「黒字になんてならない」。日本のスポーツ業界の実態

©荒川祐史

――もしも今、池田さんがスポーツ業界で働きたい大学生だったなら、どのようなアクションを起こしているでしょうか?

池田純(以下、池田) 正直、僕が学生だったときは何も考えていませんでした。学生ってそんなものですよね。ぼくは明治大学の学生と関わりがあって、今日もこうしてスポーツに携わりたい大学生のみなさんと接する機会もあって感じるのが、「スポーツビジネスの情報がない」ということです。 

 今回のイベントには『VICTORY(ビクトリー)』というメディアがついてくれています。スポーツの競技の情報を伝えてくれるメディアはたくさんありますが、“どのすればスポーツビジネスに携われるか”という方法について伝えているメディアってないんですよ。『VICTORY(ビクトリー)』は、そういう収益目当てではなく、スポーツビジネスの裏側をしっかり伝えていこうという精神があって、そこに僕はすごく共感していて、そのようなメディアが今回、スポーツ業界を目指す学生さんたちとイベントをやるということで参加させていただきました。

 先ほど、みなさんのプレゼンテーションを拝見させてもらいましたが、球団で仕事をする、創設される日本版NCAA(※1)で仕事をする、リーグで仕事をするという選択肢もある中で、まずは、どこに自分が関わっていきたいのかというしっかりとしたビジョンを持ってもらったほうがいいと思います。

※1…NCAAとは全米大学体育協会の略称。主に大学スポーツのクラブ間の連絡調整や管理、運営支援などを行う。アメリカでは大学約1200校が加盟し、放映権料を中心に年間で1000億円の収益を上げている。日本でも、文部科学省が国内の大学スポーツを統括する日本版NCAAを2018年度中に創設する方針を発表している。

 今は大学生なので、「日本にNCAAができる」という話が出てきて、自分たちの大学にスポーツがあって、そこに自分たちがどういうふうに関われるかという視点があれば、ケーススタディをたくさんつくることができるし、フィールドワークみたいなものになると思います。そういうところで、正しい方向にみなさんが向かっていけば嬉しいです。みんながどうやって自分たちの大学スポーツを考えていけるかが、大きなテーマだと思います。

――池田さんは早稲田大学卒ですが、大学時代に早稲田の運動部にどういう関わり方をしていましたか?

池田 まったく関わってないですよ。僕が大学生だった頃はスポーツビジネスなんて概念はほとんどなかったです。僕が大学生の頃は“友達がいるかどうか”くらいの興味でした。新歓コンパで早慶戦に行こうよ!というノリが文化みたいなものであって、そういう人たちが応援に行っている、そういうくらいの距離感でした。

 スポーツとの距離が、今よりも遠かったと思います。僕がDeNAベイスターズの球団社長になった6年前でも、「球団は赤字でいい。親会社が持っているもので、赤字補填をして、親会社の広告のためにあるものだ」という概念で働いている人が沢山いました。「黒字になんてならないよ」と働いている人が言っていましたから。

なぜ、スポーツ業界で新卒は採用されないのか

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――スポーツに携わりたいと思っている学生はたくさんいます。池田さんがDeNAベイスターズの社長だった時に、「この人だったら一緒に働きたい」だったり「こんな学生が欲しかった」と感じたことはありましたか?
 
池田 僕も当時新卒を採ろうとしていましたが、まだ赤字続きだったことと、スポーツ会社は親会社の状況によって経営が変わること、経営者が代わることを考えると、「採用しても責任を取れない」と感じていました。実際に面接もしていました。5年目に黒字になった時に、スポーツ業界に来ても外の世界で通用するくらいのキャリアを歩めそうな人材だったら採ろうと思っていましたが、そこまで感じることができる大学生はいませんでしたね。
 
 大学生はスポーツビジネスに対して、夢や幻想のようなものをすごく強く持っているので……。さっきも誰かが「Jリーグのチェアマンになりたい」と言っていましたが、ではチェアマンの仕事がどういうものかわかっている人は現時点では少ないでしょう。そのあたりが、夢や幻想を持っていると感じてしまう点です。
 
 個人的には、ビジネスの根幹というのは球団やチームに関わることが一番面白いと思っています。今はラグビー協会やW杯、トップリーグの将来をどう作っていくかにも関わっています。Jリーグにも関わっていて、じつはあるJ1クラブの経営を裏で見ています。様々な経験をする中で、僕はクラブの経営が一番面白いと思っています。
 
もちろんサッカー日本代表に関わりたい人もいるだろうし、ちゃんと情報を仕入れたうえで動くことが大切です。思いだけでやっても、たとえばチェアマンにどうやったらなれるかのキャリアパスも描けないでしょう。夢や幻想を持つこと自体は悪いことではありませんが、もっと大学スポーツのことに関心を持って、その先にある社会人スポーツやプロスポーツの情報にちゃんと接していかないと、間違った道を選んでしまうのではないかなと思います。
 
——先ほど「新卒を採用しても、なかなか責任を持てないよね」というような話がありましたが、他の球団やリーグでも同じような状況だと思います。原因は、どこも同じなのでしょうか?
 
池田 どこも「学生を採りたい」と思っているはずです。なぜ、ドラフトで高校生を採るかというと、大学生や社会人で採るのとは、伸びしろが全然違うからなんです。ドラフト1位というのは球団にとって宝です。ただ、球団やチームの経営に不安を持っているのと、親会社に支配されていることもあり、いつ自分がどうなるかわからないのが日本のプロスポーツです。
 
 アメリカはオーナーシップで、プロ経営者がやっているので親会社の洗礼なんて関係ないです。日本では親会社との距離が近くて、オーナーシップで運営できているのは広島カープくらい。あとは、親会社がいて、社長も雇われの身です。そうなると責任を負えないという結論に至ってしまいがちです。
 
「スポーツ業界で働いていました」といっても、他の企業にいったときになかなか雇ってもらえないので、「この子だったら、ここでダメになっても自分でどうにかするな」と安心を持てないかぎりは、雇いにくい現状があります。これからスポーツ企業のビジネスが、もう少し伸びてくれると新卒を採る会社も出てくるかもしれないですね。

所属する大学スポーツを盛り上げることから

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――僕らが働けるスポーツの舞台となると、団体とかJリーグのチームとか、一つの会社に入っていくという選択肢しかない中で、NCAAみたいな新しい働き口が増えると、それなりに入ってくる学生も増えてくると思います。
 
池田 NCAAについては、僕もすべてを理解しているわけではありませんが、みなさんも理解していないと思います。僕は元々水泳選手で、鈴木大地さんとは仲が良くてよくLINEなんかもしますが、NCAAというのはスポーツ庁で、最初は産業化という目線で作ろうという話でした。アンダーアーマーを手がける株式会社ドームという会社の人が、アメリカのNCAAの勉強をしてきてそれを日本の官僚とかスポーツ庁の人たちと話していくうちにそういう流れになっていきましたが、調べていくとそんなにすぐにはお金にならないようです。
 
 アメリカではセオドア・ルーズベルト大統領のころに、NFLのアメリカンフットボールのルールだと「危なすぎるからどうにかしなさい」と、規制を作るように言われてできた団体がありました。それがNCAAになり、70年くらい経って、ようやく何千億円と稼げる団体になりました。
 
 日本では、2020年に東京オリンピックがあるから政治の世界の人たちが、何か旗印を作らないといけないからNCAAを作ろうよ、ということで立ち上げ、「お金儲けは後」みたいなトーンになってきています。
 
 NCAAは何をするかというと、今は、小さな大学を集めて保険を共有化して、保険のコストを下げたり、小さい大学のスポーツ部はWEBサイトを持ってないところも多いのでその制作を請け負うとか、20万人いる学生アスリートの名簿がないので名簿を統一化するとか、そういう3つくらいのステップから始めようとしています。大学生がどう入っていくのかを考えると、インターンのような関わりになるかもしれません。
 
 本当に自分たちで考えたいと思うのなら、やはり自分たちの大学の選手たちは友達でもあるわけですよね。自分たちで学生さんの名簿を作ったり、WEBサイトを統一したり、ユニフォームの色が全然違うのをどう直していくか考えたり、そういう会議を自分たちで開催したりするのが一つのきっかけになると思います。「大学生の立場から考えてみるとこうだ」という提言になるのではないでしょうか? それくらいのところからスタートしたほうがいいと思います。

できることから積み重ねることが大切

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――NCAAは元々アメリカンフットボールの規約を作るための団体だったのが、いつしか陸上大会を主催するようになり、やがてスポーツ大会の主催をするようになっていったようです。この「大会を主催する」というのがキモなんじゃないかと思っています。学生ボランティアなどで競技を横断して、大学という枠でまとめて主催できたら、それが組織力になると思うのですがいかがでしょうか?
 
池田 いい目線だと思います。でも、大学生はまだ社会に出ていないからか、目標や目的(ゴール)に行くまでのプロセスの積み上げ方を間違ってしまうと思います。例えば、“もっと大学で見てほしい”という課題に対して、“動画を作る”という答えは正しいです。けれど、どういう風にやっていくと人が集まってくれるのか、プロセスを分解していくやり方がまだ甘いですね。それは大学生だから当然で、まだビジネスをやってないですし、それでいいんです。
 
 たくさん挑戦して失敗していけばいいんですが、いきなり大会を作るというのは相当ハードルが高いと思います。大人が大会を運営しているから。いろいろとハードルがあるわけです。自分たちができるところから、まずは積み上げていくべきです。いきなり高いハードルを越えようと思っても、超えられないものです。そのへんのプロセスを間違えないで、スポーツビジネスに関わってもらいたいなと思います。

<了>


VictorySportsNews編集部