チャリティ文化の醸成

宇賀 東京マラソンは「走ること」を通じて社会貢献ができる大会としても知られています。チャリティランナー制度の立ち上げに至った背景について教えてください。

早野 東京マラソンを走り・支え・応援してくださる方々が、社会貢献について考えたり、実際に寄付をするきっかけを届け、一人ひとりのハートと社会をつなげていきたい。寄付する人が自分の想いで貢献できる、選べるチャリティとして始めました。2011年の導入時は1000名の定員に対して、約700名の参加でした。ひとり10万円以上ですので、1000人に集まれば1億円以上になります。現在は定員5000名、約11億7000万円の寄付金を集めるものとなりました。累計寄付金額は58億円を超えています。国内のスポーツ団体では最高金額じゃないでしょうか。

それぞれの想いを胸に走るチャリティランナー ©東京マラソン財団

宇賀 日本ではチャリティと言っても、どうしたらいいのか分からない方も多かったと思います。

早野 当初はプレミアチケットとか、金持ち優遇か? と揶揄されることもありました。ところが、やり続けているうちに風向きが変わってきたんです。リピーターになる方も多く、本当のチャリティ文化が育ってきたかなと思います。

宇賀 チャリティランナーの方々から寄せられた印象的なエピソードや、彼らの走るモチベーションについてお聞かせください。

早野 参加のモチベーションとしては、「走れる幸せを誰かの幸せにつなげよう。」そのような願いを込めて各寄付先団体と協働し運営しています。自分ごとにならないと、なかなか10万円、20万円を出すことはできません。でも、自分で寄付先を選ぶことがきて、その団体からお礼のハガキが届くんです。子どもたちが書いたものを目にすると、自分でもいいことしたなと思うじゃないですか。それが前向きなエネルギーになっていると感じています。

宇賀 確かにそうですね。売り上げの何%を寄付しますと書いてあっても、それだけだと「へー」で終わっちゃいますけど、自分で選ぶことで寄付した実感が湧いてきます。

大会運営を支えるボランティアも大人気

宇賀 日本は海外と比べると〝ボランティア意識〟が薄いと言われることもありますが、東京マラソンはボランティアの方々が大活躍されています。具体的な規模や役割について教えていただけますか?

早野 東京マラソンでは約1万人のボランティアが大会前のEXPOでのアスリートビブスの引換えから、当日のスタートエリアでのランナー案内、言語ボランティア、コース上の給水、フィニッシュ後のメダル渡しなど多岐にわたり、いわば大会の「顔」としてご活躍いただいています。

ボランティアの存在が、東京マラソンを特別な一日にしている。©東京マラソン財団

宇賀 1万人とは凄い数ですね。どのように集められたんですか?

早野 他の大会からは、「ボランティアが集まらない」という声をよく聞きます。そういう大会は、予算がないからボランティアにお願いしよう、というパターンが多いようです。東京マラソン財団はボランティアとエンターテイナーを混ぜた「VOLUNTAINER(ボランテイナー)」という言葉を作り、組織化して約3万2000人もの会員がいます。ここに入って、「誰でもどこでも支える誇りを持って活躍できる」場の提供とスポーツボランティアの育成となる研修等行っています。ハードルが高くなると、自分のことに凄く自信が持てる。皆さん、誇りを持って活動されています。

宇賀 予算が足らないからボランティアで補うと思っていましたが、ちょっと違うんですね。そうなると、単にただ働きをしてくださっている人じゃなくて、一人ひとりが主人公という感覚になってきます。

早野 だから東京マラソンのボランティアのおもてなしは「凄い」と世界中から言われていると思います。会員数3万2000人のうち1万人しか活動できないので、競争率が3倍近くになっちゃうんですよ。

宇賀 そこも狭き門なんですね。実際にボランティアをされている方からはどういった声をお聞きになっていますか?

早野 ランナーとして参加できなかったのでボランティアとして参加したという方もいらっしゃいます。そしてボランティアの魅力に気づいて、その後も「ボランティアで参加したい」とか、「活動を通して、新しい友達ができた!」という声を聞いています。何度か研修を受けたうえで活動することになりますし、ランナーからの「ありがとう!」という言葉が喜びになる。充足感が大きいと思いますね。それでリピーターになっているようです。

宇賀 ボランテイナーの方は東京マラソン以外でも活動されているんですか?

早野 スポーツボランティアのできる機会を増やす取り組みとして、他大会へのボランティア派遣など外部協力もしています。また、そのノウハウ、研修システムを担当スタッフが講演などで広めています。

東京マラソンの今後について

宇賀 2年後の2027年には記念すべき第20回大会を迎えます。これからの東京マラソンはどうなっていくのでしょうか?

早野 引き続き、誰もが安全・安心に参加できる大会、参加して良かったと思ってもらえる大会を目指していきたいですね。全員が主役になれる「東京がひとつになる日。」を作っていければと考えております。そのなかで、エリートでいうと世界新記録が出るかも、というような「世界一エキサイティングな大会」にしていきたいと思っています。また、東京マラソンのノウハウを生かしたコンサルタンシー活動など、東京マラソンを通じた様々な取り組みも考えているところです。ところで宇賀さんの「幸せ」は何ですか? ジェット機買いたい?

宇賀 いやいらないです(笑)。まず健康でないといけないな、と。その上にいろんなことが積み重なっていくといいですね。東京マラソンはスポーツイベントの枠を超え、健康促進や社会貢献の面でも大きな役割を果たしています。今後、「スポーツを活用した健康づくり」や「スマートウェルネス」の観点から、新たな取り組みも考えていらっしゃいますか?

早野 マラソンを通じた健康づくり、社会貢献は体現してきましたが、今後は健康で便利なメリットを享受できる、心身ともに幸せに生きる本当の幸せを感じられる社会づくりや、ランニング+αの考え方として、音楽や芸術とスポーツ(マラソン)の親和性を深めて、融合させる取り組みなどを行っていきます。まずは音楽とランニングを融合した「長崎ミュージックマラソン」(仮称)をプロデュースします。2027年1月の開催予定です。

宇賀 東京マラソンは十分に認知されていると思うんですけど、個人的にはマラソンのハードルはかなり高いです。体育の授業で唯一、嫌いだったのが持久走なんですよ(笑)。そういう人、結構いると思います。

(左)一般財団法人東京マラソン財団 早野理事長、(右)宇賀なつみさん

早野 そういう方もいらっしゃるので、東京マラソン財団は2022年に「東京レガシーハーフマラソン」を始めたんですよ。安田美沙子さんのようなオシャレな女性をシンボリックにしていて、お子さんとお揃いのシューズで歩いたり、走ったり、運動する。フルマラソンは難しくても、ハーフなら走れると思いますよ。

宇賀 そうですか(笑)。健康的な女性が走っているのを見るとカッコいいなと思うんですけど、でも長距離だけは……。憧れはあるんですけど、私は3㎞が限界です。

早野 5㎞を1週間に2回くらい走れるようになると、大会では走れますよ。宇賀なつみは変わります。是非、東京レガシーハーフマラソンでデビューしてください!

宇賀 週に2回も(笑)。

早野 でも、やり遂げた自分が好きになれるんですよ。

宇賀 なるほど、走りきった人だけにわかる世界があるんですね。確かに、一度走った方は「また出たい!」とおっしゃいます。いつか私も走れるかも、と思えるのは素敵です。

早野 東京レガシーハーフマラソン2024のキャッチコピーは、「ハーフなら、ギリいけるかも。」でした。エントリーを迷っている人が一歩踏み出す瞬間をビジュアルと共に表現しました。宇賀さんみたいなタイプの人たちが走っていただくのはウェルカムです。大嫌いだった人が本気になった例はたくさんありますから。そして、ハーフマラソンが完走できたら、次は東京マラソンが見えてくる。その感動は格別ですよ。より多くの方々にプレミアムステージを体験していただきたいですね。今後も東京マラソンをより魅力あるレースにしていけるように取り組んでいきます。

宇賀 これからの東京マラソンも非常に楽しみにしています!

前編:東京マラソンの軌跡と未来地図

2007年にスタートした東京マラソンは、単なるスポーツイベントの枠を超え、社会全体に大きな影響を与えてきた。そして2027年、記念すべき第20回大会を迎えるにあたり、その軌跡と未来をたどる連載企画がスタートする。

VictorySportsNews

酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。