文=山中忍

プレミアのピッチに立てないイングランド産の若手選手たち

8月が終わればイングランドの夏も終わり。日中の気温は10度台にとどまり、雨の日も増える。同時に今年は、母国ユース代表の「黄金の夏」も終わった。U-19とU-21レベルの欧州選手権では、それぞれ優勝とベスト4進出、U-20W杯では世界王者となった“ヤング・ライオンズ”たちは、所属クラブで出番のない厳しいシーズンを迎えることになった。

予想されてはいた。巨額の放映権収入が外国人即戦力の獲得予算となるプレミアリーグは、国産の若手レギュラーが生まれ難い世界。今季も、メディアが「黄金」と評した夏真っ盛りの時点から、国際舞台で輝いた若手の褒美は「1軍でのベンチ生活かレンタルでの放出」だと悲観的に報じられていた。当人たちも覚悟はしていたはず。U-20W杯で大会得点王となったドミニク・ソランケなどは、少なくとも起用される可能性は高まると思われたリバプール入りを、昨季終了時に決心していた。

ソランケが「脱出」したクラブはチェルシー。イングランドが進出した決勝2試合と準決勝のスタメンに計9名を送り出したクラブは、今夏の成功の貢献者であるとともに、若手を使って育てる意識が乏しいプレミア勢の代表格でもある。9名のうち、今季プレミア開幕戦でメンバー入りを許されたのはフィカヨ・トモリだけ。そのU-20代表センターバックにしてもベンチに座っているだけだった。

自らの意思でチェルシーを去った若手の1人には、U-21代表だったナサニエル・チャロバもいる。完全移籍で加入したワトフォードで開幕から先発を続けるセンターハーフは、先の国際マッチ週間でフル代表初招集を経験。小学生の頃から通い慣れたチェルシーを離れた勇気が早々に報われた。だが、本来はチェルシーのようなクラブこそが、若手を使う勇気を示すべきだろう。今年に入って、「外国から移籍してきた選手には『適応に1年は必要だろう』と言うくせに、どうしてユースから上がってきた選手には時間的な猶予を与えないのか?」と言っていたのは、解説者のレイ・ウィルキンス。『トーク・スポーツ』ラジオのインタビューで、語気を荒げていた元イングランド代表MFには筆者も同感だ。

クラブではなく、サッカー協会が若手育成に注力

©Getty Images

ユース出身者が少ない理由を、「通用する人材が育ってこない」と説明するクラブは多い。しかし国内では、FA(サッカー協会)主導で5年前から本格的な取り組みが始まった育成改革が実を結び始めている。3年前にU-17欧州選手権を制した当時の主力が、今夏のU-20W杯優勝チームの主軸へと成長している事実がそれを物語る。

序盤戦から解雇のプレッシャーにさらされる者も現れるプレミア監督陣には、過酷な「結果商売」の現場で若手を試している余裕などないという声もよく聞かれる。実際、昨年9月にはチェルシー1年目だったアントニオ・コンテに解任の噂が流れ、今季は8月の段階から、クリスタル・パレス新監督のフランク・デ・ブールや、ウェストハム3年目のスラベン・ビリッチの首が危ういと言われ始めた。

だが一方では、マウリシオ・ポチェッティーノ率いるトッテナムのように、ハリー・ケインとデレ・アリが前線の主役となり、中盤でもハリー・ウィンクスが台頭するなど、下から上がってきた国産の若手を積極起用しながら優勝候補と呼ばれている例もあるのだ。トップ4争い参戦の野望を抱くエバートンでも、U-20W杯決勝で値千金のゴールを決めたドミニク・カルバート=ルウィンが、今季は故郷に戻ったウェイン・ルーニーの相棒として実戦経験を積んでいる。

プレミア勢の中でも、ビッグクラブは特に若手を使う勇気を持つ責任がある。育成改革の一環として導入されたエリート・プレーヤー・パフォーマンス・プラン(EPPP)は、エリート選手養成を促進するメリットの裏に、小規模なクラブや下部リーグのクラブがプレミア強豪による青田買いで泣き寝入りするデメリットをはらんでいる。はるかに資金が豊富な相手にユース選手を引き抜かれても、EPPPが定める算出方法に沿った一定レベルの育成賠償金しか受けとることができないのだ。筆者の自宅から車で15分ほどの距離に練習場があるブレントフォード(2部)は、割に合わないアカデミー運営を昨年で止めてしまった。1軍戦力の輩出は、U-17からU-21レベルでプレミア勢をお払い箱になった若手を「Bチーム」で磨く方法に変更。そのきっかけは、ユナイテッドとシティのマンチェスター両雄によるユース選手の引き抜きだった。

ところが肝心のプレミアでは、戦力は買うものというビッグクラブのような認識が広がる傾向にある。昨季末、「若手の起用がクラブの成功につながるとは限らない。(起用人数が)リーグ5位のハルは降格し、最少のチェルシーが優勝したではないか」とツイートした、ウェストハム(共同)会長のコメントは残念だった。事実ではある。だが、伝統的に「サッカー界のアカデミー」を自負してきたウェストハムにとって、ユース出身選手の存在はファンの誇りでもあり続けてきたのだから。

前述のウィルキンスは、「私が今のユース選手なら、海外に移籍してから買い戻してもらう1軍昇格ルートを考える」とも言っていた。生え抜きレギュラーが珍しくなる一方のプレミア勢は、海外から買った元ユース選手を誇らしげに「自家製」と呼ぶのだろう。それこそ、全てを金で解決する悲しい「金満リーグ」そのものだ。今夏の補強が終わった後のプレミア4節、トモリはチェルシーのベンチにもいなかった。移籍市場最終日の8月31日、レンタルでハルへと放出されたのだ。母国代表の復興を期した育成改革の実を腐らせることのないよう、仕上げを担うべきプレミア勢に若手を使う意識改革を求めたい。

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2016-17シーズン、2シーズンぶりにプレミアリーグを制したチェルシーは、数多くの若手有望選手を安価で獲得しては、他クラブへ期限付き移籍させている。彼らが自前で育てた選手で勝負するために必要なこととは――。

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山中忍

1966年生まれ。青山学院大学卒。94年渡欧。第二の故郷西ロンドンのチェルシーをはじめ、「サッカーの母国」におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会、及びフットボールライター協会会員。著書に『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』(ソル・メディア)など。多分に私的な呟きは@shinobuyamanaka。