文=北條聡

最強なのに客が来ないユベントスのケース

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 チームが強ければ、魅力的なサッカーを演じさえすれば、自ずと客足は伸びる――。サッカー業界で生きる人々の一部に、そんな思い込みがあるような気がする。

 事はそう単純ではない。イタリア随一の名門クラブであるユベントスの例が興味深い。全国区の人気と実力を備えながらも、客足が伸びなかった時期がある。

 1990年代のことだ。原因の一つと言われていたのがホームスタジアムの『デッレ・アルピ』である。斬新なデザインで有名だったが、そのぶん、莫大な維持費がかかり、陸上トラックがあるおかげでピッチが客席から遠く、巨大な屋根が芝の生育を阻害して、劣悪なピッチ状態を生み出すなど、いくつもの問題を抱えていた。

 顧客の立場で言えば、アクセスの悪さが大きなネックだった。その上、スタジアム周辺の治安もあまりよろしくない。ウイークデーに開催される試合では、しばしば閑古鳥が鳴いていた。当時のユベントスは単に強いだけではなく、アレッサンドロ・デル・ピエロという当代きってのスターを抱えていたにも関わらず――である。

 そこでクラブはデッレ・アルピの維持費の高さにうんざりしていたトリノ市と協議を重ねた末に、2008年から集客環境の改善に着手。約1億3000万ユーロを投じて、現在の『ユベントス・スタジアム』へ造り替えた。トラックのない専用スタジアムへ移行し、グランドヒーター完備で良好なピッチ状態を保ち、スタンドとの距離も縮まって、劇場空間としての魅力が大きく高まることになった。

 キャパ(収容人員)は約7万人から約4万人へと縮小されたが、ほぼ毎試合「満員札止め」の状態。スタジアム収入は一気に3倍に増えた。いかに観戦環境の充実が集客へとつながるか、その好例かもしれない。

 2016年のJリーグでも「新スタジアム」の完成がダイレクトに集客増へつながった例がある。G大阪だ。J随一の集客力を誇る浦和をはじめ、J1全18クラブのうち、半数の9クラブが観客動員数で苦戦を強いられる(前年比を下回る)中、G大阪は前年比を大きく上回った。1試合平均で約1万人増。年間のトータル数にすると、約16万人増である。

「ハードとソフト」は相乗関係にある

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 新設された吹田スタジアムのキャパは約4万人。従来の万博競技場が約2万人だから、キャパが約2倍になった。しかも、トラック付きの万博とは異なる屋根付きの専用スタジアム。劇場空間としての魅力が格段に増した格好だ。G大阪の成績自体は前年の2位から4位へ後退し、カップ戦でもふるわず、無冠に終わっている。加えて、ファーストステージ終了後、エースの宇佐美貴史を失ってもいる(ドイツ1部のアウクスブルクへ移籍)。それでも、客足がぐっと伸びたわけだ。

 この新スタジアムは行政の資金に頼らず、民間からの寄付などで建設にこぎ着けたレアモデル。しかも総工費は約140億円だ。低予算に加えて、22カ月という工期の短さも異例だった。さまざまな形で一大プロジェクトに関わった人々の知恵と工夫、善意と熱意が、2つとない「みんなのスタジアム」を産み落とした。

 2016年のJ1全体における観客動員数は約5万人増えたが、その実は「吹田スタジアム効果」というわけだ。ちなみに、G大阪の1試合平均の観客動員数は約2万5000人だから、まだまだ伸びシロはある。ソフト(戦力=人材)の充実が加われば、さらに大きなリターンを期待できるだろう。

「ハードとソフト」はそれぞれ独立したものではなく、相乗効果の見込める関係にあるはずだ。Jクラブにおいては、とりわけ前者の充実へ投資する必要があるかもしれない。無冠に終わってもなお、集客アップ――。そのカギがピッチの中だけに転がっているわけではないことを、吹田の新しい劇場空間が教えてくれている。


北條聡

1968年、栃木県生まれ。早稲田大学卒業後、Jリーグが開幕した1993年に『週刊サッカーマガジン』編集部に配属。日本代表担当、『ワールドサッカーマガジン』編集長などを経て、2009年から2013年10月まで週刊サッカーマガジン編集長を務めた。現在はフリーとして活躍。