「稼げない」大学スポーツをどう変える? 小林至×池田純(前編)「日本版NCAAは儲け主義」という誤解。小林至×池田純(中編)

もっと多角的な視点が必要

©下田直樹

池田純 スポーツの複数の領域をしっかり把握されている、小林さんのような方が日本には少ないですよね。プロ野球の球団経営だけでなく、最近は大学スポーツの審議会にも関わっておられます。

――文部科学省とスポーツ庁の審議会「大学スポーツの振興に関する検討会議」では、小林さんが日本版NCAAの実現可能性を検討するタスクフォースの議長を務めておられました。政府がスポーツの成長産業化を目指し、創設に動いている日本版NCAAは、全国の大学スポーツを競技横断的・大学横断的に取り仕切る、従来はなかった統括組織です。小林さんは福岡ソフトバンクホークスの取締役という経歴もお持ちで、2005年からの10年間、球団経営の実務に従事されています。

池田 日本にはプロスポーツの経営で修羅場を潜り抜けてきた人が少ないですし、アメリカとは違ってプロスポーツ業界内での人材の流動性がほとんどない。大学スポーツの振興について議論を深めていく上でも、もっと多角的な視点が必要だと思います。心配なのは、スポーツビジネスについてきちんと理解できている人材が、この国にどれだけいるか。間違った方向には進まないでほしいです。

小林至 スポーツビジネスの経営人材が、日本に足りないのは確かです。だとすれば、若い人たちにチャレンジさせてもいいんじゃないでしょうか。大学のアスレチック・ディレクター(大学体育局長)でも、日本版NCAAの担い手でも、どんどん任せれば優秀な人材が育ちますよ。うまくカネが回り出せば、外部からも人材が入ってくるでしょう。プロ野球の場合は、球界再編問題が起こった2004年から2005年あたりに優秀な人たちが参入してきました。野球そのものは知らない人たちが、イノベーションを次々に起こしてくれた。いっぱい喧嘩もしましたけどね(笑)。残念ながら、そういう優秀な人たちが2~3年でいなくなる。おカネが回っていないのが大きな一因です。

池田 しがらみもありますし。良い経営人材がいたとしても、プロサッカーの経営からプロ野球の経営へというような、横の流動性がほとんどない。小林さんが指摘された報酬の問題も、優秀な経営人材が不足している一因です。普通の民間企業で偉くなれば、報酬の桁が違う世界にだって行けますからね。

小林 意欲のある若者に任せて、失敗させればいいんです。大学スポーツの産業化はゼロからのスタートなんですから、怖れる物など何もない。せいぜい誰かのプライドを傷つける程度。おカネの利権じゃなくて、気持ちの利権を損なうくらいですから。

――“気持ちの利権”とは?

小林 運動部のOB会で物事を決めるのは俺だ、激励会を仕切るのは俺だというような“精神的な既得権益”です。誤解を避けるために付け加えておくと、そういう気持ち、プライドも大切ですよ。卒業した運動部を誇りに思っているわけですから。僕はかなり楽観的なんです。今の大学スポーツはとにかくおカネが動かない世界ですから、少しでも動き出せばプラスですよ。

――Jリーグの特任理事に続いて、明治大学の学長特任補佐、さらには日本ラグビー協会の特任理事にも就任した池田さんにお聞きします。横浜DeNAベイスターズ球団社長時代の取り組みを、他のスポーツに応用していく具体的なイメージはお持ちですか? ベイスターズ時代の池田さんが観客動員の大幅な増加を実現できたのは、人の気持ちを動かしたからだと思いますが。

池田 とにかく楽しいものを提供していくのが、スポーツビジネスの本質です。エンターテインメントであるスポーツビジネスの核心を、もっとしっかり捉えていかないと。スポーツ、競技を強く弱くは、当たり前の世界。その周辺をどれだけビジネス化、エンターテイメント化できるのか。グッズ販売の収入が自社で売るのとライセンスを渡すのとでどう違うとか、チケットをどのベンダーでどうやって売ればいいかとか、どちらもただの知識でしかありません。スポーツビジネスについての正しい知識を備えた先に、大切なものがある。ファンを作ってナンボの世界ですからね。ファン創造ビジネスという意味では、ディズニーの世界もショービジネスの世界も同じカテゴリーに括れて、競合が多いわけです。そこで渡り合えるスポーツエンターテインメントを作れる人材を育てていかないと、スポーツ産業の発展はありません。僕はプロ野球だって、かなり危機的だと見ています。今はいいですよ。甲子園があって、歴史もあり、ファンのベース、基盤がまだ大きいですから。ところが、子供たちの野球人口は減っているんです。このままだと20年後が危ういですよ。大学スポーツでもこれから観客を増やしていくなら、人の心を動かせるビジネスを作れる人材を取り込んでいかないと。優秀な人材はスポーツ以外の世界に流れているのが、現状ですからね。

小林 おっしゃる通りだと思うな。

池田 若い人に任せてみるのは、私も大切だと思います。ただ、的確に教えられるプロフェッショナルも必要ですよね。教える側がスポーツビジネスの本質を分かっていないと、アメリカのような文化にはなっていかないんじゃないか。いろんなデザインひとつを取っても、アメリカのスポーツはカッコいいですもん。
――アメリカン・スポーツのキーワードのひとつが、「ゲーム・デー・エクスペリエンス」です。その日のスタジアムでしかできない経験を重視する認識が、日本ではまだ――。

池田 弱いですよね。

小林 プロ野球の各球団には、だいぶ浸透していると思いますよ。僕もホークスがダイエーだった時代から取り組んできて、遅れていたセ・リーグも池田さんが社長のベイスターズがキャッチアップして、広島東洋カープも熱心で……。

――カープ女子という現象も話題になりましたよね。カープの観客動員は2009年のスタジアム新設で大きく伸びてから、一旦ガクンと落ちました。ところがカープ女子の効果もあったのか、この2~3年はベイスターズと同様に来場者を大幅に増やしています。女性のファンや理解者をどう増やしていくかは、スポーツ産業発展成熟の大きなポイントではないでしょうか?

小林 全てのエンターテインメントがそうですよ。当たり前の話にプロ野球が気付いただけです。福岡ソフトバンクホークスの場合は、ダイエー時代から女性にターゲットを絞っていました。当時、とくにセ・リーグの各球団は、女性ファンの獲得にさほど熱心ではなかった。巨人戦の放映権という特殊な“飛び道具”を持っていたからです。観客の7割が男性、その7割が高齢者。これが2000年代前半の状況でした。福岡ダイエーホークスが女性に目を向けたのは、経営危機に直面していた事情もありました。手売りでチケット代をもらわないと、もう回らないくらいでしたから。女性ファンを取り込む文化が徐々に広がり、それがプロ野球ビジネス、球団ビジネスの大きな改善に繋がったんです。ただし、ここからさらに拡大するのは難しい。スタジアムの収容率は、もうキャパシティいっぱいに近づいていますから。

池田 このままだと落ちていきかねないですよ。子供たちの野球人口減少に加えて、他のスポーツもいろいろ仕掛けてきますから。それに東京オリンピック・パラリンピックの後に今のブームが弾けたら、日本のスポーツ界全体に影響が及びます。

――対策や打開策は?

池田 経営人材を育成して、スポーツビジネスの次のステージへ移っていかないと。大学スポーツを含めてです。

小林 スポーツ人の論理ではなく、ビジネスの考え方を取り入れて、他の業界から人材が流れ込んでくる世界を目指しましょう。日本のスポーツ界のひとつの問題は、伝える努力の不足です。僕らこの世界の人間はスポーツの良さを十分分かっていても、そうではない人たちもいますよね。大学でも体育会が嫌いな先生は少なくないんです。嫌いなのはスポーツじゃない。体育会の人間です。(東京大学野球部出身の)僕も反省してますよ。本人にそんなつもりはなくても、身体は大きいし、横柄で威圧的に見えてしまう。そういう運動部員に、大学の教員たちは関わりたがらない。ところが同じ先生方が、オリンピックを観て、感動の涙を流しているわけです。そういう人たちを巻き込んでいく努力が、これからの大学には必要です。プロスポーツは、さきほど池田さんが言われたように、優秀な人たちが外からどんどん入ってくる世界にしていく。

横展開、横移動……「流動性」が成長の鍵を握る

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――池田さんはどんな思いで、スポーツ界に留まり続けているのでしょうか?

池田 使命感が大きいですね。少し前までいた野球界から、その垣根を越えて、スポーツ界の人間になってきた。そうするといろいろアイデアも出てきますから、明治大学の学長特任補佐になったり、日本ラグビー協会の特任理事になったり、2019年に日本で開催されるラグビーワールドカップにも関わっているわけです。

――経営マインドとビジョンを備えた優秀な人材を、池田さんならどう口説き落として、スポーツ界に迎えますか?

池田 ベイスターズにいた頃は、なるべく口説かないように心掛けていました。日本のプロ野球は親会社から、フロントスタッフが送り込まれてくるケースも多いですし。

――では、これから口説くとすれば?

池田 私が口説くのは、日本のスポーツ界全体が変わってかる傾向がみえたらですね。現状のままだと流動性がなさすぎて、横に動けませんから。

小林 普通の観点で選んでもらえる、そんな業界にならないとダメですよね。使命感だけでなく、経済的な利得でも選んでもらえるような業界に。今は使命感が先行しているか、子供の頃からそのスポーツをやってきたというのが選択の主な理由になっていますから。

――大学生の人気企業ランキングを見ても、プロスポーツの球団やクラブは見当たりません。

池田 憧れの業界にはなっているんじゃないですか。スポーツビジネスに関わりたいと思っている大学生は多いです。ただ、プロスポーツ業界内の横の流動性がないままだと、視野が広がりません。日本のスポーツビジネスでサッカーから野球、野球からサッカー、サッカーからバスケットボールに移るような転職って、少ないですよね。

――日本版NCAAを含めて、そうした横展開がキーワードになってくるのでしょうか?

池田 プロジェクトなどの横展開も、経営人材の横移動も大切ですよ。様々な人材がいろんな経験を積み、多様性のある視点で切磋琢磨する、そんな未来を迎えるためには。

小林 そのためにもおカネが足りないです。Jリーグの経営層が受け取っている報酬ひとつを取っても……。

池田 どんな報酬だろうと、責任は問われますからね。

小林 先立つものがなければ、なかなかイノベーションは生まれませんよ。おカネを生む業界に変えていく関係者たちの覚悟が必要です。詰まらない縄張り争いにこだわらず、おカネ儲けの仕方を教わって、自前で活動資金を作ろうじゃないか。日本版NCAAについての議論も、そんなふうにマインドを変えていくひとつのきっかけになればいい。大学スポーツの規模は巨大ですから、素晴らしい起爆剤になりますよ。

<了>

©下田直樹
VictorySportsNews編集部

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