V11王者・内山を崩した連続スイッチ

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写真:コラレスの奇襲をブロックで封じる対策を内山は用意したが、2-1の割れた判定で勝利にもう一歩及ばなかった

2016年4月27日、それはリングが嵐に包まれたような試合だった。WBA世界スーパーフェザー級タイトルマッチ。6年以上、世界王座に就いてきた内山のリズムを、ジェスレル・コラレス(パナマ)は初回から左右のスイッチで狂わせ、早くも2回、サウスポー状態からの左ストレートで王者をキャンバスに沈める。クリンチを拒む内山に、コラレスは猛然とパンチを振るい続けてこの回にノックアウト。この過程でもコラレスは有効にスイッチを繰り返していた。

もしコラレスが片方の構えに徹するタイプだったら、内山が後半に倒すことは負けることより想像しやすい。しかし「スイッチ混じりの不意打ち」は半年後の再戦でも内山の課題となり、これを解決しきれなかった今度は判定決着でコラレスが勝利。長く内山主導だった所属先のワタナベジムにとって、これは大きな分岐点となった。

“ツヨカワ世界王者”田口の現在

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写真:週末のフィジカルトレーニングで先頭を走る田口

同ジムでは現在、男子の世界王者は田口のみである。その個性はボクサーのイメージとギャップのある“あどけなさ”だ。しかし年齢は昨年に三十路へ。「強カワイイ」のキャッチコピーを今まで以上に本人がむずがゆい様子で「太りやすくもなったし、疲れも取れづらくなった」と中高年への入り口を伺わせる。ただ、隠さずそう口にできる理由は、選手として致命的な衰えはまったく感じていない裏返しでもある。

「昔の自分は“自称・減量が一番ラクなボクサー”だったんです。華奢だったから。でも今は大 変になったので、試合が近づいたらラーメンをやめるようにしています」

少なくとも田口は、まだライトフライ級(48.99kg=108ポンド)で戦うことができそうだ。

2014年に世界王座に就いてから、田口の意識は変わってきた。たとえばジム仲間と行うロードワークでも、他の選手たちより先を走ろうとプライドを常にのぞかせている。タッグを組む石原雄太トレーナーが田口について「後輩に言葉でアドバイスする性格ではないが、背中で見せるようとするリーダーシップを持っている」と評したことを文字通り見せられたようだった。

パフォーマンス能力も世界王者になる前と比較すれば明らかに高まっている。昨年8月には元WBA世界ミニマム級王者の宮崎亮(井岡)に完勝。同トレーナ ーは「筋力的なレベルアップはわかりやすいですが、ジャブの使い方など地味なスキルも田口は地道に磨けているんです」と言う。ただ、 昨年末、カルロス・カニサレス(ベネズエラ)に引き分けたことで評価をまた落としてしまったと、本人は悔やみ続けているそうだ。そんな中で今回の迎え撃つのが、スイッチ型のバレラである。

スイッチ技術は格闘技の近未来

スイッチ型ボクサーが立て続けに来日しているのは、決して偶然ではない。たとえば昨年のリオデジャネイロ・オリンピックのボクシング競技でも、アメリカ大陸の選手たちには際立ってスイッチが多かった。その要因にはこの大陸で、若年層ならボクシングより強く根付き始めたMMA(総合格闘技)で、オーソドックスとサウスポーの概念がなくなるほど、スイッチが当たり前になっていることも大きいといわれている。

かつて日本では、スイッチに「二兎を追う者は一兎を得ず」と否定的な見方をされていた。片方の構えで通用しない場合に、苦し紛れで反対に構える印象があったが、現在、世界で見直されるスイッチは「限界に追い詰められたとき」よりも「限界を超えるため」に行うものだ。例えばオーソドックス型の選手が、右ストレートを放つ際、右足をそのまま前に出すという切り替えも一般的だ。これならサウスポー型の懐へ一気に入り込むことも可能になるし、これを受ける側の選手も、構えを切り替えながら下がっていけば、短時間で大きく距離を取ることができる。技術革新の面で、スイッチは昨今、MMAやボクシングのみならず、様々な格闘技で大きく見直されている。決して田口や内山だけが気にすべき 技術ではない。

世界で「肯定」されるスイッチに「否定」で勝つ

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写真:秘策はボディブロー?可動域の広がった左のパンチを石原トレーナーに叩き込む田口

バレラ戦に向け、石原トレーナーは、田口に左手でのキャッチボールを課したという。両利きにして田口にもスイッチを使わせようという意図ではなく、同トレーナーは、むしろスイッチを再び否定するような狙いを口にした。

「ビルドアップで固まった田口の左肩の可動域を増やしたかった。バレラは器用にスイッチしているようで、それぞれにムラがあります。もっとはっきり言うとそれぞれ別の弱点があるんです。やはり両方を極めるのには時間がかかるし、弱点もおろそかにもなりやすい。 そこを突くのに必要なのが、その可動域だと思いました」

具体的な作戦は現時点ではシークレットとのこと。

石原トレーナーは、これに加えて今回、スイッチへの警戒は、決して内山連敗からの過剰な影響ではないとも語る。

「むしろ気になるとしたら、村田諒太(帝拳)対アッサン・エンダム(フランス)の採点です。これについては様々な意見がありますが、初回で自分のボクシングをした選手を肯定的に評価する傾向が、WBA(世界ボクシング協会)にはあると私は感じました。田口も終始前進して主導権を握ったつもりだったカニサレス戦で勝ちきれなかった以上、採点基準を注意しないわけにはいかないのかなと」

田口の調整は、田口自身のキャリアに基づいて行われている。

ライトフライ級の世界王者にはWBC(世界ボクシング評議会)の拳四朗(B.M.B)とWBO(世界ボクシング機構)の田中恒成(畑中)。IBF(国際ボクシング連盟)の八重樫東(大橋)こそ先日、王座から陥落したが、田口以外に日本人が今も複数いる。特に田中は、以前から田口に統一戦をオファーし続け、その因縁から今回もテレビ中継にゲストとして登場する。田口が存在感を示すべきは、まずジムの中ではなく、ひしめき合う日本人王者の中だろう。


善理俊哉(せり・しゅんや)

1981年埼玉県生まれ。中央大学在学中からライター活動始め、 ボクシングを中心に格闘技全般、五輪スポーツのほかに、海外渡航を生かした外国文化などを主に執筆。井上尚弥と父・真吾氏の自伝『真っすぐに生きる。』(扶桑社)を企画・構成。過去の連載には『GONG格闘技』(イースト・プレス社)での『村田諒太、黄金の問題児』などがある。