流行語大賞にノミネートもされた「体幹」ブームに乗って、一部のスポーツトレーナーらは「筋肉隆々のアウターマッスル(表層筋)ではなく、しなやかなインナーマッスル(深層筋)を鍛えるべし」という“柔と剛の対立構造"を意気揚々と掲げながら、スポーツ選手のフィジカル強化だけでなく、一般人のダイエットにおいても体幹トレーニングを積極的に推奨するようになった。

エクササイズの手軽さと真新しさもあいまって、メディアは「体幹」というキーワードにこぞって飛びつき、そのやり方を解説・指南する「体幹トレーニング・ビジネス」も隆盛を極めた。この十年ほどで、“インナーマッスルを鍛える重要性"が世間一般に広く浸透したように思われる。

しかし体幹トレーニングのイメージや話題性ばかりが先走ってしまい、そのトレーニング効果が実態以上に過大評価されたり、他のトレーニング法への安易な批判も目立つようになった。十分な検証・実証もなく巻き起こった体幹ブームの結果、形だけの体幹エクササイズを導入するチーム・選手が増え、一部では「フィジカル強化は体幹さえ鍛えれていれば、何とかなる」的な風潮すら感じられるようになった。

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体幹ブームのあと

2014年、サッカーW杯ブラジル大会。国民の大きな期待を背負いながらも、日本代表が予選リーグで惨敗を喫したことは、国内サッカー界において深い失望感をもたらした。しかし、その失望ムードの中での2015年ラグビーW杯、エディ・ジョーンズ監督が率いたラグビー日本代表の快挙は、日本サッカー界にとって一種の黒船的ショックだったように思える。

エディ監督及びスタッフは、国内スポーツ界全体として敬遠されがちな「ウェイトトレーニング」を特に重視し、従来以上に選手の基礎的フィジカルの強化に努めた。栄養・休養面でも科学的アプローチを積極的に取り入れ、選手の綿密なコンディショニング管理を徹底した。大会後、チーム中心メンバーの五郎丸歩選手が、日本サッカー界に対して「フィジカル強化から逃げると戦えない」と公の場で提言したことも話題となった。

その直後のタイミングにサッカー代表監督に就任したハリルホジッチ監督も、世界基準のデュエルやインテンシティに対応すべくフィジカル強化を重視し、代表選手に対してJリーグの標準レベルを超えた基礎筋力アップやウェイトトレーニングを要求するチーム作りを行い、事実として一定の結果を出している。

しかしマスメディアの論調やサッカー指導の現場において、積極的にウェイトトレーニングを行ない基礎筋力を高める取り組みに対して、強い抵抗感を示す関係者が少なくない。日本選手のフィジカル面での弱さは、日本サッカーが長年抱えるテーマの1つでもあったが、ハリル監督がいざそこにメスを入れようとすれば、メディアや現場関係者、サポーターからは必然的に「日本代表がマッチョ化して大丈夫なのか?」「日本の強みが失われる」などとネガティブな意見が集まりやすい。

2014年ブラジル大会の惨敗を踏まえれば、チームの方向性に大きな変化が求められて然るべきだ。だが、筋肉を増やし筋力を高めるフィジカル強化が、日本国内ではある種の「禁じ手」のように忌み嫌われるサッカー文化、スポーツ文化があるのかもしれない。そう考えれば、ウェイトトレーニングとは対立軸に置かれた「インナーマッスル論」が注目されやすいのも頷ける。

いずれにせよ、今後の日本サッカーが向かうべき方向性をしっかりと見極めるためにも、今ここで「インナーマッスル」という概念の意義を、再考・再検証したいと思う。

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体幹、インナーマッスル万能論による思考停止

「体幹」とは文字通り、ヒトの体を1本の木にたとえた場合の「幹」となる部分、つまり手足を除いた胴の部分全体を指し示す。そして「インナーマッスル」とは関節動作を安定させる働きを担う深部筋の総称で、それに対する概念が「アウターマッスル」と呼ばれる関節動作を発生させる表層筋とされている。

これはトレーニング論を組み立てていく上での基礎知識であり、それぞれ目的に沿った役割もあるのだが、おそらくこの時点で当記事の読者の半数くらいの方が、細かい筋肉の紹介などには興味が失せているのではないだろうか。

さらにこれに関連して「ファンクショナルトレーニング」というスポーツ競技の動作パフォーマンス向上のためのトレーニング概念もあるのだが、これを長々と解説したところで「フィジカル強化のため専門的な勉強には興味はない」と敬遠されてしまうのが関の山である。

必要性を強く感じなければ、興味の薄い勉強はなるべく避けて通りたいのがヒトの性でもあるが、こういう心のスキに入り込みやすいのが“シンプルな対立構造"である。自分もこれまで幅広いカテゴリーの選手からトレーニング相談を受けているが、トレーニング時の視覚的な印象が影響されてか、次のような対の関係を以ってトレーニング効果を誤解をしてしまっている選手が少なくない。

<誤った解釈(概念図1)>

先にも述べたように「体幹」とはインナーマッスル及びアウターマッスルの両者を含めた概念であり、ベンチプレスやバーベルスクワットのようなウェイトトレーニングも体幹を鍛えるトレーニングに含まれる。だが、一般には単純化された図式(二元論的な対立構造)が受け入れられやすいためか、上記(図1)のように安易に区分けされて語られてしまうケースが多い。

ボディビルダー的な筋肉増加を敬遠しがちな女性ダイエッター向け体幹エクササイズ・ビジネスの流行も、このようなパブリックイメージの定着を促進しているように思われるが、気を付けたいのはこのような誤った認識の下で「体幹さえ鍛えていればいい」という安易な発想が浸透してしまうことである。

そもそも体幹はプレーのアウトプットとして手足を効果的(パワー面、技術面ともに)に動かすためにあるわけで、体幹と手足の両方を十分に鍛えてこそ、そのアウトプットは最大化される。しかしフィジカル強化の方法が体幹を鍛えることだけに終始し、そこで思考停止してしまうと、選手のポテンシャルも発揮されない。

また実際、図に示した各々のトレーニング概念は多くの部分で重なり合う要素が多く(図2)、特に複雑な動きを伴う競技スポーツのトレーニングにおいては、そう簡単に「〇〇を鍛えればよい」的な結論には至らないのである。

<妥当な解釈(概念図2)>

ファクトベース思考へのシフト

サッカーに限らず、筋トレを敬遠する国内のスポーツ関係者の間では、ウェイトトレーニングは「使えない筋肉がつきやすい」という類の通説があり、聞いたことがある人も多いと思われる。しかしこの話が語られている背景を詳しく調べていくと、事実を伴うような根拠らしい根拠が見当たらない実情が見えてくる。

「スピード、キレが落ちる」「動きが硬くなる」「技術が落ちる」「日本人には合わない」などなど、ウェイトトレーニングを否定するワードを挙げていくと枚挙にいとまがない。またそういう批判は昭和の時代から日本スポーツ界に脈々と受け継がれているように思われるが、それに真っ向から挑みフィジカル向上を徹底させたのが、ラグビー日本代表・エディJAPANであった。

サッカーファンには馴染みがない話かもしれないが、事実、日本ラグビー界においても「ウェイトトレーニングをやりすぎると使えない筋肉が増え、スピード、キレ、技術などが損なわれる」という認識が普通にあった。

実際、「そんなに筋トレしていては、JAPANのスピードが失われる」といった声は多くあがった。エディHCはそのような抵抗勢力を鎮静化させる方策として、選手にGPS装置を装着させて、日本選手のスピードを数値化させ、各国選手とデータ比較することを試みた。結果、「そもそも日本選手には他国と比べスピードにおける比較優位性がなかった」ことを実証した。

もともと日本には昭和の時代から、ゴリゴリの筋肉を増やす機械的なウェイトトレーニングではなく、「柔よく剛を制す」の精神を尊び「しなやかに相手をいなす秘技」のような解決策が求められるスポーツ文化があると感じている。だが、そのような「思想」を優先して戦うことが目的になってしまっては、勝てる勝負も勝てなくなる。まずは目の前の「事実」をしっかりと把握することが必要だ。

海外サッカーであれば、欧州トップレベルのサッカーリーグにおいて、ウェイトトレーニングはスタンダードなトレーニング法としてユース年代から当たり前のように採用されている。ネット上でもよく目にするクリスティアーノ・ロナウドの肉体やトレーニングメニューなどは、その最たる例であろう。

また近年の国内試合を振り返っても、積極的なウェイトトレーニングで基礎筋力を高めて実績を残したチームは数多い。

高校サッカー全国大会で全国制覇を成し遂げた東福岡高校や青森山田高校、また直近の天皇杯でJ1チーム相手に大金星を上げて話題となったいわきFCや筑波大学が、その代表例として挙げられよう。これらのチームが、競技レベルのカテゴリーを超えて、他のサッカーチームよりもフィジカル向上に重きを置いているという事実。サッカーは紛れもなくコンタクトスポーツであり、我々はそこから目を背けてはならない。

著者名:FR(ブロガー)
2010年よりサッカー選手向けトレーニングサイト「サッカーのための筋トレと栄養」を運営。学生から海外プロ選手、日本代表選手まで幅広いカテゴリーの選手を個別サポート

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VictorySportsNews編集部