文=大塚一樹
マイケル・ジョーダン以来の高視聴率
©Getty Images 6月12日(日本時間13日)に行われた、NBAファイナル2017第5戦で、ゴールデンステイト・ウォリアーズが、前年度王者のクリーブランド・キャバリアーズを129-120で下し、2年ぶりの4回目の優勝を果たした。
プレイオフ無傷の16連勝での“完全優勝”こそ逃したものの、圧倒的な強さを見せたウォリアーズ。昨季の準優勝チームに、チャンピオンズリングを切望するケビン・デュラントというスペシャルな選手が加わったウォリアーズの戦力は、シーズン前から「反則級」とされていた。ある意味「予想通り」のファイナルの結果となったが、NBAファンの盛り上がりは、近年希に見るものだった。
「予想通り過ぎてつまらない」「結果を見るまでもなく2強、いや1強だ」
3年連続同一カードとなったNBAファイナルのファンからの評判は当初、決して芳しいものではなかった。しかし、ニールセンの調査によればテレビ中継とストリーミング中継を含め、ファイナルをライブで見た視聴者は平均で1978万8000人に上り、前年の1769万6000人から12%増加しただけでなく、マイケル・ジョーダンが最後に優勝を果たした1998年以来の視聴者数を記録したという。
日本では、Bリーグの劇的な誕生、まずまずのファーストシーズンを送ったことが話題になったが、バスケットボールの本場、アメリカはビジネス規模も桁外れ。NBAは、世界中に存在するスポーツの中でも指折りのリッチコンテンツになっている。
今年のファイナルに話を戻そう。昨季連覇を逃したウォリアーズがオクラホマシティ・サンダーからFAでケビン・デュラントを獲得。ステフィン・カリー、クレイ・トンプソンの“スプラッシュブラザーズ”、ドレイモンド・グリーンら看板選手にデュラントを加えたことによって、明らかな“スーパーチーム”が誕生することになる。
レギュラーシーズンでのウォリアーズは前評判通り破格の強さを発揮する。一方、“キング”レブロン・ジェームズが君臨するキャブスも、東地区の第1シードこそボストン・セルティックスに譲ったが、プレイオフセミファイナルではそのセルティックスを4勝1敗で圧倒。両チーム合わせて24勝1敗。結局、両チームはNBA史上でも最高戦績となる勝ち上がりで、シナリオ通りファイナルのステージに進んだ。
ファイナルでも、戦力で上回るウォリアーズが圧倒。新加入のデュラントはシリーズ5試合で平均35.2点、8.4リバウンド、5.4アシストをマークし、ファイナルMVPに輝いた。キャブスは4連勝でシャットアウトされるスイープこそ免れたが、ファイナルで1勝しか挙げられずにシーズンを終えることになった。
サラリーも破格!世界一稼げるリーグになったNBA
両チームの保有する戦力は、まさに2強と呼ぶに相応しい。キャブスの全選手の総年俸は約140億円、ウォリアーズは112億円。ちなみにBリーグの1チームの年間予算は、平均約7億円と言われている。
個人の年俸に目を移すと、最高年俸はレブロン・ジェームズの34億円。以下、マイク・コンリーからケビン・デュラントまで、約29億円という数字が並んでいる。NBAの選手全体の平均給与額はあらゆるスポーツの中でもトップクラス。サラリーキャップがあるNBAが、これだけ稼げるというのは、それだけリーグ全体の運営がうまく言っているということだろう。
2016-17シーズンから適用される米ネットワークESPN、TNTとの新放映権契約だけで、年間約3150億円の収入があるという報道もある。ちなみに、と言うのがつらくなってきたが、ソフトバンクがBリーグとかわしたネット中継放映権の契約は4年で120億円となっている。
NBA選手のプロスポーツ選手としての価値もうなぎ登り。米フォーブス誌が発表したスポンサーフィーを含めた収入をまとめた「世界で最も稼ぐスポーツ選手」の2017年版では、レブロンがサッカーのクリスチアーノ・ロナウド(レアル・マドリー)に次いで2位になったのをはじめ、32人がランクイン。競技別では最多となった。
NBA人気を演出したテクノロジーを介したスポーツ体験
©Getty Images プレイヤーとしての“ポスト・ジョーダン”を追い求めた時期が続いたNBAだったが、人気の再燃には明確な理由がある。
コート上に “神”はいなくても、ファンを惹き付けることはできる。NBAが取り組んだのは、ファンエンゲージメント高めるという手法だった。基幹システムパッケージ(ERP)を提供する世界的大企業、SAPと組んで、徹底した顧客分析とそれに基づいたファンサービスを展開したのだ。
公式サイトNBA.comで、ありとあらゆるデータをファン向けに公開し、バスケットを観戦する楽しさに新しい付加価値を加える。元々入手困難だったアリーナでの生観戦チケットの価値を高めつつ、プラチナ化した現地観戦の機会を持てないファンには、パブリック・ビューイングやネット中継、ファンタジーゲーム、バーチャルリアリティを駆使して新たなユーザーエクスペリエンスを提供する。
応援するチームのホームアリーナに足を運ぶことを夢見て、それが夢のまま終わっている人が90%を超えると言われているNBAは、「テクノロジーを介したスポーツ体験」に活路を見出し、ファンとのエンゲージメントをより強固なものにすることに成功した。
大方の予想通りで盛り上がりに欠けると噂された「あらかじめ約束されたファイナル」でも、「1強」と噂されたウォリアーズが3連勝。ファンが興醒めしてもおかしくない状況下だったが、第4戦で崖っぷちに立たされた、キャブスの本拠地、クイックン・ローンズ・アリーナの熱狂が醒めることはなかった。第5戦、ホームで優勝を決めたウォリアーズファンの盛り上がりは言うまでもないが、会場に入れなかった人たちの熱狂ぶりを伝えるパブリック・ビューイングの様子を見ても、NBAの1試合1試合がファンにとっては夢のような体験で、最強を決めるファイナルの舞台は、世界が注目する一大イベントというわけだ。
ESPNの報道によると、ファイナルがウォリアーズの4連勝、スイープで終わったしまった場合の経済的損失は、1試合につき12億円にも上るがという試算があったそうだ。リーグとしてはもう少しもつれて、試合数を増やしてくれた方が都合がよかったのかもしれない。
リーグが活況を呈することで、選手のサラリーが上昇する。NBAは、才能のある若者が憧れる夢舞台になり、競争力を高めたリーグではさらにレベルの高いプレーが展開される。現在のNBAの状況はまさに好循環のまっただ中。
余談になるが、錦織圭の活躍で沸くテニス界に、アメリカのスター選手が久しく登場しないことの一因に、テニスにおいて現在のトップ選手に必要不可欠なフィジカルを備えた選手がいないことが挙げられている。身長2m越えのフィジカルエリートは、こぞってサラリーの高いNBAを目指すというのだ。こうした状況からアメリカIMG育ちの錦織はアメリカでの人気が異常に高い。ピート・サンプラスやアンドレア・アガシ以降、グランドスラムで優勝争いに加わる母国人に声援を送れない状況が、テニスプレイヤーとしてはほぼアメリカ育ちで、身長170㎝台の錦織に向けられるというわけだ。
NBAが「世界で一番稼げるリーグ」になったのは決して偶然ではない。「テクノロジーを介したスポーツ体験」を掲げて、ファンエンゲージメントを高めたNBAの示した成功モデルには、船出したばかりのBリーグだけでなく、Jリーグ、NPB、東京五輪も含めたあらゆるスポーツの成功のヒントになるはずだ。
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