インタビュー:岩本義弘
構成:大塚一樹

創始者・佐山の真剣勝負宣言

「もう三回くらい皮がむけましたよ」

 インタビューに応じたルミナは、夏を前にすでにこんがり日焼けしていた。「波があれば毎日」通う、サーフィンのせいだという。

「格闘技界の中では一番サーフィンをやっている」と公言するルミナだが、2005年に地元・小田原に開設した日本修斗協会公認オフィシャルジム「roots(ルーツ)」の経営と、2015年から携わる日本修斗協会の仕事で多忙な日々を送っている。

「本当はサーフィンだけして暮らしたい」と笑うルミナが自らと修斗について、総合格闘技について語った。

――まずお聞きしたいのが、修斗について。修斗とは一体どんなものなのでしょう?

佐藤ルミナ(以下ルミナ) 一言で言えば、佐山聡先生創始の総合格闘技です。数ある総合格闘技とどう違うのかと言うと、世界で初めて総合格闘技をスポーツとして打ち出した競技、その競技団体が修斗だと思ってもらえれば。1984年から三十数年、日本発信でやっているのが修斗です。

いまでは総合格闘技を名乗るいろいろな団体が乱立していますが、総合格闘技というものが世の中に定着していく過程で、ルールはある程度同じになってきていますね。修斗と他の団体が大きく違うのは、コンセプトというか基本理念の部分だと思います。

――コンセプトというと?

ルミナ 修斗はただ強くなるのではなく、人として成長することを目指しています。武道的な理念ですね。そこが他の総合系の格闘技とは違います。後は歴史でしょうね。

――1984年に始まったという歴史ですね?

ルミナ 日本の総合格闘技は多かれ少なかれ、その根っこにプロレスが関係しています。初めにプロレスという大きな枠組みがあって、そこから派生しているんです。しかし、プロレスはあくまでもエンターテインメント。修斗の創始者である初代タイガーマスク佐山聡先生が、プロレスと決別した上で新たに創った競技、それが修斗です。

「プロレスはエンターテイメントだった。これから俺たちがやるのは、プロレスとは異なるスポーツとして、真の競技としての総合格闘技だ」と宣言したんですね。ここまでオープンにして、プロレスと総合格闘技をはっきり区切ったのは佐山先生が初めてでした。

――その後、日本には総合格闘技を標榜するいろいろな団体ができました。

ルミナ そうですね。プロレスの良いところを保ちながら、少しずつ総合格闘技の要素を入れていくという試みが続きましたが、僕らはそういう曖昧なのは好きじゃなかった。戦略としてというのはわかるんですけど、はっきりして欲しかった。なので、その頃の修斗は他団体との交流は基本的にありませんでした。最近はお客さんの方が違いをわかってきたからというのもあって、他団体とも交流するようになりましたね。

――ルミナさんが修斗に出会ったきっかけを教えてください。

ルミナ 実は格闘技自体にそんなに興味はなくて、小学校からずっとサッカーをやっていたんですよ。キャプテン翼を読んでサッカーを始めて、中学までサッカー部でした。サッカーでもドリブルで一人で持って行っちゃうような、個人プレーばかりしていました。周りからも「個人競技の方がいいんじゃない?」なんて言われていました。

でも、個人競技と言っても何をしたらいいかわからない。高校生くらいのとき佐山先生の修斗を知って、そこにグッと入って、コンセプトに共感していまに至るという感じですね。

――格闘技は観る方から入った?

ルミナ そうですね。でも、観るといっても当時はネットもないし、雑誌とかしか情報がなかったので、高校の友達と見よう見まねで真似して廊下でミット蹴ったりとかそういうことをやってましたね。

「ボクシングでも、相撲でも、柔道でも物足りない」

――修斗の門を叩いたのは?

ルミナ 高校を卒業して浪人して大学に入ったので、浪人生の頃ですかね。格闘技の経験はゼロでした。ちゃんとやり始めたのはそのときですね。

――普通は柔道とか空手とか、何らかの格闘技経験がある人が多いですよね。そういう意味ではトップ選手としてはかなり異色のキャリアですよね?

ルミナ 異色ですね。僕は人と違うことが好きなんです。あとは欲張りなんですね。全部やりたくなるんです。格闘技にはちょっと興味があったけど、ボクシングがパンチだけというのに物足りなさを感じながらいつも観ていて、相撲も物足りなくて柔道も物足りない……、全部やればいいのにって。でも全部やっているように見えるプロレスはスポーツじゃないじゃんって子ども心にわかっていて、格闘技の要素を全部入れてやれば絶対それが世界的にブレイクする競技になるっていう確信があったんですね。自分の中で勝手に。

それが実際にできたということで、これで僕は食って行く、これを世界中に広めて日本のトップになって食って行くっていうのを何の疑いもなく思いました。

――入門するときですよね?

ルミナ もう修斗ができたと聞いたときですね。やる前に、ああこれでプロになろうと思った。絶対面白いって。

――格闘技経験がまったくなかったということですが、ケンカはどうだったんですか?

ルミナ あんまりそういうタイプはなかったですね。運動神経は良い方でしたけど、ケンカはしてないですね。ピースな人間なんで(笑)

――実際に修斗を始めて、入る前に思い描いたものとのギャップとかはありましたか?

ルミナ ギャップは特になかったですね。新しいスポーツだったし、これから広まっていくものだと思っていました。何の根拠もなく「自分が広める!」と思っていましたから、すべてが楽しかったですね。

練習も全部新しい体験なんですよ。先輩はいましたけど、きちんとした練習体系があったわけではありませんでした。そもそも前例がないので、毎日みんなで話し合いながら作り上げてくんですよ。技もね。

いまの選手たちは、レベルはものすごく上がっているんですけど、そういう楽しみがないからかわいそうだなと思います。関節技にひとつにしたって、全部が新しい発見なんですよ。

景色が一変した97年「元々そうなると思っていた」

――修斗でいけるという手応えをつかんだのはいつくらいですか?

ルミナ 手応えはどうなんですかね? そうですねぇ、96年のVJT(ヴァーリトゥードジャパン※編集部注:佐山聡が94年に開始した総合格闘技の大会)で眼窩底骨折をした後の、復帰戦の後楽園ホールですかね。1月だったと思うんですけど(1月18日ヒカルド・"リッキー"・ボテーリョ戦)、会場が“爆発”したんです。他の選手の取材でニュースステーションが来ていて、全国放送で一瞬流れたんですけど、そこからメディアの反応がすごかった。いろいろな雑誌の表紙をやったり、Numberさんの表紙になったりして、一気に来たねって。

――メディア露出が増えて世界が変わった?

ルミナ どうだろう? 元々そうなると思っていたし、もっとすごいことになると思っていました。まだまだ伸びるよっていうのはあったんで、自分が思っていた理想までは行かなかったですね。

その後、UFCがワールドワイドですごいことになって、あれくらい日本でドンとなるかなと思っていましたから。

――日本でも総合格闘技ブームはあって、年末の風物詩になっていた時期もありました。いろいろな団体、興行が出ては消えて行ったわけですけど。

ルミナ もちろんそういうところからもお誘いはありました。多額のファイトマネーも含めてオファーはあったんですけど、基本的にコンセプトが違うんで断ってきていて。

――コンセプトの部分をもう少し説明していただくと。

ルミナ イベントありきだから、あっちは。お客さんが入れば良いよと。こっちは競技として、長いスパンで残るものを創りたいから。スポーツだったら当たり前なんですけど、ちょっとイベントが盛り上がっちゃうとみんな勘違いしちゃうんですよ。プロスポーツって、特に格闘技は、競技がちゃんとしていない状態でイベントだけポンポンやっても続くわけがないですよね。社会的な信用度も含めて、伸びるわけがないんです。

それよりもしっかりアマチュアからやって、プロもいろんな段階を踏んでようやくチャンピオンになるというシステムを作っていた修斗が好きだったからずっとそこにいたんです。

――そのコンセプトがあるから世界中にいまこうやって修斗を広げることができたんですよね。

ルミナ そうです。世界中と言っても、しっかりやっているのは日本とドイツ、オランダを中心としたヨーロッパ、香港ですかね。最近はまたいろいろな国からもお話をいただき、増えてきてはいるんですけど……。実は数年前、協会内でゴタゴタがありまして。僕がやるようになって(2015年、日本修斗協会理事長に就任)これからというところですね。

協会理事長として内部から修斗を盛り上げる

――2015年から日本修斗協会理事長として協会のお仕事をされています。

ルミナ 僕は、協会の仕事をやるつもりはなかったんです。昔からインタビューでも「一生修斗とは関わる」と発言していましたが、同時に「協会に入ってとか、そういうのはやる気ないよ」とも言っていたんです。たとえば自分が強い選手をジムで育てるとか、他のビジネスでお金持ちになってスポンサードするとか、別の形で貢献するというのは考えていましたが、まさかこんなに直接的に協会の仕事をやるとは……。

ただ、世代的にも上にも下にも話ができるし、自分がやらなければいけないのかなと思って引き受けました。やるからには覚悟を決めてですよね。

――協会ではどんなことをやっていこうと思っていますか?

ルミナ 芯をぶらさないでやっていこうと。極端な話を言うと、プロはなくても良いんです。アマチュアありきで、プロはそのときにお金を持っている人がやればいい。UFCだって、アラブのお金持ちがいきなり買いますって言って、アラブ・ファインティング・チャンピオンシップとかいう名前になることだって全然ある。でも、アマチュア修斗を買収することはできません。とにかく普遍的なもの、変わらないものを創りたい。

僕がいま、こんなふうに修斗という競技のことを話していること自体がおかしいと思っているんです。「変わらないサッカーを創って行く!」なんて言わないじゃないですか。サッカーは世界に一つで、老若男女誰に言っても通じます。「サッカーやっているんです」と言えばみんながそれをイメージできます。でも「修斗をやっているんです」「UFCやってるんです」「総合格闘技やってるんです」と言っても、「それどういうスポーツなの?」という説明から入らないといけない。それが嫌なんです。

世界中が一つのレギュレーションで統一されて、総合格闘技がスポーツとして広まれば、最終的に修斗じゃなくてもいいと思っているんです。ただ、それに向かってずっとやってきて、現実的にそれに一番近づけているのが修斗。それならここに力を入れるべきだと思います。

いつか孫に「修斗の選手だったんだぞ」って威張りたい

――修斗のように選手育成から段階を踏んで選手を育てて、競技としての枠組みを提供している団体は他にはない?

ルミナ ないですね。徐々にそういう考え方も生まれているようですが、トップの方では、アマチュア修斗から育った選手をスカウトするような流れができています。だって楽だもん。育てなくて良いんだもん(笑)。

――修斗が、世界中の総合格闘技の選手を生み出す虎の穴のような機関になっているということですよね。

ルミナ 修斗は最短ですごい選手を作る良い畑なのかなと思います。選手を育てるというところでも、みんなにコンセプトを持っていて欲しいし、スポーツマンシップによって、人間が育って欲しいと思いますね。

――育成が修斗を普遍的なものにしていくと。

ルミナ 僕がおじいちゃんになったときに孫に威張りたいんですよ。競技を創ったとか、協会がどうのとかじゃなくて、「修斗の選手だったんだよ」って。世界チャンピオンにはなっていないんですけど、「おじいちゃんは昔、修斗の環太平洋チャンピオンだったんだよ」って。そのとき孫が「すごいね」って言ったら勝ちだと思っているんです。そこで修斗って何? から始まっちゃうと何も変わっていないことになってしまいますよね。

PRIDE(プライド)、HERO'S(ヒーローズ)、DREAM(ドリーム)、戦極といろいろあったけど、それがずっと残るかというとそうじゃない。数十年後に「おじいちゃん昔PRIDEのチャンピオンだったんだよ」って言って、ググんなきゃわかんないとか悲しいじゃないですか。批判しているわけじゃなくて、基本的に求めているものが違うのかなと思います。

――興行ありきになってしまうと、最悪団体自体がなくなってしまうことがあり得る。本質的なものを突き詰めればなくなることはないってことですよね。

ルミナ 普通のことだと思うんですけどね。そういう風に考えている人があまりいなくて。不思議ですよね(笑)。

――アマチュアが大切とおっしゃいましたが、修斗としてトップのところ、多くの人に観てもらえるプロのところを盛り上げていくというお考えはないんですか?

ルミナ もちろん両輪ですよね。アマとプロが両方盛り上がるのが一番いいに決まっています。でも、いまはそこまでのパワーがない。プロモーターにも協会の方針は伝わっているし、それを理解した上でがんばってくれていますが、資金力の問題はあります。いますぐに直接的に整えていけるのがアマチュアの育成ということです。

――せっかくアマチュア修斗で選手が育っているのに、その選手が別の団体で活躍するというのももったいない気がします。

ルミナ アマチュア修斗で育って、プロ修斗でっていうのが理想ですよね。でも、プロモーターの金銭的な面で無理だったとしたら、アマチュア修斗の王者がほかの団体で活躍しているなら、修斗の勝ちというか。世界を見渡してもUFCはじめ、名のある団体の大会に定期参戦できて、結果を出しているのは修斗出身が多い。やっている人、わかる人はわかっていると思います。

――アマチュアを育てて、プロも盛り上げるというのがこれからルミナさんが協会でやっていくところですか?

ルミナ 全然キャラじゃないんですけどね。まず、競技としてお金はかかりますよね。協会主催の選手権の費用をそこから捻出しているわけですから。現状では、事務局で食って行ける人がいない。専従がいないということなんです。あえて専従と言えば僕なんですが、僕はジム経営もあって、そこは葛藤している面もあります。

事務局的なこと、事務処理なんかも自分でやっているんです。それまでは、人にメールを打つのだってやってなかったから。ビジネスメールっていうんですかね。向いていないなと思いながら自分でやるしかないんです。ただ、勉強にはなりますよね。社会人として成長させていただいたとは思います。

――専従スタッフが増えてできることが増えるとまた違ったこともできますね。

ルミナ ここでがんばってオフィシャルジムが増えて、事務局の人が増えて、専従のスタッフが食っていけるようになるといいなと思っています。本当は毎日サーフィンしたいんですよ。サーフィンするためにいま、がんばっているんです(笑)

修斗を発展させる発想はたくさんあるので、自分が直接細かいことまで見るんじゃなくて、大きい部分だけ動かしてという体制になるといいなと思っています。

僕たちが必要としているのは、とんでもない額のお金じゃないんで。一緒にやって行きたいとと思ってくれる人が出てくれるとありがたいですね。こういうインタビューを読んで、誰かに届いてくれればと思っています。

夢はオリンピック種目 ルミナが描く修斗の未来図

――修斗でここを観て欲しい、ここが面白いという点を読者にアピールするとしたら?

ルミナ アマチュアの大会とかすごく観て欲しいですよね。アマチュアなので当たり前ですが、観戦無料なんですよ。アマチュア修斗選手権では物販もありますし、会場も盛り上がるんです。何よりプロを目指している将来有望な選手たちが出場しているので、未来の総合格闘技のスターが間近で観られるチャンスです。

――しかも無料で。あのとき観た選手がUFCにということもあるわけですよね?

ルミナ そうなんです。アマチュア修斗は15歳から出場できるので、スーパーキッズのような選手もいます。修斗では、キッズとジュニアも盛んで、うちの小田原のジムでは小学生から入門できます。プロ修斗の試合の合間に、キッズ、ジュニア同士のエキシビションマッチをやっているんですけど、プロ顔負けの試合をするんですよ。中学生なのに格闘技歴10年とか、そういう選手があと数年したらプロになったりするんですよね。

――他のスポーツでも若手、若年層の台頭が目覚ましいですよね。

ルミナ 格闘技もすごいですよ。世界でも最近になって育成をやってきているところは増えているんです。ただ格闘技は相手を倒すためのものなので、基本的に危ないんです。ルールやレフェリングで安全性をコントロールして行くことがとても大切ですね。そのためにルール講習会などをしっかりやって、指導者と選手だけじゃなくレフェリーの育成も一生懸命やっています。

――今後の修斗、ルミナさんの目指すところはどこになるんでしょう?

ルミナ 理想は選手育成のシステムをしっかりして、競技として確立されたものを創った上で、オリンピック種目になることです。格闘技界にはそういう考えの人が少ないようなんですが、興行に目が向いている人にも「お金のことを言うなら、底辺をしっかりしたらもっと稼げるよ」と言っているんです。

これまでは、僕らが一生懸命やっているのに、格闘技雑誌の表紙には八百長をやっている人が載っていた。記者の人に「いい加減やめてくれませんか? 八百長なの知ってるでしょ?」と迫ったこともありましたが、「売り上げが……」と言われてしまう。先輩たちは、本当の真剣勝負をやっているのにお金を稼げない。そういう総合格闘技の現実を、修斗がやってきたことなら変えられると思っているし、修斗で変えて行きたいんです。

<了>


VictorySportsNews編集部