文=高崎計三

6億ドルが動いた今夏最大のスポーツイベント

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21世紀の「アントニオ猪木VSモハメド・アリ」か、はたまた現実版の「ロッキーVSサンダーリップス」か。8月26日(現地時間)アメリカ・ネバダ州ラスベガスのT-モバイル・アリーナで元ボクシング5階級(スーパーフェザー~スーパーウェルター級)王者フロイド・メイウェザーJrとUFC2階級(ライト級&フェザー級)王者コナー・マクレガーの「世紀の激突」が実現。試合はボクシング・ルール、12Rで行われた。

メイウェザーは2015年9月に引退していたが、一転して復帰の可能性を示唆。さらには「復帰するなら相手の第一候補はコナー・マクレガー」とUFC王者を名指ししていた。メイウェザーとの対戦を希望していたマクレガーにとっては願ってもないことで、「ドリームカード」への機運が一気に高まった。だがこの時点では誰もが半信半疑……いや、実現の可能性には否定的な向きも多かった。メイウェザーが過去にWWEのリングに上がりビッグショーという巨漢選手と対戦した経験も持つことから、エキシビションのようなものだろうと予想した者もあった。

「交渉は進展中」「消滅の方向」などと様々な情報が飛び交ったが、6月にはついに対戦が正式に決定。それまでの間、マクレガーはプロボクシングのライセンス獲得の手続きを取り、本格的なボクシング練習も行うなど準備に抜かりはなかった。またタイトルを保持するUFC側も対戦を了承。試合までの間には両者が舌戦を展開し、またボクシング、UFC双方の多くのファイターが勝敗予想を述べるなど、この一戦は大きな話題を呼んだ。

対戦決定がスムーズに進んだ背景には、ルールの問題がある。「異種格闘技戦」となると双方が自分に有利なルールを主張し合い、利害が激突して交渉が暗礁に乗り上げることもあるが、今回は当初からボクシングルール一択だったことから、その部分では大きな問題なく進展した。もともとマクレガーは鋭い打撃でUFCのトップに駆け上った選手で、打撃以外の部分で勝負する考えなどなかったのだろう。

同時に話題になったのが、この試合で動く莫大なマネーだ。両者はともにファイトマネー1億ドル(110億円)と言われ、当日の入場チケットは500~1万ドル。最低でも5万5千円以上という高額だ。これにPPV収入、グッズ販売、スポンサー収入などを加えた売上総額は、試合前の予想では6億ドル以上。一昨年、「メガファイト」として話題を呼んだメイウェザーVSマニー・パッキャオの一戦に迫るほどの数字を叩き出していた。

これだけのビッグビジネスになることが、この一戦の実現を後押ししたことは想像に難くない。伝統あるボクシングと、新興格闘技MMAのスーパースター同士の世紀の一戦は世界中の話題となり、興行が失敗する可能性はどこにも見当たらない。こうなった時の話の早さは、まさにエンターテインメント大国アメリカならではのスピード感だ。

試合に向けて、期待感は高まる一方。試合会場であるT-モバイル・アリーナで行われた前日計量にも満員の観客が詰めかけ、試合直前の両者が火花を散らす様を目撃した。この計量は入場無料だったが、何らかのお金を使ってチケットを入手していたファンも多かったという。試合の契約体重は154ポンド(約69.85kg)。メイウェザーが最後に試合をしていたスーパーウェルター級に合わせた格好で、マクレガーがもともと主戦場としていたUFCフェザー級(-65.8kg)からすると上になるが、昨年からは一つ上のライト級(-70.3kg)で戦っており、11月には同階級で王座も奪取しているので問題はなし。両者は無事に計量をパスし、いよいよ試合を迎えた。

当日。会場はもちろん大熱狂し、また世界中のファンが固唾を呑んで中継を見つめる中、ゴングは鳴った。序盤、前に出るのはマクレガー。3Rまではマクレガーの前進が目につき、ネット上ではMMAファンからの期待の声も上がった。

ファンが夢見た両雄の激突が実現するアメリカ

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戦前の予想は、ボクシング・ルールということもあってメイウェザーの圧勝を推す声が圧倒的だった。マクレガーがボクシング・デビュー戦であることを考えれば無理もない。しかし、同じパンチでもボクシングのそれと、タックルや蹴りもある中で放たれるMMAのパンチとでは、打ち方やタイミングは自然と異なってくる。MMAファイターのパンチはボクサーから見ると変則となり、そのためにボクサーがやりづらさを感じることも多いのだという。さらに、打撃の選手がMMAの選手と練習した際に一様に言うのが「体幹の強さ」だ。その強さを駆使して繰り出されるパンチは予想以上に重く、一発の威力は打撃系選手の想像以上であることも多いという。

そういった状況も踏まえ、そもそも堅牢な戦術で知られるメイウェザーがいつも以上に序盤戦を慎重に運ぶことも予想はされていた。しかもMMAの試合時間が最大でも5分5Rであるのに対し、この試合は3分12R。合計で11分の違いは、選手たちにとってはもっと大きいはずだ。ましてマクレガーにとって後半は「未知の領域」とも言えるもので、ならば相手がどれだけ慎重に来ようとも、序盤に勝負をかけるのは当然のことだ。

しかし4Rを越えたあたりからメイウェザーのパンチが入る場面が次第に増えていく。ラウンドを重ねるに従ってマクレガーの消耗は明らかで、しかもメイウェザーは固いガードを崩すことなくプレッシャーをかけてくる。高い城壁から矢が飛んでくるかのように繰り出されるメイウェザーのパンチが当たる回数が増えてくるとさらにマクレガーの消耗は増していく。

そして10R、決着の時は訪れた。何発かのパンチをまともに食らったマクレガーが防御もままならなくなったと見るや、メイウェザーはパンチを集中。レフェリーが二人の間に割って入り、TKOで試合は終了。「ドリームカード」は、かくしてメイウェザーの勝利に終わった。

「10RTKO」というこの結果をどう見るかは意見の分かれるところだが、マクレガーの健闘を称える声も多い。一方でメイウェザーは2011年9月以来KO勝利がなく、パッキャオ戦でも積極性に欠けるファイトが物議を醸したことも考え「今回も判定」と予想していたファンにとっては、最後にフィニッシュしにいった姿は喜ばしいものだった。いずれにせよ、振り返ってみれば試合全体が「メイウェザーのもの」だったのは確かだ。

引退して2年のブランクがあったボクシングのスーパースターと、これがボクシング・デビュー戦となるMMAのスーパースターの激突は「最強を決める一戦」ではない。だが、何度も書くように「ドリームカード」であったことは確かで、その試合内容も「最高にスリリングな一戦」ではなかったかもしれないが、多くのファンのドリームに応えるに十分なものではあった。だからこそ試合後の両者は健闘を称え、メイウェザーは「ボクシングもMMAも素晴らしいスポーツだ」と満足げに語ったのだ。

改めて、この一戦が実現し、そして予想された通りのビッグビジネスとなったことには、アメリカのスポーツ・エンターテインメント業界のスケールの大きさと懐の深さを実感せずにいられない。例えば日本で、あの選手とあの選手の対戦を……とあれこれ想像してみると、それが「実現すること」がいかにすごいことかが分かってくる。終わってみればこの試合に勝利したのはボクシングでも、もちろんMMAでもなく、「アメリカのスポーツ・エンターテインメント」そのものだったのではないか。そう感じさせた一戦だった。

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高崎計三

編集・ライター。1970年福岡県出身。1993年にベースボール・マガジン社入社、『船木誠勝のハイブリッド肉体改造法』などの書籍や「プロレスカード」などを編集・制作。2000年に退社し、まんだらけを経て2002年に(有)ソリタリオを設立。プロレス・格闘技を中心に、編集&ライターとして様々な分野で活動。2015年、初の著書『蹴りたがる女子』、2016年には『プロレス そのとき、時代が動いた』(ともに実業之日本社)を刊行。