文=高崎計三

セコンドのリング入りで終了した防衛戦

8月15日、京都市・島津アリーナ京都で13回目の防衛戦に臨んだWBC世界バンタム級王者・山中慎介が同級1位の挑戦者ルイス・ネリ(メキシコ)に4R、TKOで敗れた。具志堅用高の持つ世界王座連続防衛の日本記録「13」に並ぶ一戦とあって注目を集めていたが、終わってみれば敗戦で記録が途切れたこと以上に、その経緯が物議を醸すこととなった。

試合序盤から強打のネリが前進してパンチを繰り出してくるのを捌いていた山中は、4Rになると被弾が増え、後半にはラッシュを浴びることに。そこでセコンドの大和心トレーナーがリングに入り、レフェリーが試合をストップ。TKOで王座移動という裁定が下されたのだ。WBCルールではタオル投入による棄権の意思表示が認められていないため、セコンドが直接入るという形となった。

試合後、山中が所属する帝拳ジムの本田明彦会長は「最悪のストップ。トレーナーの個人的な感情が入った。耐える展開は予想の内で、後半に巻き返す作戦だった」と発言。山中自身も「効いていなかった。セコンドを心配させてしまったのが原因」と発言、ともにセコンドの判断に納得がいかない様子であった。

山中にとっては30戦目にして初の敗北を喫したこと、王座から陥落し防衛記録が途絶えたことももちろん多くの観客、ファンを落胆させたが、ダウンもないままのTKOという決着に加えてこれらの発言があったことで、その判断の是非が議論を呼ぶことになった。

一部報道では本田会長の言葉を受けて「セコンドの暴走」とまで報じていたが、それではあのストップに至る判断は、本当に「感情が入った」「暴走」だったのだろうか。

勝たせること以上に大切なセコンドの役割

昨年3月、同所での10度目の防衛戦、リボリオ・ソリス戦では3Rに2度もダウンを奪われながら逆転勝ちを果たしたこともある山中は“神の左”とまで呼ばれる必殺技も持つだけに、ハードパンチャーで知られるネリに対して「後半勝負」の作戦があったとしても不思議ではない。しかし大和トレーナーはすでに10年以上、山中と練習を共にしており、作戦に関して選手本人とも最もよく確認し合っているはずの立場だ。そのトレーナーが止めたということは、「後半勝負どころではない」事態だと判断したのではないか。

そもそもセコンドとは、選手を勝たせるように導くことももちろんだが、選手を守ることも重要任務として負っている立場である。それもあるからこそ、ボクシングではセコンドもライセンス制になっているのである。さらにトレーナーは常日頃から選手の状態を注意深く観察し、そのコンディションを誰よりも熟知している立場だ。34歳ですでに29戦を戦っている山中の年齢的な変化やダメージの蓄積など、持っている判断材料も誰よりも多い。そのトレーナーの判断が間違っている可能性というのは、どれぐらいのものなのだろうか?

一方の選手が不利な戦況になったとして、その状況は「止めなければおかしい」段階、「止めてもおかしくない」段階、そして「止める必要のない」段階の3つに分けられる。そして少なくとも第三者の立場で見る限り、その3段階には明確な線引きがあるわけではなく、ある程度の幅、グラデーションを伴う。その前提で実際に4R、ストップされる直前の山中の被弾ぶりを確認すると、確かにダウンにまでは至っていないし、一部の識者が言うように「目は生きている」とも見られることから、誰もが「止めなければおかしい」と思う段階ではない。しかし、ラッシュを受けて防戦一方になるに至っては、少なくとも「止めてもおかしくない」段階に入っていると見ることはできる。そしてこれはあくまで第三者の観点であって、選手の状態を詳細に把握するトレーナーにとっては、見える状況は変わってくることだろう。

また本田会長は自分に判断を求められなかったことも問題視していたが、“陣営”が協議したり誰かの判断を仰いでいる間に、選手が致命的なダメージを受けることも考えられる。戦況が不利になりガードが崩され始めたら、致命傷をもらってしまうのは一瞬のことだ。それをも加味した判断とは考えられないのか。

つまるところセコンドとは、そうした状況をも考えて、選手の生死を握る責任を伴った立場なのである。大げさに言っているのではない。ボクシングをはじめとする直接打撃制の競技は、死につながる可能性をいつだって孕んでいるのだ。だから選手はリングに上がる以上、セコンドには全てを任せなければならない。逆に言えば、全てを任せられない人間にはセコンドを務めさせてはならない。

何よりも守られるべきは「戦いたい」気持ちか

©共同通信

山中は「効いていなかった」とコメントした。しかし戦っている本人は得てして「効いていない」「まだ十分にやれた」と言うものだというのもまた事実だ。実際、傍目にはとても続行不可能というようなダウンを喫した選手が、ストップされた後に「まだやれた」と言い出したという例はよく見聞きする。

これは、選手の意思を尊重……などという問題ではない。何よりも守られるべきは「とことんまで戦いたい」という気持ちなどではなく、選手の命なのである。プロボクシングのリングでは、今に至るまで死亡事故がなくならないという現実がある。様々な対策が取られているにもかかわらず、である。世界タイトルマッチは15ラウンドから12ラウンドになり(10ラウンドにという声もある)、レフェリーのダウン宣告やストップのタイミングも昔に比べれば確実に早くなった。選手活動を続行できる条件も厳格になっている。それでもリング禍を根絶することはできていないのだ。

そうしたことを考えれば、セコンドによるタオル投入や棄権のタイミングは「遅すぎる」ということはあっても、「早すぎる」ということはないはずなのだ。観客から見て「早い」と思えるストップの裏には、何らかの事情、判断が存在するはずなのである。

またこの件に関する一連の報道に接して、疑問に感じることがある。トレーナー自身の見解はどこにも出ていないにもかかわらず、前述のように「暴走」とまで表現されていることだ。取材ができない事情があるのかもしれないが、欠席裁判のようにして判断ミスであるかのように報じられている状況には首を傾げざるを得ない。

同様に、「リング禍に関わった過去があるためにこの判断に至ったのでは」という意見も推測でしかない。今回の一件を考える材料の(直接ではないにせよ)一つではあるのかもしれないが、そこに直結させるのもまた短絡というものであろう。

もちろん、ここまで述べてきた中にも筆者の私見や推測が多く含まれるのも確かだ。だが、繰り返しになるが最も重視されるべきは防衛記録でもなく選手の「戦いたい」という気持ちでもなく、もちろん観客の「もっと見たかった」という気持ちなどでもなく、選手の安全なのである。ボクシングは喧嘩でも殺し合いでもなく、ルールに則ったスポーツだ。その観点から見れば、今回のストップに至る判断が責められてよい理由はどこにもないのである。

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高崎計三

著者プロフィール 高崎計三

編集・ライター。1970年福岡県出身。1993年にベースボール・マガジン社入社、『船木誠勝のハイブリッド肉体改造法』などの書籍や「プロレスカード」などを編集・制作。2000年に退社し、まんだらけを経て2002年に(有)ソリタリオを設立。プロレス・格闘技を中心に、編集&ライターとして様々な分野で活動。2015年、初の著書『蹴りたがる女子』、2016年には『プロレス そのとき、時代が動いた』(ともに実業之日本社)を刊行。