このレースの正式名称は「2025 FIA F1世界選手権シリーズ Lenovo 日本グランプリレース」。ノートパソコンの「ThinkPad」シリーズで知られる世界最大手のパーソナルコンピューター企業、レノボの名が冠されていた。
レノボは22年シーズンからF1の「オフィシャルパートナー」を務めてきた。24年9月には、F1とのパートナーシップを25年シーズンから複数年延長することを発表し、「グローバルパートナー」に昇格した。
その初年度である25年シーズンは、日本GPと第14戦ハンガリーGPの2戦でタイトルスポンサーにも就いた。レノボはNEC、富士通のパソコン事業を傘下に収め、日本国内でもトップシェアを誇る。
「日本は重要なマーケットだ。ブランドの認知度を上げることは非常に重要。F1のトラックで私たちのテクノロジーがどのように機能するかを示すことができる」
レノボのグローバル・スポンサーシップ&アクティベーションディレクター、ラーラ・ロディーニ氏は、協業の意義をそう強調した。

F1に参戦できるのは世界で10チーム、計20台だけという狭き門だ。
サーキット内には「ピット」と呼ばれる10チームのガレージが置かれ、マシンの整備やタイヤ交換、燃料の補給などに当たる。整然と並ぶピットの裏側には広いスペースが存在し、「パドック」と通称される。
F1のパドックに立ち入ることができるのは関係者、高額な「パドックパス」を購入したファンなど限られた人々。しかし、レースを離れてくつろぐスタッフ、食事をとるために移動する選手たちと触れ合い、素顔を目にすることができる。
そんな場所の一角に、レノボとF1のコラボレーションを象徴する施設があった。世界180以上の国・地域で放映されているF1中継の根幹を成す、イベント・テクニカルセンター(ETC)だ。

厳重なセキュリティー下にあるETCでは、暗がりの中、黙々とスタッフが作業していた。
無数のモニターに映し出されていたのはレース映像。この日は日本GPが開幕した4月4日で、コース上では2回のフリー走行(練習走行)が行われていた。
F1の担当者によると、ETCは複数の部材を組み立て、レースを終えると解体し、次の会場まで搬送し、また組み立てる。300平方メートル以上の広さがあり、運搬可能なこの種の施設としては世界最大級という。
ETCの中には約750台の機材が置かれ、約140人のクルーが昼夜を分かたず作業に従事する。彼らが使用するデスクトップパソコン、ノートパソコン、モニター、タブレットといったデバイスの95%以上がレノボ提供の製品だった。彼らの手元にあったスマートフォンも、レノボグループのモトローラ社製だという。
サーバー、ストレージといった設備も揃い、ETCの担当者は「レノボはワンストップソリューション。一つにまとまっているので使い勝手がいい。F1とレノボが組んだことでイノベーションを起こしている」と称賛していた。
チームと運営側が世界を旅して回るF1は「サーカス」にも例えられる。25年シーズンのF1は全24戦。アジア、欧州、北米、南米、オセアニアを約9カ月かけて転戦する。
レノボ・ジャパン合同会社執行役員副社長の塚本泰通氏は「高温と低温、多湿と乾燥、そして振動と砂埃の舞う厳しい環境だが、ThinkPadは非常に耐久力のあることで知られている」。F1のタフな環境が、製品の強さの証明にもなる。
ETCに集約された映像は、ロンドン郊外の英ケント州ビギンヒルにあるMTC(メディア&テクノロジーセンター)へ送信される。
MTCでもレノボの400台以上のモニターが使われ、約270台の仮想プラットフォームが稼働している。180以上のソフトウェアを駆使し、映像の補正などが施されたうえで、世界で待つ7億5000万人以上のファンのもとに届けられる。

F1の ITオペレーション責任者、リー・ライト氏は「データを処理するうえでレノボの技術は非常にパワフルで効率性が良い。生産性が高まっている」と認める。日本で私たちがテレビや動画配信サービスで目にするF1のレース映像は、最先端のテクノロジーによって支えられていた。
現場のETCから英国のMTCへ、GPごとに送信されるデータ量は約500テラバイト。なぜ、それほど膨大な量にのぼるのか。
日本GPは1周5.804キロメートルのサーキットで争われる。そのコース沿いには、カメラ、タイミングシステムセンサー、マーシャルライトなど約470点の機器が配備されている。
特に映像作成のキーとなるのが28台の超高精細のカメラだ。全20台のマシンに搭載されるオンボードカメラは合計100台近くに上る。そして150本の高性能マイクが迫力あるマシンの走行音などを拾う。会場内に敷設される光ファイバー回線はバックアップ用を含めて2回線あり、総延長は70キロメートルに及ぶという。
映像と音声だけではない。マシンの走行位置、1万分の1秒まで計測されるラップタイム、インターバルタイム、タイヤ交換の回数などのデータも「宝の山」だ。
コーナリング時に受ける強烈な横G、パワーユニットからの出力の増減、ドライバーとピットの無線通信の音声などとともに、チーム戦略をファンが想像しながら楽しむための仕掛けに生まれ変わっていく。
こうしてF1が製作するライブ映像は年間500時間以上に及ぶ。そこからプロモーション、ドキュメンタリーなど200時間以上のコンテンツが制作される。F1が24年に作成したソーシャルメディア用の動画は8,200本にのぼり、再生回数は累計120億回を超えた。
25年の日本GPは3日間で約26万6000人を動員した。鈴鹿でF1が再開された09年以降で最多の数字だ。日本の角田裕毅選手が強豪レッドブル・レーシングに移籍し、一挙に注目度が高まっている。

かつては欧州中心だったF1の人気は、Netflixのドキュメンタリー番組をきっかけに米国でも爆発的に広がっている。こうしたニューカマーのF1ファンはテクノロジーとの親和性が高い、というのは関係者の共通した見方だ。
「F1はファンの情熱にリーチすることを追求している。ファンが世界のどこにいてもパッションを感じられるようにしたい。F1はファンを中心に置いてフィードバックし、私たちはそれに合わせて改善できる」
レノボのロディーニ氏はF1とのタッグがさらに進化していくことを強調した。