間もありました。自宅と体育館やジムも隣接していて移動時間もありませんでしたから。今はぜんぜん違う環境ですね。でもそれが普通というか、当たり前だと思っています」

ビーチバレーのイメージを変える! 越川が担う新たな使命

──ビーチに転向する際、一つの目標としてこれからビーチバレーボールをやる若い選手たちが競技に集中できる環境を作っていきたい、とお話されていましたが。
「僕はまだまだビーチバレーボールの技術は下手だと思っていますが、下手だからそこに貢献できないのか、といったらそうではない。両方経験してきた僕のような人間だからこそ、できることがあります。結果を出すことでメディアに頻繁に足を運んでもらって、ビーチの認知度を広めていくことも一つの手段です。子どもたちに対しても、夢を持つことの大切さやビーチバレーボールの魅力を伝えていきたいと思っています。今後、ジュニアの頃からビーチとインドア、両方を経験できて選択できるような環境を作っていくことが理想ですね」

──今シーズンの沖縄で開催された「ジャパンビーチバレーボールツアー」の開幕戦の決勝戦は、男子高校生たちがコートの周りを取り囲み、興味津々で越川選手のプレーを観戦していました。
「ありがたいですね。けれども、そろそろ制限時間が迫っています(笑)。僕がインドアの代表に選ばれて世界大会に出場していたのは、2014年が最後です。当時の子どもたちも中学生になっていますしね。このあたりで結果を出して、新しい記憶を植え付けないといけませんね」

──最後に今挑戦している東京オリンピックへの想いを聞かせてください。
「インドアの時に北京オリンピック(2008年)を目指している時に周囲から『オリンピックに出場すれば人生が変わる』と言われていました。けれども、北京オリンピックに出場して全敗して日本に帰国した後、オリンピックに行くだけでは変わらないと痛感しました。もちろん出場したことでプラスになって変わったことはありますけど、結果を出せないと競技人生は変わらない。今は、東京オリンピックに出るのが目標ではありません。オリンピックで勝つために、オリンピックでの結果がほしいからビーチバレーボールをやっていますし、バレーボールでピークを終えた選手がビーチに転向するというイメージを払拭したい。東京オリンピックで結果を残して、決してそうではないことを証明したいと思います」

<了>

[PROFILE]
越川優 YU KOSHIKAWA
1984年6月30日生まれ。石川県金沢市出身。長野県岡谷工高在学中の2002年、全日本に初選出される。卒業後、サントリーサンバーズに入団し、中心選手として活躍。2008年北京オリンピックを果たす。2009年にはイタリアのセリエA2のパドヴァに入団。帰国後はサントリーに復帰し、2013年にJTサンダーズに移籍。2014/2015シーズンでJTを創部初優勝に導き、現役最後の大会となった2017年5月に黒鷲旗全日本選手権では優勝し、有終の美を飾った。

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