文=内田暁

選手たちとの信頼関係が重要な仕事

――鈴木さんがATP公認理学療法士(フィジオセラピスト)になった、過程を教えて頂けますか?
鈴木 子供の頃は選手になりたくてテニスに打ち込んでいましたが、プロでやっていくのは難しいと思った時に、それでもスポーツ関係の仕事がしたくて選択肢を探しました。コーチやドクターなども考えたのですが、トレーナーが最も選手と接触する機会が多く、直接手助けができるかなと思ったんです。
 そこでトレーナーになるため、高校卒業後はアメリカのイリノイ大学に進学しました。そのイリノイ大のキャンパスでATPチャレンジャー(ツアーの下部大会郡)も開催しているので、トレーナーとして大会のお手伝いもさせてもらえました。そこでUSTA(全米テニス協会)のトレーナーに出会えたことが、自分の原点になっています。その縁で、在学中から全米オープンでインターンとして働かせてもらったのですが、その時にATPのスタッフたちと自分の差を痛感しました。大学を卒業しアスレティックトレーナーの資格(ATC)を修得したのですが、それからはなおのこと、彼らとの能力の違いを感じたんです。
 そこで理学療法士(DPT)を取るため、大学院に行きました。その頃には明確に、ATPのフィジオセラピストになることが目標になっていたと思います。

――そして2014年にATP公認理学療法士に就任。それからの3年間は如何でしたか?
鈴木 ずっとやりたかった仕事なので、やり甲斐もあるし、思っていた通りに良いスタッフと働くことができ、選手とも良い関係も築けていると思います。
 1年目は全てが新しく、大会に行ってもまずは会場内の場所を覚えたり、スタッフとの関係作りを毎週やっていました。それを1~2年続け、グランドスラムやツアー大会も一通り回れたところで、やっとここからスタートという感じです。選手からの信用が凄く大事な仕事なので、そこが無いと満足行く仕事ができない部分もあります。なのでロッカールームでの挨拶や、コート上での治療を通じて、少しずつ関係を築いて来ました。

――1年目は22大会(28週)に帯同したと仰っていましたが、最近は?
鈴木 そこは今も変わりません。今年初めて全仏オープンに行き、これで4大大会は全て行きました。
 以前は、自分が行ったことのない大会に行くことを優先したのですが、今は2~3週間のブロックを作り、効率よく大会を回ることを考えてリクエストを出しています。自分の時間も考慮して予定を組まないと、続けるのが難しいところも出てきますので。

――そのようにご自分の時間を作るなかで、新たに取り組んだことなどもあるのですか?
鈴木 はい。理学療法をさらに勉強したかったので、アメリカ理学療法協会認定の“フェローシップ”というプログラムを受けました。これは“整形徒手理学療法”を学ぶプログラムで、主に臨床の実習を行います。メンター(指導者)に師事して、累計440時間の実習や、1000時間の講習を受けなくてはいけないので、大会に行かない時はシカゴかテキサスで、ひたすらフェローシップのプログラムを受けていました。それを昨年の秋に終えて、これでやっと、きっちり選手を見られるようになったかなと思えるようになりました。もちろんまだ、足りないものはいくらでもあります。やはり何かを突き詰めて考えれば、終わりはないのかなと。それでも、仕事に必要なものは一通り獲得したのかなと思います。

――“フェローシップ”プログラムで一番学べたのは、どのような点でしょう?
鈴木 主に体得したのは、“手技”です。用具や機材を使わず、手で触り診断・治療する能力ですね。
 あとは選手が新しいケガをした時、その原因が何か? 痛みの大元はどこなのかという診断をミスせずできるようになったのは、フェローシップを終えてからかなと思います。

――「手技」はあまり聞きなれない言葉ですが、以前にも、その技能がATPスタッフとご自身の大きな差だと感じたと仰っていました。手技はそれほどまでに重要な能力なのですか?
鈴木 そうですね。テニスでは、手を使って行う治療や診察が95%。それはオンコートだけでなく、ラウンジなどで診る時も同じです。電気刺激などの機材を使う治療もありますが、それだと、効果が出るまでに時間が掛かるんです。手技が、最も即効性があります。それに電気治療は痛みの種類を変えるだけで、大元の治療ではありませんから。

――手技とは、具体的にはどんな技術なのでしょう?
鈴木 関節や筋肉の動きを良くしたり、神経の緊張をほぐすなどの治療もありますが、一番大きいのは、触診を含む診断の技術です。例えば膝が痛いとして、それは足首や股関節から来ているものかもしれない。身体の全ての部位が正しい動きをしているかを診るのも、手技に含まれます。コート上での診断はレントゲンなどを使える訳ではないので、目の前の選手を実際に触り、話を聞いて判断し、なおかつその状況を出来る限り正確に選手に伝えなくてはいけません。
 また手技には、西洋針も含まれます。東洋の針とは少し異なり、筋肉の動きの起点となる“トリガーポイント”を見極め、その部位が固くなっている場合は針でほぐしたりするんです。

¬――選手からのフィードバックの蓄積により、分かってきたことなどもありますか?
鈴木 それはたくさんありますね。例えば今年の全仏は大会中の気温差が激しかったので、急に寒くなるとボールが重くなり、肘に痛みが来やすいというのもその一つ。あるいはクレー(土)から芝のコートに来ると、ボールが低く伸びるので腰や股関節、ふくらはぎなど低い姿勢を保つための筋肉や部位を診ることが多くなります。

常に変化し続けるセオリーや技法

――トレーナー同士での情報交換は多いのですか?
鈴木 僕は大会に行かない時には、地元のクリニックで働いています。そこにはNBAやNFLの選手も来るし、陸上やサッカー選手を主に見ている理学療法士の方もいる。ATPのフィジオの中にも、サッカーなど他競技のチームを診ている方もいるので、そのような同業者と話をしたりはします。

――診療所にも務めているとのことですが、ATPツアーの帯同だけでは、収入面で十分ではないところもあるのでしょうか?
鈴木 いえ、ATPツアーの22大会帯同だけで、十分に食べていけるだけのお金は頂いています。ただ僕はこの仕事に就いてまだ日が浅く、全ての症例を見ている訳ではありません。クリニックに居れば色んなケースを診られるので、経験を積む上で大切だと思います。それに術後の回復具合などは、大会にいるだけでは分からない部分です。でもクリニックにいれば、手術直後のリハビリから診ることができますから。

――テニスのフィジオセラピストにとって、技術以外に必要な能力はなんだと思いますか?
鈴木 まずは体力です! 本当に一日中身体使っている仕事ですから。特に僕は身体が小さいので、手技をずっと使っていると、自分が手首を痛めたりします。この仕事を始めたばかりの頃は、自分の身体のことを考えずにやり続けていたのですが、すると自分の手の痛みが大きくなり、手技をしていても選手の身体を感じられなくなってしまうこともありました。ですから、体力は大切です。
あとは、コミュニケーション能力。テニスは色んな国に行き、文化や言語の違う環境で、色んな国の人と働くじゃないですか。選手も色んな国から、様々なバックグラウンドの人が集まりますよね。やはりスペイン人と働くのと、フランス人と働くのはまた違います。それでも自分がやるべきことをやるためには、その国の文化に敬意を評しつつ、アプローチの仕方を変える必要も出てきます。そのように常に環境が変わるのが、テニスの凄く良い点でもありますよね。年間28週やっていても、飽きませんから。

――診断や治療法に関しては、新しいセオリーや技法は日々変わっていくものですか?
鈴木 それは常に変わっていると思います。例えば僕が行う腰痛の治療にしても、今年と3年前を比べても違います。常に論文を読んで、どのような最新の研究や治療法があるかを知り、どういうものを取り入れていくかは凄く大事です。常にアンテナを張り、情報交換をしていくことが必要だと思います。

――ではこの仕事をして、一番嬉しい時は?
鈴木 テニスは、勝ち負けがある世界。でも僕らが凄く良い仕事をしても、診た選手が負けてしまうこともあります。それでも勝敗に関係なく、選手が戻ってきた時に感謝の言葉を述べてくれたりすると、それが次に繋がり、別の大会でまた自分に診てほしいと言ってくれたりします。選手はそのあたりは凄く正直なので、そういう時に「良い仕事ができたんだな……」と確認できます。そういう関係は、自分の治療でしか築けないものだと思うんです。選手を診て、コミュニケーションがとれて、良い結果が出て、その治療の正しさを確認して次につなげて……それの繰り返しですよね。

――では最後に、この仕事を目指す人にアドバイスをお願いします。
鈴木 僕は人がこの仕事をやりたいと言えば、オープンに何も隠さず教えます。やる気がある人なら、誰でもウェルカムです。
 アドバイスは……凄く根本的なことですが、やっぱり実力をつけること。あとは、プロでやるとしたら、コネクション作りが大切です。それは嫌な意味での“コネ”ではなくて、良い関係性やネットワークを築いていくという意味です。例えば、色んなところでボランティアをするなど。僕もボランティアはたくさんやりました。色んな人と連絡を取り合うのも、凄く大切だと思います。
 ただ、それは仕事をゲットするためにですね。ゲットした後に仕事をキープするのは、実力でしかありません。仮にラッキーで仕事が早めに獲得できても、実力がなければ切られてしまう。ですから、コネクションと実力……その2つを早い段階で獲得するのが、重要だと思います。

©鈴木修平

【プロフィール】
鈴木修平
1984年2月22日生まれ。千葉県我孫子市出身。
幼少期から父の仕事の関係で、アメリカやタイ暮らしを経験する。少年時代はテニス選手を志したが、大学進学と同時にアスレティックトレーナーとしての道を歩み出す。全米オープンの公式トレーナーなどを経て、2014年からATP(男子プロテニス協会)公認理学療法士に就任。

内田暁

著者プロフィール 内田暁

6年間の編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスとして活動し始める。ロサンゼルス在住時代にテニス、総合格闘技、アメリカンフットボールなどのスポーツの他、ファッションや映画、アニメなどの現地情報を日本の雑誌などに寄稿する。2008年に帰国してからはテニスを中心に取材。その他にも幅広いジャンルで執筆する。近著は『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)。