ヴァイド・ハリルホジッチは、一切の妥協を許さない指揮官だ。与えられる時間がクラブチームに比べて少なく、一般的に戦術を浸透させることが難しいと考えられている代表監督としても、彼の手腕は高く評価されている。実際、ハリルホジッチが率いたアルジェリア代表は大国にも劣らない練度を誇った。

個人能力で圧倒していたはずのドイツ代表を土俵際まで追い詰めた男は、日本代表でも的確な用兵によってチームの力を引き出している。今回はアジア予選における最大のライバルとなったオーストラリア代表との2試合を題材に、敵側から見た「日本代表」について考察することで、W杯予選のレビューに代えさせていただこう。指揮官本人が「戦術的な面でも、語るべき試合」とコメントした2試合には、何が隠れていたのだろうか。

©Getty Images

■オーストラリア代表目線で見た「2016年10月の日本代表」

敵地での対戦となった2016年10月、ハリルホジッチは両サイドハーフに原口と小林を起用し、中央へのサポートを意識したゾーンディフェンスによってオーストラリアにボールを持たせる戦術を採用。中央へと走り込んだ原口が先制点を奪い、順調な立ち上がりを見せる。

香川と本田を前線の2枚としてブロックから外し、残りの選手が「4-4」のブロックを作り上げる守備戦術について、欧州屈指のフットボール分析企業Prozone(プロゾーン)にも所属する戦術アナリストTim Palmer氏は「攻撃的でテクニカルな日本代表のイメージを一変させるような、戦術的に規律の保たれたパフォーマンス」と絶賛した。

実際、ボールを持たされたオーストラリアは優秀な選手を中盤に揃えながら、なかなかボールを危険なエリアに運ぶことが出来ずにいた。現在ハダースフィールド・タウンFCの中核としてイングランド・プレミアリーグで活躍するアーロン・ムーイと、イングランド2部QPRに所属するマッシモ・ルオンゴがダイヤモンドの両翼に配置された布陣は、日本の4-4ブロックに手を焼くことになる。

結局、彼らがサイドバックとジェディナックのサポートに下がっていくような形がボール運びの基本形となり、中央からの崩しを封じ込めたことでハリルホジッチの策が奏功。香川と本田も、中盤の底に位置するジェディナックのポジションまで下がる。これは、アントニオ・コンテがユベントス時代に2トップをボランチの位置まで押し下げ、ルディ・ガルシアが率いるASローマを封じる為に使用した策に酷似していた。オーストラリアのCBは正確なボールを蹴れる選手ではなく、日本の選手達は彼らにボールを持たせることを厭わなかった。

トップ下のトム・ロギッチも怖い選手だが、彼へのボールは基本的に山口・長谷部の両ボランチが潰す。また、両サイドハーフが中央に絞る意識が強かったことでムーイ・ルオンゴの2人がダブルボランチとサイドハーフの間を使うことも難しく、オーストラリアはサイドバックを高い位置に出す崩しに頼る方向にシフトしていく。中央でのボール循環は難しくとも、高い位置まで進出したスミスのスピードとアーリークロスを狙う形によって、徐々にオーストラリアは勢いを取り戻す。

オーストラリアは先制されながらも同点弾を沈めることになるが、原因となったのは日本の中盤の連携ミスだった。長谷部がムーイを意識することで高い位置を取ってしまい、ロギッチへのパスコースへのカバーが遅れた。山口、小林も絞り切れていない状態。慌てて酒井が対応するも、ボールはスミスの走り込むスペースへ。

機能していたはずの4-4-2が香川の下がる動きによって安心してしまったかのように連動が遅れ、日本は一瞬で崩されてしまった。コンパクトな陣形と低いブロックで1点を守りたかったハリルホジッチにとっては、非常に痛い緩みだったはずだ。一方のオーストラリアとしては、「ロギッチのところにボールを送り込むことが鍵になる」ことが強調されるような得点だった。

■オーストラリアにとっての光明となる「3-4-3」

オーストラリア代表は1-1の同点で試合を終えたが、中盤の選手たちが円滑にボールを回すことが出来ずに苦しみ、トップ下のロギッチは徹底して封じられてしまった。ハリルホジッチの徹底した対策に苦しんだことで、「同じ手は二度通じない」と考えたはずだ。

攻撃的なフットボールに高まる期待と、潤沢なタレントを活用しきれない現実の狭間で、アンジ・ポステコグルー監督が見出したのは3-4-3という陣形だった。予選のイラク戦を機に使われ始めた新システムは、コンフェデレーションズカップの舞台でも実感を伴う結果を残し、UAE戦での勝利にも繋がった。

3バックが最終ラインで数的有利を作り、GKを使いながらボールを回す現代的なポゼッションを軸に、3バックが積極的に持ち上がることで中盤のビルドアップをサポート。FWとMFのライン間に2人の「6番」としてボランチが位置取り、MFとDFのライン間には2人の「10番」としてシャドープレイヤーが侵入する。高い位置を取る両WGが相手の両サイドMFを自陣へと下げてしまうことによって、ゾーンディフェンス全体を下がらせる。そうなれば「6番」のスペースが広がり、そこにMFを食いつかせることで「10番」のスペースが広がる。

相手のゾーン間を徹底的に叩き、誘い出してから勝負するシステムは「アジアでの覇権」に繋がるかと思われた。

■オーストラリア代表目線で見た「2017年9月」の日本代表

オーストラリアは「初戦と比べて」という条件付きではあるが、再現性の高い形によってシャドーを使うことを目指していた。両翼のサイドバックとウイングの間に生まれるスペースで、WBがフリーになる場面を多く作り出したのは狙い通りの形。特に露骨だったのは本職がWGのマシュー・レッキーを使ってくる形で、この形がボディーブローのようにジワジワと効果を発揮していく。前線のクルーズが中央に残るタイプではなく、サイドに流れる動きを見せることによって、サイドバックを牽制。

そうなると、どうしても日本代表のセントラルハーフの意識が外のスペースに集中することになっていく。そこで、浮いたシャドーを使うことがオーストラリアの手筋。実際、中央のロギッチが前を向けなくともスペースでボールを引き出し、周りを使おうとする形が散見されるようになっていく。オーストラリアとしてはロギッチへの供給路を確保し、初戦のようにライン間にボールを送り込むことで守備の連携ミスを生む「狙うべき形」に持ち込めたはずだった。

しかし、ハリルホジッチはセントラルハーフでWBやボランチにプレッシャーを与えつつ、中央への供給路を塞ぐという妙手を放つ。それが、右サイドのアタッカーに起用された浅野の献身的な動きによって生まれた「4-4-2ゾーン」の部分的な再現だった。低い位置まで下がる浅野は、サイドハーフでありながら中央に絞ってボランチをバックアップする動きを任されており、ゾーンディフェンスの基本を守りながら中央のサポートに参加することになる。

この4-4-2ゾーンの部分的な再現は、アルジェリア代表でハリルホジッチが最も得意とした「違和感を覚えさせる為の、守備的な陣形変化」だと理解すべきだ。オーストラリアは3センターの1枚を誘い込んでしまえば、2シャドーのスペースは手薄になると考えていた。しかし、1枚を呼び込んでも4-4ゾーンが待ち構え、ロギッチとトロイージのスペースは潰されている状態。初戦のように堅牢なブロックに違和感を覚えたところで、既に手遅れになってしまっていたのである。

また、乾と浅野の左右非対称性も言及すべき工夫だ。基本的には乾と浅野、ボールサイドにある方が上がってプレッシャーをかけ、逆サイドが下がる「釣瓶の動き」をこなしていたが比較的左サイドの乾が高い位置を取ることが目立った。これはボールを持った瞬間に攻撃の起点になれる乾をカウンターの起点にすることで、相手のキープレイヤーでもあったレッキーを牽制する策でもあった。逆サイドの浅野はスピードと運動量に定評があり、実際にスペースに入り込む動きから先制点も奪っている。ロングカウンターの時、彼の「低い位置から駆け上がってエリア内に侵入する動き」に対処することが困難になることも「左右非対称の陣形」の効果だった。

さらにハリルホジッチは、二の矢を放つ。ルオンゴは比較的高い位置で仕事をしようとするプレイヤーということもあり、相方のアーバインが中盤の底で孤立。そこにセントラルハーフをプレッシングで飛び込ませ、3バックにも前線が一気に仕掛ける形をハリルホジッチは追撃用の罠として仕掛けていた。「2シャドーとルオンゴの3枚で3センターをピン留めしてしまえば、前からプレッシングしてくる枚数は足りないだろう」、というオーストラリアの思惑は外れる展開になる。比較的CBのボール運びに依存し、ボランチは高い位置を取ることで相手のゾーンを押し下げる3-4-3は猛烈な前からのプレッシングに慣れておらず、解りやすく恐慌状態に陥る。

3バックにプレッシャーをかけることで選択肢を減らし、ボールサイドには3センターの1枚がキッチリとプレス。もう1人の6番(図ではアーバイン)がフリーになるのだが、ここでは山口が彼を見ている。遠距離からボールが出ることになれば、時間があるので山口が距離を詰めながらプレッシャーを狙っていく。何度かは危険な場面も作られたが、基本的には前からプレスを仕掛ける際も日本代表は「中盤に2枚を残す」という意識を徹底していた。シャドー2枚への警戒はある程度保ちながら、6番のスペースを潰したのである。

32本という驚異的なインターセプト回数は、オーストラリアの中盤を完全に制圧したことを端的に表している。後ろに下がり、守るだけのチームでは32本のインターセプトを達成することは不可能だ。オーストラリア側からすれば、使いたかったシャドーのスペースが消され、さらに前からのプレッシングによって中盤のスペースが消されてしまった。狙っていたスペースが次々と消えていく展開に、彼らは明らかに「混乱」していた。

オーストラリアは「予選において唯一の希望であった」3-4-3という陣形でのポゼッションを捨てることが出来なかった。全盛期のプレーは難しいケーヒルと、打撲で万全のパフォーマンスが難しかったユリッチを前線に投入しても、プレミアリーグで継続的に出番を得る吉田と対人戦に絶対の自信を持つ昌子相手に放り込むことでは勝機を見出せず、最後まで縋るようにボールを丁寧に繋ごうとする。彼らは哲学に殉じた訳ではなく、唯一の希望に頼り続けていたという方が正しいのかもしれない。

運動量が豊富で、バランスを保つことが出来るMFムーイがいれば違ったのかもしれないが、どちらにしてもチーム全体のデザインがアンバランスであったのは事実だろう。高い位置からのプレスへの対策が出来上がっていなかったことは、ポゼッションを主体とするチームにとって致命的だった。

ハリルホジッチの恐るべき点は、オーストラリアとの2試合を通して「中盤での主導権」を徹底的に奪い取ったことにある。初戦は本田・香川をアンカーに当てる「低いブロックの4-4-2」、2戦目は3センターを前からのプレッシングに活用しながら中盤のバランスを保つ「部分的な4-4-2の再現」によって、アジアでは圧倒的なタレント力を誇るオーストラリアの中盤を容赦なく封じ込めた。さらに、4-4-2のゾーンディフェンスという基本形が「フォーメーションが変わっても戦術のベースとなっている」ことは興味深く、「基礎の応用」によって、様々な守備戦術を仕掛けられることを示唆している。

守備的なスタイルは、どうしてもネガティブなイメージと結び付けられることが多いのも事実だが、基礎的な守備戦術を身に付けていない状態では強豪国に挑むことは難しい。ヨーロッパ予選では、小国であっても組織されたゾーンディフェンスで強豪国を追い込むように、守備戦術はどんなチームにとっても「必要不可欠」なものだ。高い技術を有していても「もろい」印象が拭えなかった日本代表に、ハリルホジッチは「駆け引き」と「変幻自在の守備戦術」という武器を与えようとしている。相手の目線から見た時、ハリルホジッチは「智将」としての色をさらに濃くするのかもしれない。

<了>

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結城康平

宮崎県生まれ、静岡県育ち。スコットランドで大学院を卒業後、各媒体に記事を寄稿する20代男子。違った角度から切り取り、 異なった分野を繋ぐことで、新たな視点を生み出したい。月刊フットボリスタで「Tactical Frontier」が連載中。