ギャビVS神取、20キロ差なら成立したのか?

 昨年末、格闘技イベント「RIZIN」でブラジル人女子格闘家のギャビ・ガルシアが95kg契約のところ107.7kgを記録。12kgもの体重オーバーが発生し、予定されていた女子プロレスラー神取忍との試合が中止になったという事態が発生した。この一件について、ネットニュース等で見かけられた方も多いのではないかと思う。

 この一件は実に多くの問題を孕んでいる。まずRIZINには、計量オーバーが発生した際にどういう措置が取られるかという規定が存在しないという点。他団体では「再計量時点でも●kg未満のオーバーならペナルティ(減点、違反側が重いグローブを着けるグローブハンデなど)付きで試合成立。●kg以上は試合中止」などと決められており、計量当日(つまり試合前日)のうちに試合への対応が決定する。RIZINでは過去にも計量オーバーが発生しているが、その都度「協議」が行われている。「こうなったらこう」というシステマチックなルールが存在しないのだ。
 
 次の問題は、仮にギャビがリミット内でパスできていたとしても、73.75kgの神取とは20kg以上の体重差があったという点。榊原氏はギャビのオーバーに「競技として成立しない」と発言したが、20kgなら競技として成立したのかと考えると疑問を抱かざるを得ない。これほどの体重差は、ボクシングなどの階級制スポーツではあり得ないこと。それは階級が体重の「上限」と「下限」を規定することによって保証されるわけだが、RIZINでは階級制を敷いていない。榊原氏は2015年の立ち上げ時に「階級区分は設定しない」旨を明言し、ボクシングやUFC、国内他団体のように階級区分を細かく設定してはいない。これは「よりダイナミックな戦いをスムーズに実現させるため」という狙いがあるようだが、世界的なMMAの流れに反しているのもまた事実だ。
 
 本来ならこのギャビVS神取の一戦も、上限も下限もない「無差別級」で行われるべきカードなのだろうが、今回は95kgという契約体重が発表されていた(同カードは一昨年にも決定していながら神取の負傷でやはり実現しなかったのだが、その際は「無差別級」とアナウンスされていた)以上、やはり12.7kgオーバーというのは(誰にどんな事情があったにせよ)あり得ない数字と言わざるを得ない。
 
 また、この原稿執筆のまさに真っ最中、1月14日にはアメリカ・セントルイスで同日(現地時間)に行われるUFCの大会「UFN124」のメインイベントが中止というニュースが飛び込んできた。日本でも活躍したビクトー・ベウフォートと対戦予定だったユライア・ホールが減量中に意識を失い、病院に搬送。意識は回復したが計量には参加できず、試合中止が決定されたのだ。これは開催の可否がすぐに決定した例だが、それでも大会の視聴者数など興行に与える影響は計り知れない。

体重オーバーが発生してしまうのは一体なぜなのか?

 実はこのような計量オーバーは、格闘技興行ではたびたび起きている。ボクシング、MMA、キックボクシングと種目を問わず、また男子・女子、前座・メインカードと性別もキャリアも問わず、年間を通じて発生している。そのたびに、試合中止、あるいはペナルティ付きで挙行、という措置が取られている。「本来は不成立だが、パスした側が試合開催を希望したため、予定通り開催。結果はパスした側が勝った場合のみそれを正式記録とし、オーバーした側が勝った場合は無効試合とする」という措置が取られる場合もある。
 
 過去には本計量でオーバーした外国人選手に主催者側立ち会いの元で体重を落とさせていたところ、選手が耐えられなくなって逃走し、試合ができなくなったというケースもあった。また前述のUFCのように、減量段階で体調を崩したり、それが原因で負傷したりして、計量までにもたどり着けず中止という例もある。さらにはおそらく契約体重まで落とせなかったであろう選手が計量当日に現れず、そのまま連絡が取れなくなってしまったため試合中止、という事態になったこともある。
 
 競技として試合を行う以上、双方が契約で決められた体重を守り、より公平な状態で試合に臨むのは当然のこと。ましてプロならば、「体重を守る」ということは会社員が「決められた時間に出勤する」のと同じぐらい大前提だ。しかし、それでもこれだけの体重オーバーが発生してしまうのは一体なぜなのか。
 
 最も多いのは、試合前の期間に病気・ケガをしてしまって思うように体が動かせず、減量スケジュールが狂った結果、というものだ。ベテラン選手やブランクが空いての試合の場合には、「以前と同じスケジュールで落とそうとしたが、想定したようには落ちなかった」という誤算が生じる場合もある。季節の問題(基礎代謝が高まる冬場の方が落としやすい)もあれば、女子選手の場合は生理との兼ね合いもある。
 
 外国人選手の場合は、本国との時差や気候の違いが原因になるケースもある。逆に日本人選手が海外に遠征して試合した際に、「残りをサウナで落とそうと思っていたら、宿にもその近辺にもなかった」という話もよく聞く。これなどは国内の地方大会でも聞くことがある事例だ。
 
 ここ10年ほどはMMAを中心に、「水抜き」と呼ばれる減量方法が多くなっている。外国人、特にブラジル人の選手が発端のようだが、前日、当日など本当に直前になって、サウナなどで水分を絞って一気に落とすというやり方だ。これで、1日で10kg前後も落とすという選手もいる。しかし以前、格闘家の体のケアも行っている医師に話を聞いたところでは、「内臓が強い外国人だから可能な方法。日本人には全く勧められない」と話していた。実際、この方法を取り入れた選手が増えてから、サウナで倒れたり、その際に負傷したりという事例も増加している。
 
 また、階級制競技の場合、対戦相手より少しでも有利な条件で試合に臨むために、可能な限り下の階級にエントリーする選手がほとんどだ。そのために減量幅は自然と大きくなり、体への負担も大きくなる。これも体重オーバーが発生する理由の一つに挙げられる。アマチュアの小学生の大会でも減量して下の階級に臨む選手が少なくないと聞くと、驚くしかない。パスした後はそれまで制限していた水分と食事を摂って通常体重に戻す「リカバリー」を行うが、ここで相手より「大きく」なれば、それだけ有利になる。このリカバリーがしやすいことも「水抜き」が流行った理由ではあるが、そうなると実際の試合時の体重は階級の枠をはみ出ることになるわけで、それが横行するなら階級の「公平さ」にも疑問が生じることになる。

理解できる「できれば試合をしたい」の声

 さて、体重オーバーが発生し、試合に影響すると、まず困るのは大会の主催者だ。特にメインイベントや話題性のあるカードの場合、対応に追われることになる。試合中止という最悪の事態になれば、セミファイナルをそのまま繰り上げるのか、それとも急きょエキシビションマッチを組むなど別の方法を採るかの選択を迫られる。その上で決定事項についてプレスリリースやネット、SNS等で発表・告知し、払い戻し等にも対応しなければならない。計量結果が出るのは前日であることがほとんどなので、全てにおいて一刻を争う。一方で杜撰な主催者の場合には、当日、入口に貼り紙をするだけで済ませたり、極端な話、試合直前のアナウンスのみという場合すらあるのもまた事実だ。
 
 しかし現実には、「試合中止」という事例は意外に少ない。そこには主催者だけでなく、選手当人の事情もある。特に国内の中小規模の興行では、事前に何十枚、時には何百枚ものチケットを応援団や知人に選手本人が手売りしている場合が多く、相手が体重オーバーしたからと言っても翌日の試合までに全員に連絡し、返金等の対応を取ることは難しいからだ。タイトルマッチの場合など、地元からバスを連ねて来る応援団に「中止」の連絡をするというのはなかなか考えにくい。
 
 またそうした手売りチケットは、選手の収入に直接影響するという点も大きい。バックマージンだけでなく、そもそもファイトマネーがチケットで支払われていることも多いので、試合がなくなれば選手には経済面でも大打撃となる。しかも自分でなく相手が原因の場合には、事態はより複雑だ。もちろん、試合が中止になれば、その日まで試合のために積み重ねてきた練習や研究などの努力も、全てムダになってしまう。そうした様々な事情が絡み合って、「できれば試合をしたい」となるのは理解できる話ではある。
 
 だが反面、観客にとってみれば、体重オーバーが発生した試合はどういう形で行われるにせよ、勝負への興味や期待感が一気に削られてしまうものだ。SNSの普及などで情報化社会となって、主催者側も計量結果などの情報を丁寧に出すようになったことで、ファンの意識が高まっていることも、そこに大きく影響している。一度オーバーした選手には以後もそのイメージがついて回るし、団体側に対して厳罰化を希望する声も高まっている。ペナルティとしてファイトマネーの減額を発表すると、「その分をパスした相手に回してほしい」という意見もよく見るようになった。

各団体で進む、体重オーバー発生の抑制策

 では、体重オーバーの発生を減らす、あるいは事前に防ぐ方法はないのだろうか。近年、いくつかのプロ団体が動きを見せるようになった。まずはシンガポールを拠点に、アジア諸国で活発に大会を開催しているONE Championnship(以後ONE)。日本人選手も多く参戦している大会だが、試合のために減量していた選手が死亡するという悲劇を受けて、2016年1月の大会から計量方法を抜本的に改定した。
 
 出場する選手たちは日々体重を報告し、試合の7週間前には階級上限よりプラス6パーセント以内の体重(つまり、上限が70kgの階級なら74.2kgまで)でなければならず、以後5週前には3パーセント、4週前には1.5パーセントと落としていき、1週間前からは毎日申告した上で、当日にリミットに収まるようにしなければならない。こうしてチェック体制を強化することで、直前に水抜きで一気に減らす方法を規制しようというものだ。
 
 同大会ではその後さらにシステムを見直し、現在は「開催地に入ってから数回の計量時に一つ上の階級のリミットに収まり、なおかつ尿酸値が規定以下ならOK」となっている。これにより、選手は通常体重をそれほど上げず(つまり試合のない時期にあまり不摂生をせず、かつ過度に低い階級を選択せず)、過度な水抜きも行わない方向に選手を誘導している。これはこれで独自の方向性に舵を切りすぎた感もあるが、選手の身の安全を最優先した結果ということであろう。
 
 国内プロモーションでも動きが出ている。まず老舗・修斗では昨年7月のプロ大会から、出場全選手に1週間前と3日前の主催者への体重報告を義務付けるようになった。主催者のプレスリリースでは「これは選手の減量過程を選手、ジム代表者及びマネージャー、そして主催者との三者間で減量状況、過程を把握、共有する事で無理な減量を抑制し、減量失敗等による試合中止という最悪の結果で対戦相手並びにお客様を裏切る事にならない為にも今後も実施して参ります」としており、以後、経過を逐一リリースしている。この部分で主催者の手間は増えるものの、計量当日にオーバーが発生した際のデメリットを考えればこちらの方が安心なのは言うまでもない。
 
 またパンクラスも昨年11月より計量に関するルールを改定した。こちらは試合4日前の時点で一度チェックを行う。外国人選手はホテルチェックイン時に計測、日本人選手は同日18時までの体重を申告し、その数値をプレスリリース。この時点では「リミット+8パーセント」以内を推奨体重とする。試合前日は設定された2時間の間にハカリに乗ることができ(この間なら何度でも可能)、もちろんリミット以内ならパス。オーバーした場合、2パウンド(907グラム)以内までは相手の承認があれば試合成立し、拒否された場合は試合中止に。908グラム以上は失格となる。
 
 また試合当日はドクターの診断の際に参考体重を計測。この時点では「リミット+10パーセント」以内を推奨体重としている。こちらはあくまで「推奨」だが、やはり過度なリカバリーで体重差が大きくなることを抑制する方向だ。
 
 パンクラスでは長い間、上記にも例として挙げた「オーバーした場合でも相手が希望すれば試合を行い、パスした側が勝てば勝利、それ以外はノーコンテスト」というルールを施行してきたが、今回の改定によりこれも廃止。オーバーした選手は契約書に定められた罰金(関係者によれば、「もう二度とオーバーするまいと思い知らされるほどの額」だという)を支払うことになるが、イエローカードなどのペナルティはない。
 
 パンクラスはこの新ルールについて、プレスリリースで「これは弊社代表酒井が先日渡米し、ネバダ州アスレチックコミッション(NAC)とUFC計量ルールを参考に、ほぼ同じ内容にしたものです」と説明している。同団体の酒井正和代表はかねてから「スポーツMMA」の推進を掲げており、この改定もその理想に近づく一環と言える。

 日本で一般的に「格闘技」として括られるMMAやキックボクシングでは、国内の統一コミッション的な組織は存在しない。そのため「国内統一ルール」も存在しないが、各団体がネバダ州アスレチック・コミッションの管轄する、いわゆる「ユニファイド・ルール」に近付けていくことで、大まかな統一が図られることとなった。近年、修斗・パンクラス・DEEPといった国内団体では選手の相互参戦が盛んになっているが、各団体の階級やルールがほぼ統一されたことで、それが容易になったことも大きい。
 
 となると、残るは全国ネットでの地上波中継を持つ「国内唯一のメジャープロモーション」RIZINだ。様々な要因からルールに“あそび”を持たせておきたい事情も分かるが、冒頭で挙げたようなトラブルは人々の格闘技への興味を削ぐものに他ならない。もちろん選手たちが契約を遵守して体重オーバーという事態を発生させなければそれに越したことはないが、「万が一」をなるべく未然に防げるようなシステム作り、そして起きてしまった時の対応は整備しておいてほしいものである。「最大のイベント」には、それだけの責任も伴うからだ。

<了>

新日本プロレスは、史上最高の状態に。イッテンヨンで得られた確信

恒例の「イッテンヨン」こと「WRESTLE KINGDOM 12」は、34,995人の大観衆を集めた。新日本プロレスがこのイベントを成功裏に収めた背景には、どんな努力があったのだろうか? 格闘技界で長年執筆活動を続ける高崎計三氏に解説をお願いした。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

日本のプロレス界よ、“危険な技”を求める風潮と決別せよ! 

日本プロレス界には、「プロレスラーは危険な技を受けてナンボ」という風潮がある。2009年6月13日、三沢光晴は試合中にバックドロップを受け心肺停止状態に。結局、頚椎離断が原因で亡くなった。2017年3月には、新日本プロレスの本間朋晃がDDTを受け中心性頚椎損傷、4月9日には柴田勝頼が40分近いファイトの後で倒れ、硬膜下血腫に。なぜ、このような事故は起こってしまうのか? 選手たちを生命の危機から守るために、アメリカWWEの方法論から学ぶべきことはあるはずだ。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

プロレスラー高山善廣は、なぜ愛されているのか? 止まらない支援の声

5月4日に行われたDDTプロレスリング大阪・豊中大会のタッグマッチで髙山善廣は、頚椎完全損傷の大怪我を負った。医師から「回復の見込みはない」と言われる重傷を負ったベテランレスラーを支援するため、9月4日には「TAKAYAMANIA」の設立が発表された。キャリア25年目のベテランレスラーの負傷により、プロレス界への批判や、現状の見直しを求める声も上がっているが――。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

アスリートファーストのWWEが取り組む“凶器の安全性”

凶器は文字どおり危険なもの。しかし、アメリカWWEでは安全性を確保することで演出としての効果を最大限に高め、プロレスの可能性を広げている。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

高崎計三

編集・ライター。1970年福岡県出身。1993年にベースボール・マガジン社入社、『船木誠勝のハイブリッド肉体改造法』などの書籍や「プロレスカード」などを編集・制作。2000年に退社し、まんだらけを経て2002年に(有)ソリタリオを設立。プロレス・格闘技を中心に、編集&ライターとして様々な分野で活動。2015年、初の著書『蹴りたがる女子』、2016年には『プロレス そのとき、時代が動いた』(ともに実業之日本社)を刊行。