どんよりと曇った空とは対照的に、子どもたちの顔は晴れ渡っていた。

 4月上旬の札幌。ゲレンデに54人の生徒が集った。下で待ち構える先生が合図を送ると、急斜面を勢いよく滑り降りた。1つ目のジャンプ台で自慢の技を披露。コブを巧みなターンでかわし、2つ目で再びエア。ゴールラインを超えると、急停止。互いの拳を合わせ「ナイス!」と声がかけられた。

「お尻を上げて、スネに力を入れてみよう」
「ストックをもっと前に出して、膝の動きに注意してみて」
「胸を張って滑ってごらん」

 1人1人の動きに合わせて、先生が具体的なアドバイスを送る。子どもたちの顔がみるみる輝いていく。モーグルを始めて数年の彼、彼女らにとって至福の時間。助言を胸に、勢いよく再びリフトへと滑り降りていった。

 2年連続で参加した6年生の紺野楓愛さんは「貴重な経験でした。1本1本、楽しみながら滑ることができました」とはにかんだ。2年生の片桐史乃さんは「すごい人たちだから、緊張しました。分かりやすく教えてもらいました。」トップアスリートに直接教わることの特別感を、しっかりとかみしめていた。

 22年から始まったこのイベント。今年からは札幌、長野に加えて新潟の3カ所での開催で、年々規模を拡大している。4年連続で指導するウォルバーグは「キャンプに過去4年全て参加している子どもたちもいて、成長を感じられました。子どもたちから学ぶことがたくさんありました」と充実感に浸った。

 ただ、同時に危機感も漂わせた。「モーグルに興味を持つ子を、もっと増やしていかないといけません」。真剣な表情を見せた。

ウォルター・ウォルバーグ選手(スウェーデン)による指導 ©T-world

 かつてスキーは一世を風靡(ふうび)した。日本では90年代中盤にピークを迎え、年々競技人口は減少。当時の3分の1以下に減少したとのデータもある。フリースタイルスキーに限れば、国内で13―14年に726人いた競技者登録数は、21―22年には608人へ。視点を世界に広げても、モーグルを取り巻く環境は厳しくなっている。

 だからこそ、子どもとのふれあいが大きな意味を持つ。「この活動はまさに自分がやりたいと思っていたことです」と明かし、幼少期に思いをはせた。

キングスベリー×ウォルバーグ 先生と生徒が五輪で再会

 ウォルバーグが競技を始めたのは10歳頃。友人の誘いを受け、スキー板を履いた。テクニック、スピード、アクロバティックなエア。「いろいろな要素が全部詰め込まれていて、競技に魅力を感じました」と振り返る。

 競技にのめりこんだ、忘れられない思い出がある。母国で同様のイベントに参加。「ミカエル・キングスベリー選手や、ブラッドリー・ウィルソン選手(米国)が来て、教えてくれたんです。とても貴重な機会でした。今、自分が同じことをできていることが、すごく誇らしいです。そう語る横には、そのキングスベリーがいた。

左からミカエル・キングスベリー、 ウォルター・ウォルバーグ、ニック・ページ ©T-world

 かつて身ぶり手ぶりで指導してくれた“恩師”とは、数年後にプロの舞台で再会した。22年北京五輪では、生徒が先生より1つ高い表彰台に立った。「五輪はとてもスペシャルなもの。14年ソチ五輪でミカエル選手が滑っていたのを見ていた頃からずっと目指してきました」と本人を前に告白した。1年後のミラノ・コルディナ五輪では、前回王者として挑戦を受ける。「前回は金メダルを取れましたが、ミカエル選手に勝つことは難しいです」と警戒した。

 ただ、自身には心強いパートナーがついている、とも続けた。「このウェアであれば、タイトルを必ず守り抜くことができます」。おなじみの赤い「UNIQLO」ロゴが入った服を指さし、笑った。

ユニクロ×スウェーデン 競技に不可欠なウェアのこだわり

 18年8月、ユニクロはストックホルムにスウェーデン1号店をオープン。ウェアの品質などを評価されスウェーデンオリンピック・パラリンピック委員会から直々にオファーを受けると、19年1月、パートナーシップ契約を締結。21年10月にはスウェーデンスキー連盟とオフィシャルサプライヤー契約を結び、モーグル代表選手団にウェアの提供が始まった。

 そして22年北京五輪。ウォルバーグが濃紺の上着と白いパンツを身につけ、表彰台の頂点に立った。「ウェアは金メダルを取るには重要な要素。ユニクロのウェアは絶対的に外せないものでした」と笑顔を見せた。

 3年経ち、着衣は毎年進化。選手の意見を反映し、今季は耐久撥水の優れた機能性を維持しながら、より軽量の素材を使用した。「素材やフィット感をアップデートして、快適性を上げてもらっています」と感謝した。

ユニクロのウェアを身にまとうウォルター・ウォルバーグ ©T-world

 譲れないポイントもある。「審査員が下から見たときにコブの滑りをよく見せるため、デザインを調整し改良してもらいました」。競技の採点項目3つのうち、派手な「エア」が注目を浴びる。だが実は、得点の20%でしかない。「スピード」が20%で、残りの60%はコブを滑る技術の「ターン」が占める。最重要課題を克服するため、思いを伝え、膝を囲む濃紺のラインをミリ単位で調整した。「自分の滑りがキレイに見えるようになった」と好影響を口にした。

オリンピアン4人の決意に刺激を受ける子どもたち

 契約を延長し、来年も同社のウェアで臨むことが決まっている。「金メダルの座を守り抜きたいです。来年の2月に向けて、努力を怠らずに頑張っていきたいです」と2大会連続優勝を見据えた。

 ライバルも燃えている。前回銀のキングスベリーは「自分が良い調子でいれば、他の人が勝つことは難しいかもしれません。五輪に向けて照準を合わせていきたいです」と自信を示した。

 前回5位の若手、ページも負けていない。小さい頃から夢見た五輪。18年平昌は現地で観戦した。ウォルバーグとキングスベリーの滑りを目の当たりにして「絶対にここに戻ってくる気持ちで4年間努力しました。22年に彼らと決勝に残れたことは、すごく特別な瞬間でした。五輪に戻ることを楽しみにしています」と待ちわびた。

WORLD MOGUL CAMPに参加する子どもたち ©T-world

 前回銅の堀島は、念願の頂点を狙う。プレシーズンではW杯総合2位、世界選手権では金メダルと躍動。「1年前としては良い準備ができています」と手応えを明かす。しかし「五輪王者になるには、勝ちにこだわらないといけません」と強調。「滑りの細かい点を見られます。迫力や、動きの繊細さ、斜面を滑るフォームのきれいさ、同じ精度を出せる安定性が必要です。金メダルの滑りを目指してやっていきたいです」と、残り1年での課題を口にした。

 今回のキャンプには参加できなかったが「五輪選手に刺激をもらって、最高に楽しんでください。またこのような機会があれば、一緒に滑れたらうれしいです」と子どもたちへメッセージを送った。 

 彼らの決意を聞き、小学5年生のキンビッグ恵茉さんは思いを強めた。「皆さんのような五輪選手になりたいです」。それを伝え聞いたウォルバーグは「彼らに自分の技術を教えることで、大きな夢をかなえてほしい。そして、みんなと大舞台で会うことを楽しみにしています」と期待した。

 来年、金メダルを胸にこのイベントに来るのは誰だろうか。そして、子どもたちの中から、彼らと将来五輪の舞台に立つのは誰だろう。楽しみで仕方がない。


飯岡大暉