強肩・強打・俊足の三拍子そろったスター捕手候補の誕生

強打の捕手・中村奨成(広陵)が一躍、清宮幸太郎(早実)を凌ぐほどの期待と注目を集めている。何しろ、夏の甲子園で一大会6ホームラン、17打点、43塁打の大会記録を更新。決勝で2塁打2本を含む3安打を打ち、最多安打と最多二塁打も史上タイに並んだ。

大会前からドラフト候補の呼び声が高く注目されていたが、広島大会の打撃成績は芳しくなかった。広島大会6試合では、二回戦で右手首に死球を受けた影響だったのだろうか、17打数3安打、打率1割7分6厘しか打っていない。準決勝、決勝で2試合連続ホームランを打って調子を回復。そのままの勢いを持って、甲子園で大ブレークした。

待望久しい「強肩・強打・俊足」の捕手。ドラフト会議で清宮から中村に乗り換えるチームが出て来ることが十分予想される。

本人も決勝戦に敗れた後、プロ志望を明言し、「球界を代表するキャッチャーになりたい」とコメントしている。

私は2年前、清宮が夏の甲子園を去った後、ひとつの夢を描いた。清宮が捕手になり、再び甲子園に戻る姿だ。一塁手ではプロで出場する機会が狭まるし、魅力も薄い。リトルでは快速球投手で知られた清宮が、捕手に転向したら、メジャーリーグも喉から手が出るほど欲しい魅力的な大器になるだろうと、勝手な期待を抱いたのだ。その夢は叶わなかった。ところが、中村奨成という姿で、その夢は現実になった。中村奨成捕手は、いわば清宮がこうなったら素晴らしいのにと夢想した進化形といってもいい。

変化した理想の捕手像

強打の捕手といえば、かつては野村克也、田渕幸一、木俣達彦らがいた。最近では、城島が浮かぶくらいで、守備の人の印象が強い。

従来、捕手といえばドカベンタイプが少なくなかった。少し太り気味で動きが鈍くても、肩が良く、打撃がよければ捕手はOKというイメージも強かった。ところが、野球が変わり、捕手に求められる要素も大きく変わった。とくに、“俊足”“俊敏さ”は、現代の野球では欠かせない必須条件となった。小さく変化するボールや低めに落ちる球で勝負する傾向が主流となった現代では、捕手前に転がる打球が大幅に増えた。バント処理も含めて、こうした打球に捕手が飛び出し、処理するプレーが多くなると、当然、俊敏性が捕手に求められるようになった。少なくても、5メートルのダッシュにおいては“俊足”でなければ、いま捕手は務まらない。中村はその面からも抜群の才能を持っている。50メートルを6秒0で走る。今大会でも盗塁を記録し、バント処理でも素早い動きと矢のような2塁送球を見せた。

それだけに、捕手・中村奨成への期待は大きいが、プロ野球の現実を見ると、必ずしも前途は明るくないように感じる。日本のプロ野球には、「守りの要」である捕手に、強打や俊敏性以上の要素を求め、重視する傾向がいまだに強い。

打てる捕手より守れる捕手? 専業化が進むプロ野球

12球団の捕手を見ても、レギュラーでありながら打率1割台の捕手が実際にいる。打撃に目をつぶっても、捕手としてのインサイドワーク、捕球術、盗塁阻止、リーダーシップなどの総合力を重視する。実際、捕手に荒さが目立つと、とくに若い投手の場合は試合が崩れる現実は否めない。それでも「打てばいい」、「我慢して経験させたら必ず上手くなる」という価値観になかなか日本の野球界が舵を切れない現実がある。

いま現役の捕手たちを見ても、その傾向は明らかだ。

強打で知られ、今季もケガで戦列を離れるまで打率4割をキープしていた近藤健介(日本ハム)は、捕手でなく、右翼手として出場する場合がほとんどだった。

同じく強打、プロ入り一年目から6本塁打、2年目には16本塁打を記録した森友哉(西武)も捕手としての出場は少ない。

打てる捕手は試合に出したい。プロ野球の捕手として経験不足と判断され、マスクを任せられないとなれば、野手として出場する機会が多くなり、結果的に野手転向する強打者も少なくない。プロ入り時は捕手だが、その後、野手になって活躍した選手の名前はすぐ何人も挙げられる。

小笠原道大(日本ハム〜巨人〜中日)、和田一浩(西武〜中日)、飯田哲也(ヤクルト〜楽天)、山崎武司(中日〜オリックス〜楽天〜中日)、関川浩一(阪神〜中日〜楽天)、礒部公一(近鉄〜楽天)、ほかにもたくさんいる。

3017試合に出場、通算打率2割7分7厘、657本塁打、1988打点を記録した野村克也捕手でさえ、入団一年目のオフには「捕手失格」を宣告され、打力を活かすために「一塁手転向」を命じられている。当時、野村捕手は肩が弱かったという。一塁には先輩スター選手がいた。「一塁に転向したらずっと控えだと思った」、若き野村克也は、捕手にしがみつき、懸命に肩を鍛えてレギュラーをもぎ取った。

捕手のレギュラーはひとりだから、同時期に名捕手がいれば、他のポジションに回らざるを得ない。和田のときには伊東がいた、飯田のときには八重樫、古田がいた。その意味では、中村奨成がどの球団に入るかも、重要な鍵となる。

中村奨成を待ち受ける強打者ゆえの悩みとは

打つ捕手は捕手をやめるか、捕手をやり続けるならば打力を捨てる、といった不思議な現象も起こっている。

昨季88試合で先発マスクをかぶり、中日の正捕手になりかけた杉山翔大は、今季苦しんでいる。8月23日時点で出場は38試合にとどまり、打率も0割9分1厘。去年は2割6分を打ったが、ホームランは3本にとどまっている。高校時代(千葉・東総工)から、杉山は強打で知られる捕手だった。1年夏からレギュラーで出場。打率7割6分2厘をマークしてプロ野球のスカウトたちにも広く知られる存在になった。早稲田大を経て中日入り。早稲田でも途中、野手に転向したくらいだから、捕手としてより打力を買われてプロ入りした選手だ。その杉山が捕手にこだわり、打撃の輝きが鈍っている。打力を捨てたがゆえに捕手として生き残っているわけではないが、そう表現してもおかしくないような現象が起きている。

その背景には、エスカレートする「データ野球」の実情がある。相手打者の特長や傾向は詳細に分析され、伝えられる。それを誰よりインプットする必要があるのが捕手だ。捕手には、試合前後にやるべき仕事がたくさんある。そのことで飽和状態になり、自分の打撃に注力できない現実はある。球団もそうした事情がわかっているから、データ野球を着実に遂行してくれる捕手なら、打力に目をつぶる。結果、ファンは打てない捕手を見せられることになる。

こうした傾向に一石を投じたのが、横浜DeNAベイスターズのラミレス監督だ。就任時、「捕手にはリードを任せない。すべてベンチで球種を指示する」と発言して注目を集めた。日本では「捕手はリードこそ命」と思われているので、物議も醸した。ラミレス監督の思いは、いまも十分に伝わっていないと思う。メジャーリーグでは、投球のサインをベンチが出すのは珍しくないという。捕手は、グラウンド上で、打って、捕って、盗塁を阻止してくれればいい。サインはベンチからでも出せる、ベンチには打つことも二塁送球もできない。ベンチができることは捕手には任せず、捕手の負担を軽減するという意図があったのだろう。そのような感覚から、新人・戸柱恭孝捕手が活躍の場を得て、昨年のクライマックス・シリーズ初出場につながった。戸柱は打率こそ低いが、今季8本塁打を打っている。次に控える嶺井博希捕手も強打が売り物だ。

ドラフト注目の候補に躍り出た中村の未来は?

中村奨成は果たしてどのような捕手人生、打者人生を歩むのか。

巷では、地元・広島カープ、先輩・小林捕手が不安な巨人などの名を挙げる人が多い。強打の戸柱はいるが、日本流とは違う捕手観を持つ横浜DeNAベイスターズへの入団も、捕手・中村の成長を期待できるひとつの道かもしれない。
中村奨成は、捕手で強打者だから期待の星なのだ。捕手でなく、強打者でなくなる未来は見たくない。

大ブレークを果たした中村だが、まだまだムラもある。決勝戦で花咲徳栄が見せたような緩急を使った攻め、とくに外角低めに緩く落ちるボールへの対応はまだ不十分。プロに入ればこうした弱点を徹底して突いてくる。結果が悪くても、球団、そしてファンが一体となって捕手・中村奨成の稀有な才能開花を支援する覚悟を持つことが重要だと思う。


小林信也

1956年生まれ。作家・スポーツライター。人間の物語を中心に、新しいスポーツの未来を提唱し創造し続ける。雑誌ポパイ、ナンバーのスタッフを経て独立。選手やトレーナーのサポート、イベント・プロデュース、スポーツ用具の開発等を行い、実践的にスポーツ改革に一石を投じ続ける。テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍。主な著書に『野球の真髄 なぜこのゲームに魅せられるのか』『長島茂雄語録』『越後の雪だるま ヨネックス創業者・米山稔物語』『YOSHIKI 蒼い血の微笑』『カツラ-の秘密》など多数。