(1)CFとシャドーユニットが担う複雑なタスク
(2)CBの縦進出による、MFライン裏、アンカー(青山)裏スペース防護
後編では、その機能不全の詳細を検討します。
【前編】森保一は、広島に何を残したのか。栄光をもたらした戦術を徹底分析
さる2017年7月3日、森保一監督(サンフレッチェ広島)の退任が発表されました。5年間で3度のJ1優勝を果たした名監督も、今季はチームをうまくハンドリングできないまま。チームは17位に低迷し、志半ばでチームを去ることに。とはいえ、その功績は色褪せるものではありません。J1再開を控え、VICTORYでは改めて森保監督の優れた功績を戦術面から深掘り。なぜ優れたプレーモデルを築き上げることができたのか、なぜそれが機能しなくなったのかを探ります。分析担当は、気鋭の論客である五百蔵容(いほろい・ただし)さんです。
【1】1CF2シャドーの機能不全によって失われた中盤。
このチームにおいてCFとシャドーの連動した動き、攻守両面での多彩なタスクの遂行度は生命線でした。
●CFと協同して相手のDFラインをけん制しながらDHを動かし、そのことで生まれるスペースに入れ替わり立ち替わり侵入。中央の高い位置で味方CBや森崎、青山からのパスを受け展開の起点になる。
●インサイドハーフ・サイドハーフとしてミドルゾーンにポジショニングし、アンカー(青山)が孤立せぬよう攻守両面でサポートに入る。
前方に引かれる相手のDFラインと後方・周囲にいる相手DH双方の動きに同時に影響を与えようという二重の目的を含んでいる、もとより難易度の高いこれらのタスクが約束事として整理されていたからこそ森保監督の広島は、相手に対応されづらい、高度かつスムーズな攻守の展開を可能としていました。
ですが、佐藤寿人やドヴグラス、ウタカなど戦術理解度が高くキーとなる選手の相次ぐ移籍や怪我などによるメンバーの変更、補強した選手が期待ほどのフィットを見せなかったことなど複数の要因により、CFと2シャドーのタスク遂行度が低下。連携バランスが崩れる・不十分な機能性しか得れなくことでこれらの強みが失われ、攻撃の起点をミドルゾーンでスムーズに得ることができなくなっていきます。
この機能不全は端的に、得点能力の低下という現象となって広島を苦しめることになりました。
さらにこのことで、ミドルゾーンにおいてアンカー(青山)が、攻守にわたり孤立化することになります。
CFとシャドーの動きが効果的でなくなったので、ミドルゾーンの相手選手、とくにDHが思い切ってアンカーを消しに縦に出れるようになりました。アンカーは相手のFW(アタッカー)と縦に出た相手DHのプレスをまともに受けることになります。プレッシャーを受けた時にすぐボールを預けられる、奪われた後に即時協力しあえる味方も近くにいません。
このことで、青山が相手のプレッシャーを単独で受けボールを奪われやすくなり、中盤でのキープ力、展開力が低下。アンカー一枚が孤立しがちとなってミドルゾーン全域で相手に主導権を握られ、危険なカウンターを繰り返し受けるようになっていました。
*鹿島の先制点。ミドルゾーンで得たスペースから3CBを動かしながらラン。外側のエリアを使ってシュートを打つ。
【2】かわされるCBの縦進出。丸裸となったゴール前。
それでも、アンカーやMFラインの裏のスペースに相手を誘い込み、CBの縦進出で確実に潰す、そこから効果的なロングカウンターにつなげるのが広島のパターンでもありました。
しかし、そのパターンを見切った相手の対応、対策によりCBの縦進出による迎撃の成功率が低下。4バックに入った森崎和幸による融通無碍のカバーも、森崎自身のコンディション不全や、相手の対策により機能性が低下していました。
主な対策は以下のものです。
●スペースを突くのではなく、CBを縦に釣り出すためにバイタルエリアに侵入。 出てきたCBに意図的に1対1をしかける。
●アタッカー(SHなど)を内側に絞らせ、CBに張り付かせたうえで別の選手でバイタルエリアのスペースを使う。このことで、広島のDFラインにおける相互カバーを阻害。バイタルエリアへの侵入を潰しに出るCBがカバーリングを失い、1対1にさらされる。
●釣り出したCBを横に引っ張り、開いたスペース、コースを使う。
●サイドからの攻撃でカバーリング要員のCBを横に釣りだしながら、バイタルエリアにボールを入れて縦に出てくるCBを釣り出し、相互孤立を狙う
これらの広島CB対策は様々なチームに単体で、組み合わせで仕掛けられていました。こういった対策により、意図的にCBを釣り出される、外されるといった状況が頻発。あれだけ厳しく締められていた広島のゴール前が容易に暴露される事態となり、被シュート、失点機が増大していました。
*鹿島の2点目。アタッカーを広島のCBに張り付けて相互カバーをしづらくし、残ったCBを釣り出したところを利用しシュート。
*0:40〜川崎の先制点。3人のアタッカーを3CBに張り付かせ、そこへ4人目を走りこませてCB一枚をそちらに誘導して余った阿部がゴール面前でシュートコースを得る。余裕を持ってシュート。
前編で書いたように広島のプレーモデルでは、このCB縦進出とカバーリングでボールを確実に奪い返すことが、青山・森崎→ミドルゾーンで相手DHを外したCF・シャドー連携によるポストプレー経由の素早いロングカウンターという最強の得点プロセスと結びついています。それゆえ【1】でまとめたCF・シャドーの機能不全と合わせ、失点機の増大がそのまま最大の得点機の喪失につながるようになり、プレーモデルの実効性、循環性、安定性が大きく損なわれ、結果として勝ち点を得づらいチーム状態になっていったのです。
【3】森保広島が打った、最後の手
もちろんこの状況に、森保監督とチームが手をこまねいていたわけではありません。試行錯誤を続けながら修正を重ね、攻守をリンクする重要な機能性が失われていることを発見し自分たちが保有しているプレーモデル、プレー原則の枠内で対応可能な策を打っていました。
それが、415(433)によるビルドアップから3CBと2DHによるビルドアップ(以下3-2ビルドアップと記します)への変換です。
3-2ビルドアップのメリットは以下の通り。
●DHの一枚(森崎)をDFラインに落とさず2DHが協働するようにし、アンカー(青山)孤立化を防ぐ
●3CBの前に2DHを常に配せるようにし、ボール喪失後、被カウンター時に中央を破られづらくする(CBの縦進出を利用されるケースを減らす)
●上記2点を担保しながら全体でゆっくり押し上げて行き、アンカーのカバーリングをしやすくしながら攻撃続行できる。
●アンカーだけでなくカバーリング役のDH(森崎)も高い位置でパサーとして使えるので、ミドルゾーンで起点を作りやすくなる
(CFシャドーの機能不全で起点を作りづらい問題をケアできる)
●ボール喪失時もすぐに複数枚でディレイをかけられる
この修正は非常に論理的なもので、一時は崩壊しかけていたバランスを取り戻せるかに見えました。
ですが相手チームも、以下のように素早く対応。この修正策もまた、間をおかずデメリットを晒されることとなりました。
●広島の3-2(5枚)に対し4枚をかけ、ワンサイドカットプレッシングを行う。
同じ5枚でも4-1ビルドアップ時と異なり、DFラインがワイドに広がりづらくなります。そのため、容易にワンサイドにボールを閉じ込められてしまいます。
●ボール奪取後(広島のボール喪失時)、左右CBの外側を狙う。
上述の通り3-2ビルドアップはボール喪失時に中央を固めやすいのですが、そのぶん左右CBの外側が空きます。ディレイからの自陣撤退をこととしている広島の守り方(守備時のプレー原則)ですと、BOX内もしくはBOX直前のエリアでここが空くことになり、それはそこに走り込んだ敵選手にシュートを打つポイントを容易に明け渡すということを意味しています。いくつもの試合でこの構造から失点機を招き、実際に失点していました。
0:45~大宮の先制点。3−2ビルドアップへのワンサイドカットプレッシングからCBの外側を使う。
0:09~浦和の先制点。ミドルゾーンでプレッシャーがかからないところからのアーリークロスと、絞り込んでいる3CBの外側を狙ったプレー。
森保体制の最終盤では、この修正によって内容面では一定の成果をあげていたのですが、3CBの外側を使われる問題点をいかに消すか、約束事がなかなか定まりませんでした。DHが守るべきなのですが、この修正案では中央のカバーリングをすることになっているのでどの段階で中央を捨てるのか、3CBと2DHでどうスペースの、マーキングの受け渡しをするのか。最後まで曖昧なまま。森保監督が指揮をとった最後の4試合となった鹿島戦、川崎戦、大宮戦、浦和戦いずれにおいてもこのCBの外側を使われて失点しています。
この3-2ビルドアップ修正は、ロジックとしても実際面でも、おそらく森保体制下ではピーキーなものだったのではと考えられます。広島の現状のプレーモデル・プレー原則内ではこれ以上の対応は厳しく、まさに万事休していたのではないでしょうか。
【4】今後の展望……失われた安定性をいかに取り戻すか?
さる7月10日、ヤン・ヨンソン新監督の就任が発表されました。経歴を見る限り、442や352など複数のフォーメーションを指導できる経験の持ち主のようです。
とはいえ今回、連覇時の見事な機能性とそれが失われた今季の内容を比較分析する限り、フォーメーションレベルの修正や細部の修正はすでに限界まで試みられていました。プレーモデルやプレー原則そのものの大幅な修正こそが、現在の広島には求められているのではと思えます。
幸いJ1は中断期間に入っており、ヨンソン監督は2週間以上の時間を、問題の分析と解決のために使うことができます。
この期間内にプレーモデル・プレー原則レベルの変更を最短で行うのであれば、森保監督の遺産を活用する必要があるでしょう。その場合、ヨンソン監督が取りうる選択肢は以下の2つとなる可能性が高いと思われます。
(1)3バック(5バック)でのハイラインプレッシングの導入
(2)433~422可変システムの導入
(1)は、森保監督も導入を試みていたものです。最終的に機能していた3-2ビルドアップによる攻守の仕組みを活用するのであればこの方向でしょう。ネガテイブトランジション時に5バックでのリトリート守備にスムーズに連結する方法、特に3バックの外側を効果的に防御する約束事を盛り込むことができれば、失われたバランスを回復し復調の道筋が得られる可能性はあります。
(2)は、実質的な433となるボール保持時(攻撃時)のやり方を引き継いで、433(攻撃時)〜442(守備時)の可変システムに構築しなおすというもの。これは欧州では可変システムの標準形となっているもので、実装できれば安定性の向上は見込めます。これも森保監督時代に試行錯誤されていた気配はありました。
が、恒常的な4バックシステムに通常求められるセオリーと広島の3バック(5バック)のそれとの間には少なからぬ齟齬があり、そこの整合性をつけられず守備面ではむしろ脆弱性が増していました。攻撃面でも3バックシステムを4バックシステムに当てることによって生じる人の配置のギャップを得られなくなっており、それが最終的に3-2ビルドアップへの変更に落ち着いた理由でもあります。ただ、この問題……広島の従来のプレー原則を単純に踏襲しているとスムーズに布陣変換しづらく、逆に安定性を損なってしまう……は(1)も同様で、いずれにせよ乗り越えなければならないものです。
ヨンソン監督の手腕と、自らが育て上げたユース出身者を中心にあれほど組織化されたチームを作り上げたサンフレッチェ広島というクラブのあがきに、期待したいところです。
<了>
【前編】森保一は、広島に何を残したのか。栄光をもたらした戦術を徹底分析
さる2017年7月3日、森保一監督(サンフレッチェ広島)の退任が発表されました。5年間で3度のJ1優勝を果たした名監督も、今季はチームをうまくハンドリングできないまま。チームは17位に低迷し、志半ばでチームを去ることに。とはいえ、その功績は色褪せるものではありません。J1再開を控え、VICTORYでは改めて森保監督の優れた功績を戦術面から深掘り。なぜ優れたプレーモデルを築き上げることができたのか、なぜそれが機能しなくなったのかを探ります。分析担当は、気鋭の論客である五百蔵容(いほろい・ただし)さんです。
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