文=五百蔵容(いほろい・ただし)

【後編】森保一の広島は、なぜ機能不全に陥ったか。最後の一手が尽き、万事休す

5年間で実に3度のリーグ優勝を成し遂げるほど、安定して成績を上げていた森保広島。2017年シーズンの低迷は、攻守に連続性・循環性のある広島のプレーモデルを支えていた、以下の二つの重要な要素が機能不全に陥ったことによってもたらされていました。(文=五百蔵容)

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はじめに

本論考に入る前に、Jリーグ史上屈指のソリッドに戦術化されたチームを作り上げた監督に敬意を表したいと思います。森保監督、本当にお疲れ様でした。

森保監督は攻撃偏重の特殊なシステムを引き継ぎ、その問題点を主に守備面で解消。試合内容・成績ともに安定をもたらしました。それも評価されるべきですが、明確なプレー原則のもとでチームが戦術化・組織化されていて、どのような相手と戦っても原則に基づいた再現可能な方法(プレーモデル)で守り・攻撃できていたことも特筆すべきだと思います。その再現性こそが、他チームにはない安定性、長いリーグ戦を勝ち抜ける力を森保監督の広島に与えていた主要因でした。

その再現性が失われつつあったことが、昨2016年シーズンにはじまり今シーズンまで続いた不振、遂には森保監督の退任につながった大きな理由です。

本稿では前編後編の二部構成となります。前編では森保監督の広島が築き上げた優れたプレーモデル・プレー原則の概要を改めて総括し、後編ではそれが機能しなくなっていった要因を共に考察してみたいと考えています。

森保広島に栄光をもたらしたプレーモデル

広島のスタート時のフォーメーションは3241。1CF+2シャドーの3バックシステムです。ボール保持時(攻撃時)にはWBを高く押し出しDHの一枚(森崎和幸)がDFラインに落ちる415(433)に、ボール非保持時(守備時)にはWBを自陣に引かせて433~541と変化します。

ボール保持時:攻撃時415(433)

広島はボール保持時、低い位置……しばしば自陣深くに引いているDFラインもしくはその前で、アンカー(青山)を軸にしたポゼッションを行います。青山と、ミドルゾーンまで入れ替わり立ち替わり降りてくるCFとシャドーの動きで、このエリアの守備に関わってくる相手のFWとDHなどのポジショニングを動かします。

相手DHを動かして生まれたスペースにCFもしくはシャドーが入ることで、広島の攻撃は始まります。ボール奪取後、ポジティブトランジション時もこれは同じ。青山を経由して、このスペースに入った選手にパスを付け、CF・シャドー・青山のコンビネーションで中央でボールを前進させます。青山を囮に使い、DFラインからのパスコースを得てCF・シャドーに付けるパターンもあります。

中央に作られたスペースを自由に使われることは危険な状況なので、相手はここに選手を動かして広島のプレーを阻害しようとします。すると、ワイドにポジションするWBがフリーになるので、その場合はCFシャドーに付けると見せかけて青山から、またはDFラインからWBに直接出します。

往時の広島ではいずれの場合も、望ましいパスコースを得れるようグループとして動けていました。パスワークはワンタッチもしくは少ないボールタッチで行います。相手の守備がワイドを消そうとしている場合はボールは縦(中央)に、中央を閉めようとしている場合は深い角度でワイドに出されます。

このポゼッションプレーは森保広島の戦略で非常に重要でした。ミドルゾーンを起点にプレーされる(相手を押し込んではいない状態)ため、相手ゴール方向にスペースとコースがあります。そこに速いタイミングとパススピードで展開されるので、相手の守備組織、ことにDFラインは背走状態になります。これは擬似的なカウンター状態といえます。この状況を作り出すことが、広島のローラインポゼッション、ミドルサードで展開されるオフザボールのコンビネーションの一番の狙いでした。

この擬似カウンター状態を得たうえで、高い位置でWGとして振る舞うWBを使ってのサイドからのパターン攻撃で得点を狙います。CF・シャドーのコンビネーションによる中央突破もありますが、カットされた場合のリスクが大きいため優先順位は低。

WBはアンカーからの角度のあるパスを裏へ走りながら受けたり、DFラインから直接パスを受けます。同じくアンカー・DFラインからから縦パスを受ける中央の三枚と連携し、そこからの展開を引き取るパターンもあります。

単騎及びCF・シャドーとのパス交換からサイド突破してクロス、縦突破からBOX脇から侵入してクロス、ハーフスペース横断のカットインからのコンビネーションプレー、シュートといったパターンがありました。

こういった広島のパターンプレーには、シンプルかつ重要な狙いがあります。

相手DFを背走させたうえで、サイドから攻めることでBOXに中央から侵入するCF・シャドーへの視野を奪うこと、その状況を利用して、CF・シャドーが相手DFをはずす、逆を取れるポジショニングを行ってフィニッシュを行うことです。このアクションに特に優れる佐藤寿人がこのチームで得点を量産し、決定的な得点を多く重ねられた大きな理由でもあります。

ボール非保持時(守備時)

ボールを失うと、シャドーはアタッカーとしてではなくインサイドハーフ・サイドハーフ(SH)として振舞います。相手ボールの動きの頭を抑える金床役として進出してくるアンカー(青山)と連携して、中央→ハーフスペース→サイドへと段階的に移動、それらエリアの蓋をしに走ります。
 
前線から前向きに相手のポゼッションに対するプレッシングを選択することもありますが、主要なものではなく基本はディレイからのリトリート。中央を固めながら自陣へ引き、マーカーを捨ててでも早めに裏を消しにまっすぐ走って戻るCB、WB(DFライン)と連携した守備アクションにつなげていきます。
 
高い位置やミドルゾーンでボールを奪い切ることは、森保広島にとっては可能ならばそうするというもの。人数はかけずに相手の攻撃を遅らせ、チーム全体が素早く帰陣する時間、もっとも危険な中央とDFライン裏のスペースを消す時間を得ることが主目的になっていました。

リトリート陣形セット時は、DFラインから上がってきた森崎と青山の2DHの両サイドにSHを配し、4枚のMFで構成される守備ラインを中盤にひきます。
 
セットした場合もMFラインで無理に奪いにいかず、中央の縦パスを切ることを最優先し、ボールホルダーの前に出た選手のカバーリングを維持。背後のDFラインとの連携を重要視しています。
 
ボール喪失後のアクションがリトリートで徹底されているのでプレー選択がシンプルになること、さらに状況判断力に優れるDH(森崎和幸)がいることで、状況の多彩な変化に対して即応できるようになっていて、他のDFの動きや選択肢をさらにシンプルにし、果たすべき役割に集中できる(強度を上げられる)戦術的な状況を提供しています。
 
そのため、相手の攻撃をDFラインの視野内に収めておくことや、左右に振られても中央を、CB間やCBWB間のギャップを閉じきっておくことができていて、これらボール喪失後の一連の組織だった動きが徹底されていたことが、森保広島の失点の少なさの主要因となっていました。

ボール回復後の逆襲

セットしたMFラインの裏(背中側)に入ったボールはCBが積極的に前に出て潰す、カバーリングと連携して奪い切ることになっています。
 
この連携、アクションは森保広島のプレーモデルの中で最重要のもののひとつです。
 
リトリートの陣形が整わない状況で、アンカーのいないバイタルエリアのスペースにボールを入れられた場合も同じで、CBのこの縦進出で相手の攻撃を終わらせることが非常に重要な狙いになっています。ただ奪うだけではなく、そこからダイレクトなカウンターを発動する手筋が非常に組織化していて、森保広島の大きな得点源になっていたからです。

この手筋はボール保持時の項で記した、青山とCF・シャドー/インサイドハーフの動きを応用したものでもあります。
 
つまり森保広島ではポゼッション時の崩しのアクションと、カウンター時(しかも自陣深い位置から!)のそれが同じ構造をもっているということを意味しています。この構造は極めて再現性の高いもので、しかも守備時のアクション、約束事も含んでいます。
 
守備の上では堅実で、攻撃の上でも相手を意図して動かし得点するパターンプレーをもつ。サッカーの本質である各要素が結びついたうえで、循環するようにできているのです。こういったチームが勝ち点を安定して獲得していけたのは当然ですし、リーグ制覇を勝ち取れたのもまた理に適った事象だったといえるでしょう。

森保監督の業績、その本質

ここから、森保監督のシンプルでそれゆえ実効性の高い考え方、プレー原則をうかがうこともできます。
 
・最短距離でポジショニングする。
・裏のスペースを消す。
・中央を固める。
・DFライン間でギャップを与えない。
・縦に速くビルドアップ、カウンターする。
・相手を動かし、そのスペースを使う。
・自陣深くからの攻撃やポゼッションから時間をかけた攻撃でも、 相手DFを背走させる擬似的なカウンター状況を作れれば、 DFの視野外のポジショニングを得やすくなり、崩せる。
 
これらは、特別な考え方ではありません。どんなシステム、戦術であってもサッカーが現在のゲームルール、セッティングでプレーされる限り不変であろう、効果的にプレーするための原則といえます。創意にあふれたスペシャルな戦術、センセーショナルで革命的な方法論などは、そこにはありません。森保監督の偉業は、サッカーというゲームの本質に触れる、もっともシンプルな原理原則を、その時点のチーム状況をにらんだもっとも効果的な形で落とし込み徹底させたことにあると言えるでしょう。
 
後編では、ここで分析した各エリアでのプレーモデルがどのように実効性を失い、全体の破綻をもたらしていったかを解き明かします。

<後編に続く>

【後編】森保一の広島は、なぜ機能不全に陥ったか。最後の一手が尽き、万事休す

5年間で実に3度のリーグ優勝を成し遂げるほど、安定して成績を上げていた森保広島。2017年シーズンの低迷は、攻守に連続性・循環性のある広島のプレーモデルを支えていた、以下の二つの重要な要素が機能不全に陥ったことによってもたらされていました。(文=五百蔵容)

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五百蔵容

いほろい・ただし。株式会社セガにてゲームプランナー、シナリオライター、ディレクターを経て独立。現在、企画・シナリオ会社(有)スタジオモナド代表取締役社長。ゲームシステム・ストーリーの構造分析の経験から様々な対象を考察、分析。web媒体を中心に寄稿・発言しています。