モンテッソーリ教育にシュタイナー教育? 天才の育て方はあるのか?

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2016年12月のプロデビュー以来、積み上げた勝利は29。30年ぶりに連勝記録を更新した話題の天才は、14歳の中学生だった。
ふとした表情にまだあどけなさが残る藤井聡太四段の活躍は、将棋界のみならず世間から大きな注目を集めた。その理由のひとつに、同じ年頃の息子、娘を持つ母親、父親の関心の高さがある。
「どうしたらあんな子どもが育つんだろう?」
「天才ってどうやって育てるんだろう?」
単純な興味としてだけでなく、自らの子育てのヒントはないものかとテレビに目をやる大人たち。藤井四段の強さの秘密に、出身幼稚園が取り入れていた「モンテッソーリ教育」を挙げるメディアまで現れた。
モテッソーリ教育は、イタリアの女性医学博士、マリア・モンテッソーリが提唱、実践した教育法で、アメリカ・Microsoft社の創業者、ビル・ゲイツが学んだ教育としてその名を知られている。近年は、日本でも子どもの自発的な行動や感性を高める教育法として注目されている。

スポーツの育成現場を取材していると、その競技の技術を身につけるためのトレーニングの他に、子どもたちの自主性、自発性を高めることの重要性に関心が高まっていることを実感する。藤井四段が学んだモンテッソーリ教育や、自由教育の象徴であるシュタイナー教育など、教育法に関わるワードがグラウンドや体育館で飛び交うことも珍しくない。

優れた選手は優れた思考を持っている。自発的、能動的に努力する選手は、強制的、受動的に取り組む選手よりすべてにおいて成長する可能性が高い。
簡単に言えば、「やらされている」選手より「自分から楽しんで」あるいは「楽しさを見つけて」プレーする選手の方が伸びる可能性が高いというわけだ。

この連載では「スポーツの天才の育て方」について語るつもりはあまりない。というのも、多くのお父さん、お母さんがすでにお気づきのように、どんな競技でもすべての子どもたち、すべての選手がプロ選手やオリンピック選手にうなれるわけではないからだ。
「自分の子がプロ野球選手、プロサッカー選手、金メダリストになれるのか?」
そんな風に疑って子どもから夢を奪うドリームキラーになるのは論外だが、「絶対にプロ選手になれ」と強制して子どもたちから自由意志を奪う親もまた、「毒親」と言える。

では、どうすればいいのか?
子ども一人ひとりに個性があり、家庭には家庭の事情や背景がある以上「絶対的な正解」はあり得ないが、スポーツの育成現場の取材や出会いの中で見てきたことがいくつかある。

「天才の育て方」はわからないし、わかれば天才を量産する側に回っているが、どうやら天才は「育つ」ものらしい。このコラムでは、ああしたほうがいい、こうした方がいいという詰め込みではなく、おおらかに子どもたちを見守るための方法をいくつか紹介していこうと思う。

わからないことは子どもに聞く!しつもんメンタルトレーニング

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「どう関わっていいのかわからない」
自分はそのスポーツの専門家ではないし、自分がお手本を見せられるわけでもない。競技のことはコーチに任せたいけど、たまたま近所だからと入れたクラブやチーム、教室のコーチが絶対正しいと思えない……。スポーツをする子どもを持つ親の悩みはループを繰り返す。
「何をしてあげていいのかわからない」
そんな悩みに対するひとつの答えが、「子どもたちに答えを聞く」という方法だ。
「私たち大人は自分たちが正解を知っていて、それを子どもたちに教える立場と思いがちですが、実は答えは子どもたちのなかにあるんです」
メンタルトレーナーの藤代圭一氏は、「しつもん」をきっかけに子どもたちと対話し、自発的、内発的なやる気を引き出すメソッド、しつもんメンタルトレーニングを実践している。
「子どもたちに言うことを聞かせるんじゃなくて、子どもたちの言うことに耳を傾けてみる。こうしなさい!じゃなくて、どうしたいのか聞いてみる。しつもんをすることで、子どもたちは自分の頭で考えるようになります」
部活動の、スポーツの暴行問題が話題になり、強制的な指導の弊害が叫ばれているが、子どもたち自身に考えてもらうためには、「考えなさい!」と命令するより、質問をした方が近道なのは間違いない。

「しつもんには3つのルールがあります」
藤代氏がしつもんをする際に守って欲しい基本ルールとして挙げたのは
・答えはすべて正解
・答えは「わからない」も正解
・他の人の答えを「そうだよね」と受け止める
の3つのルールだ。
「想像力豊かな子どもたちの答えは、しばしば大人から見ると“ナナメ上”の発想になりがちです。答えはすべて正解というのは、その想像力を縛らないため、同じように、わからないのに無理に答えを強要するのもよくありません。せっかく出した答えにダメ出しするのもここでは控えてください」
子どもたちの内発的なやる気を引き出すきっかけになるしつもんだが、しつもんメンタルトレーニングでは、質問をあえて「しつもん」とひらがなで表記している。これは答えがすでに大人の中にあるのに、あえて正解を言わせるためにする「誘導尋問」や、問い詰めることで子どもたちを追い込む「詰問」としつもんを分けるためで、3つのルールを守れば、子どもたちからも普段聞けなかった考えや答えを聞くことができ、親子のコミュニケーション深まるというわけだ。

「ポケモンマスターになりたいです」
ある高校で、セミナーを行った時のことだった。
「将来どうなりたいですか?」
藤代氏のしつもんに、ある生徒がこんな答えを返した。
教室にいた教師は苦笑い、クラスメートも笑いをこらえている。しかし、しつもんメンタルトレーニングでは、すべてが正解で答えはまず受け止めることがルールだ。
「なんでポケモンマスターになりたいの?」
次のしつもんで、その生徒は「まだ誰も見たことのない新種の生物をゲットしてポケモンマスターになりたい」と答えたのだ。
ポケモンマスターという表現は突拍子なく聞こえるが、彼は自分の「好き」を夢に投影して、将来の自分の姿をきちんと思い描いていた。最初の答えに「真面目に考えろ!」「アニメの話じゃないんだ!」と返していたら、彼の夢はどうなっていただろう。

「最近どう?」
「別に……」
日本の家庭によく見られる親子の会話だ。親は様子を聞こうとしてはいるが、その実、子どもたちが何に興味を持っていて、どんなことをしたいのかにあまり関心がない。子どもも子どもで「どうせ話しても」と親に理解してもらうことを諦めている。

スポーツ選手を育成する話からずいぶん逸れていると感じる読者の方もいるかもしれないが、スポーツの専門的な技術や、いわゆる“フィジカル”や “メンタル”以前に、こうした対話が、子どもたちの自発的なやる気を引き出し、その後の成長の下地になる。
実際にしつもんメンタルトレーニングは、多くのスポーツチーム、指導者によって実践され、競技的な成果はもちろん親子、指導者と子どもたち、子どもたち同士のコミュニケーションを深めることにも一役買っている。

次回もしつもんメンタルトレーニングの実践から、スポーツの子育て、子どもたちが育つ環境について考えてみようと思う。

子どもは、親の顔色を一生懸命うかがっている。しつもんメンタルトレーニング後編

どんな親御さんも、「子どもがすべて」と考えていることでしょう。でも、その強すぎる思いが、お子さんから主体性を奪っていたら? 子どもが、親御さんの顔色をうかがって過ごすことは、誰しも望んでいないはずです。前編に引き続き、しつもんメンタルトレーニング・藤代圭一さんにお話を伺いました。(取材・文 大塚一樹)

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大塚一樹

1977年新潟県長岡市生まれ。作家・スポーツライターの小林信也氏に師事。独立後はスポーツを中心にジャンルにとらわれない執筆活動を展開している。 著書に『一流プロ5人が特別に教えてくれた サッカー鑑識力』(ソルメディア)、『最新 サッカー用語大辞典』(マイナビ)、構成に『松岡修造さんと考えてみた テニスへの本気』『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』(ともに東邦出版)『スポーツメンタルコーチに学ぶ! 子どものやる気を引き出す7つのしつもん』(旬報社)など多数。