文=中西美雁
結果を出した世界選手権予選とアジア選手権
©FIVB先月17日のワールドグランドチャンピオンズカップ(グラチャン)の終了とともに、中垣内ジャパンの初年度の活動も終わった。グラチャンでは全敗を喫し、批判記事も出てきたが、ここで今年度を振り返ってみたい。
中垣内祐一監督は、グラチャン最終戦のブラジル戦後の会見で、今年度を総括して「グラチャンで勝つことができたら、かなり高い点をつけられたと思うが、勝てなかったので、及第点とその間くらいですかね」とコメントした。来年の世界選手権の目標のベスト8は変わらないかと質問されて「下方修正した方がいいという意味ですか? 弱すぎて(笑)」という発言で物議を醸したこの会見。一部メディアには「全く受けなかった」と書かれていたが、現場では普通に笑いが起こっていた。それは、質問した記者もほぼバレー担当の記者であり、今年度の中垣内ジャパンの実績を知っているという前提の元での「変えませんよ」という切り返しだったからだ。実際、途中合流したワールドリーグはグループ2準優勝(昨年度はグループ2最下位)、世界選手権はグループB首位通過、アジア選手権は優勝という結果を残している。
今年度の最もプライオリティの高い試合は何か。交通事故による謹慎から、異例の途中合流となったワールドリーグ高崎大会で初陣をとった中垣内監督の答えは、「世界選手権予選」だった。4年前、日本バレー史上初の外国人全日本監督となったゲーリー・サトウ氏が解任されたのは、1960年に参加し始めてから初めて世界選手権の出場を逸したから。グラチャンでの全敗はダメ押しとなった。一説によると、グラチャンのワイルドカードが女子と同じように、アジアでもトップでない韓国ではなくなったのは、サトウ氏がそのような日本に対する忖度を固辞したからだと言われている。この大会から、男子はワイルドカードがイタリアになり(リオ五輪では銀メダルを獲得している)、全敗はある意味、必然のこととなった。サッカーで言えば、ドイツとスペインとブラジル、イングランドを呼んで、開催国として日本も出場させてもらっているようなものだからだ。勝てそうなアフリカを抜いた各大陸の覇者とワイルドカード、そして日本が出場している大会なのである。
筆者は世界選手権予選の次に優先度の高い大会は、ゴールデンタイムで地上波の放映のあるグラチャンかと考えていたが、中垣内監督の考えは違ったようだ。アジア選手権で、ほとんど世界選手権予選とメンバーを入れ替えず、スタメンも石川祐希と柳田将洋で固定し、いわゆる「ガチ」で金を獲った。人身事故での謹慎というマイナスからのスタートとなった中垣内ジャパンは、「成績で返していくしかない」という復帰会見の言葉通り、最初から「負けられない」ものになった。ワールドリーググループ2準優勝、世界選手権予選首位通過でその目的を果たし、アジア選手権では少し育成方面に舵を切るかと思ったのだが、前述のようにガチメンで優勝。ここでようやく、「育成」に目を向けることになった。
育成に重きを置いたグラチャン
©FIVB中垣内ジャパンがグラチャンで批判されていることの一つに「コンバートが多すぎる」というものがある。これは当たっている面もあれば、誤解されている面もある。オポジット(セッター対角の攻撃専門のポジション)の大竹壱青は、中垣内監督がミドルブロッカーからコンバートしたのではなく、昨年冬に石川に勧められて自らコンバートを希望したのだ。また、もうひとりのオポジット、出耒田敬も、「長年ミドルブロッカーだった」と書いたメディアもあったが、彼は大学時代まではオポジットが本業で、オポジットとしてインカレ優勝やユニバーシアードで銅メダルを獲得している実績もある。ただ、サイドアタッカーなのにリベロ登録された浅野博亮や、ずっとミドルブロッカーだったのが、レセプションをするサイドアタッカーにコンバートされた小野寺太志の例など、確かに疑問を感じるコンバートもあった。
中垣内監督の「2メートルが5人」という大会前のアピールや、大会終了後の「今後は石川以外のサイドアタッカーを2メートル超えで揃える」という言葉などから、グラチャンはその構想に向けての育成が一つ大きな目的だったことがわかる。確かに、かつてジバなど190センチ前半のサイドが活躍した頃に比べて、王者ブラジルも苦しみながら大型化を実現した。グラチャンは、前述したように、元々勝つのが非常に難しい大会でもある。そして、ランキングポイントがつかない。中垣内ジャパンはマイナスからのスタートだったために、前半はとにかく勝ち続けることが必要だった。また、東京五輪は地元開催だ。ホームの大観衆の前で、少しでも強豪相手に、2メートル超えの一人・小野寺に実戦経験を積ませたかった。その意図はわかる。しかし、そもそも小野寺はこれまでのバレー人生でレセプションの経験が皆無だった。レセプションの名手たちはみな、「サーブレシーブは、センスと経験」と口を揃える。大林素子しかり、大懸郁久美しかり、青山繁しかり。
小野寺は転向1カ月ということを考慮すれば、ブラジルのサーブもなんとかとっていたことは事実だ。だが、この大会は今年度、唯一の地上波放送がある大会。テレビ局は莫大な放映権料を払い、年度初めから盛り上げてきたし、観客も安くはないチケット代を払って応援に訪れている。そのコンバートは、そしてそれを初めて試すのがグラチャンだったのは、果たして正しかったのだろうか。ミドルブロッカーとオポジットは、それぞれレセプションを担当しないポジションゆえ、コンバートの例は結構ある。オポジットとレセプションアタッカーも、サイドアタッカーという共通性があるため、しばしばコンバートは行われる。しかし、ミドルブロッカーからレセプションアタッカーへの転向は、あまり例を見ない。中垣内監督は、自身がレセプションを担当しないオポジットだったため、レセプションに関する認識が薄いのではないかという危惧を感じた。
日本では、毎年地上波ゴールデンで放映される大会があるため、なかなか世代交代や育成が思い切って行えないという事情を、ある意味強行突破したのが今年度だったと言えよう。しかし、事情を知らないお茶の間では、「日本男子は全敗でこてんぱんにやられた」ということしかわからない。実現可能かどうかは分からないが、次回からグラチャンはレギュレーションを変えて、アフリカ大陸も参加し、ワイルドカードは従来通りアジアの3番手、4番手を持ってくるようにしてはどうだろうか。サッカーは同クラスや格下のチームとの親善試合も積極的に行って、視聴率も取れている。「そこそこに勝つ」ことは大事なことだ。ファンにとっても、負け癖をつけてはいけない選手たちにとっても。
中垣内ジャパン初年度は、最後はあまり後味の良くない幕切れだったが、まずまずの成果を出したといって良いだろう。来年イタリアとブルガリアで共催される世界選手権で、どれくらい世界と戦えるか。そこで中垣内―ブランコーチ体制の真価が問われることになるだろう。
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