ファンと“コネクテッド”するNBAのユニフォーム

まず、ファンと“コネクテッド”になることを目指しているのはNBAだ。NBAとナイキが新たに共同開発し、2017-18シーズンから発売を開始したのが「近距離無線通信(NFC)」を用いたコネクテッドユニフォームだ。これはファン向けのサービスで、市販されている「NikeConnect」仕様のユニフォームを購入し、NFC機能を備えたスマートフォンで専用アプリをダウンロードして、ユニフォーム左下にあるタグをスマートフォンでタップすると、特定のプレーヤーのデータや所属チームの最新のハイライトが表示される。

例えば、クリーブランド・キャバリアーズに所属するレブロン・ジェームズのユニフォームを購入し、タグをタップすると、レブロン・ジェームズの最新のデータ、プレーのハイライトなどが閲覧できるようになる。試合中にタップすれば、進行中のゲームにおけるレブロン・ジェームズのデータがリアルタイムで更新され、ゲーム終了後30分経つと試合のハイライト動画が配信される。

このユニフォームは広告機能も有し、選手が履いているシューズの情報や、観戦チケットのオファーなども届く。さらに、ゲームとも連動しており、2017年9月に発売されたゲームソフト「NBA 2K18」で、ユニフォームを購入した選手の能力がアップするコードを入手できる特典もついている。

アメリカのメディアの取材に対し、ナイキの担当者は「これはスタートラインにすぎない」とコメントしており、今後、さまざまな機能が追加されると予想される。

ITベンチャーが開発、スマートチップが搭載されたランニングシューズ

スマートフォンと“コネクテッド”のシューズも登場した。いま、スマートランニングシューズとして注目を集めているのは、「Runtopia Reach」。これは、ランニングの走行距離の計測や心拍数モニターなどの機能を持ち、全世界100万人のユーザーを持つアプリ「Runtopia」を展開しているカリフォルニアに拠点を置くスタートアップ「Runtopia Technology」が新たに開発したもの。

これまで、ランニング中の走行データを取得しようとする場合、スマートフォンやなんらかのウェアラブルデバイスを携帯したまま走るしかなかった。しかし、「Runtopia Reach」はミッドソールに100時間分のメモリーが搭載されたスマートチップが仕込まれており、ランニング中の接地箇所や衝撃、接地時間などの情報を収集。このシューズは独立して機能しているため、他のアイテムを持ち歩く必要はなく、走り終わった後にアプリに同期すれば、走行距離やカロリー消費量などのデータ、ランニングフォームなどを確認することができる。

さらに、ランニング中にスマートフォンを携帯すると、Bluetoothでスマートチップと専用アプリが接続。スマートチップから得られる情報をリアルタイムで解析し、専用アプリが音声でランナーにアドバイスを送る。例えば、「ペースが遅すぎます、スピードアップしましょう」「オーバープロネーション(かかとが内側へ倒れ込みすぎている状態)になっていますよ」といった具合だ。

スマートチップは一般的なコイン電池を使用しており、電池の寿命は6~8カ月で、簡単に電池交換ができる。

「Runtopia Reach」は、「あらゆるレベルのランナーが、ほんのわずかな金額で、ランニングを改善するために必要なツールを手に入れることができるように」という想いから開発されたもので、「より速く」「より長く」「より安全に」ランニングできるとしている。

専用アプリ内のコミュニティを戦略的に活用

売り方も、ユニークだ。リアル店舗を持たないRuntopia Technologyが最初に販売場所に選んだのは、アメリカの大手クラウドファンディングサイト「Indiegogo」。ここで正規価格120ドルの「Runtopia Reach」を割引価格で先行販売。昨年11月から約1カ月の掲載期間中に208名が購入し、合計4万4569ドル(約484万円)を売り上げた。

スポーツメーカーではなく、テクノロジーベンチャーが開発したランニングシューズで、なおかつ実物の試し履きどころか、画像と動画でしか概要を知ることができないシューズの売り上げとしては驚くべき数字だろう。

アメリカのメディアの報道によると、「Runtopia」のアプリは100万人のユーザーが参加するコミュニティになっており、そのユーザーが主な購入者のようだ。そして今年1月には、購入者の手元に届いている。

Runtopia Technologyの戦略としては、208人の購入者が「Runtopia Reach」を履いて走った感想などをコミュニティ内でシェアすることでほかのランナーの興味関心を惹きつけるとともに、ユーザーの声から改善点を探り、新モデルに反映させていくはずだ。

ファンとのつながりを強化することにテクノロジーを活用する

NBAのコネクテッドユニフォームとRuntopia Technologyのスマートランニングシューズに共通しているのは、“コネクテッド”な機能によってファンとのつながりを強化しようとしていることだ。コネクテッドユニフォームは、いつでも好きな選手の情報を得られるようにすることで、試合のない日でもNBAに対する関心を高める効果がある。Runtopia Technologyも、「Runtopia」アプリのユーザーに対してスマートシューズというリアルなアイテムを提供することで、ほかのアプリに移行しづらい密接な関係をつくることにつながっている。

1月26日には、アンダーアーマーもスマートシューズ「HOVR Phantom」、「HOVR Sonic」を発表。「Runtopia Reach」と同様の機能を持つほか、Fitbit、Garmin、Apple Watchなどのサードパーティのデバイスに接続して、心拍数など靴が追跡できない指標を計測することができる。アメリカのメディアによると、同社は2月1日に店頭に並ぶこの靴でユーザーの走り、年齢、身長、体重、性別に基づくパーソナライズ化されたデジタルコーチング製品を導入する予定で、「Runtopia Reach」と真正面からぶつかり合う競合になる。

今後、スポーツ業界にはさまざまな「コネクテッド」機能を持つアイテムが登場するだろう。日本ではまだどこも手を出していない領域だが、それだけにいち早く導入に動けば話題になり、既存のファンとの関係の強化だけでなく、新たなファンの獲得にもつながるはずだ。

<了>

ドイツをW杯王者に導いたIT界の巨人「SAP」は、なぜスポーツ産業へと参入したのか?~前編~

企業向けのビジネスアプリケーションを開発・販売するソフトウェア企業として、世界最大のグローバル企業であるSAP。同社では今、ドイツ代表やバイエルン・ミュンヘン、F1のマクラーレン、MLB、NBAといった世界トップクラスのスポーツ関連組織とパートナーシップを組むなど、25番目の産業としてスポーツ産業に注力している。世界の商取引の76%は彼らのシステムを経由するといわれるSAPが、なぜ市場規模が決して大きいとはいえないスポーツ産業への参入を決めたのだろうか。そこには、ある明確な戦略があった――。(取材・文=野口学)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

「仮説を立てろ」はウソ! データ分析のプロはこう見る 西内啓×久永啓(前編)

近年、スポーツの世界でもデータの利活用が大きく進んだ。一方で、データを上手く生かしきれない現場もまだまだ多い。日本のサッカー界における現状はどのようなものか、データスタジアム株式会社アナリスト・久永啓氏が、ベストセラー『統計学が最強の学問である』の著者である西内啓氏に話を訊いた。(文:仲本兼進)

VICTORY ALL SPORTS NEWS
欧米のスタジアムで進むデジタルおもてなし技術 求められるは「体験の質」メジャーが驚きのARサービス導入へ! スマホをかざすだけでリアルタイムにデータ提供103年ぶり快挙を果たしたリンカーン、躍進を支えるテクノロジーとその活用法とは?

大河チェアマンが語るBリーグの未来 必要なのは「居酒屋の飲み会をアリーナでやってもらう」という発想

2016年、長きにわたり待ち望まれていた新プロリーグ「B.LEAGUE(Bリーグ)」が華々しく開幕した。開幕戦では全面LEDコートの演出を実施し、試合情報の入手からチケット購入までをスマホで手軽に利用できる仕組みを導入するなど、1年目のシーズンから“攻めの姿勢”を見せてきたBリーグ。「2020年に入場者数300万人」という目標に向け、歩みを止めない彼らが次に打つ手、それが経営人材の公募だ。 前編では、Bリーグ・大河正明チェアマンと、公募を実施する株式会社ビズリーチ代表取締役社長・南壮一郎氏に、今回公募する人材に対する期待や、この取り組みの背景にある壮大な夢を語ってもらった。後編となる今回は、バスケットボールという競技の持つ可能性と、Bリーグの未来について語り尽くした。そこには、スポーツビジネスの神髄ともいうべき数々の金言があった――。(インタビュー・構成=野口学 写真=荒川祐史)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

なぜコカ・コーラ社は90年も五輪スポンサーを続けているのか?(前編)

東京2020オリンピックまであと3年。スポンサー収入がオリンピック史上最高額になるといわれているように、非常に多くの企業がこの祭典に期待を寄せ、ビジネスチャンスと捉えていることが分かる。だが同時に、スポンサー契約を結んだまではいいものの、そこから具体的にどうしたらいいのか分からないという声も聞かれる。そこで今回は、オリンピックのワールドワイドパートナーやFIFA(国際サッカー連盟)パートナーを務めるコカ・コーラ社が、いかにしてスポンサーシップを活用し、確固たるブランドを築き上げているのか、そのスポーツマーケティングの極意・前編をお届けする。(編集部注:記事中の役職は取材当時のものです)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

川内イオ

1979年生まれ。大学卒業後の2002年、新卒で広告代理店に就職するも9カ月で退職し、2003年よりフリーライターとして活動開始。2006年にバルセロナに移住し、主にスペインサッカーを取材。2010年に帰国後、デジタルサッカー誌、ビジネス誌の編集部を経て現在フリーランスの構成作家、エディター&ライター&イベントコーディネーター。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンターとして活動している。著書に、『BREAK! 「今」を突き破る仕事論』(双葉社)など。