4分3秒で終わった因縁の再戦

凄まじい大ブーイングのなか登場したネリが、リング上でアナウンサーからコールされると、会場の客席は親指を下に向けたアクションで埋め尽くされた。

日本でタイトルマッチを戦った外国人ボクサーたちにとって、この国は対戦相手にも敬意を表すと好評な国だが、今回ばかりは異例中の異例だ。昨年8月、 元 WBA世界ライトフライ級王者・具志堅用高氏に並ぶ日本史上最多防衛記録の13に挑んだ山中を、4回TKO負けに追い込んだネリには、後日のドーピング検査で陽性反応。逆転判決で山中の防衛になるとさえ噂されたが、ネリの言い分を聞いたWBC(世界ボクシング評議会)は「問題はなかったと確信している」とした。その代わり、山中に再戦希望があれば、それが最優先されることになり、悩んだ末に山中がこれを受け入れて試合が決まった。

これだけなら、会場中が一体化したネリに対するヘイト・モードにはなかったはずだ。決め手は今回の前日計量でネリが2.3キロオーバーを示し、冷静な山中もさすがに「ふざけんなよ!」と睨みつけたシーンがファンのみならず、多くの日本人を奮い立たせたことだろう。

結局、1.3キロオーバーで、 戦う前に王座を剥奪されたネリは、そもそも来日当初から、イメージを悪化させてばかりだった。調印式では「メキシコ製ではなく日本製のグローブを使いたい」と事前確認と異なる希望を出し、チームには昨年授かった長女の母親ではない恋人を同伴させていた。ただ、外国人ボクサー史上、類を見ぬほど邪悪な印象を持つ自覚が、ネリ本人にはなさそうで、リングで名前がコールされる際、これまでいかにお粗末なミスを連発したか、肩書のようにおさらいされても、気にした様子はなかった。

試合は、山中が右ジャブで積極的に先手を取る展開から始まった。ストレート系のパンチを主体の攻めを組み立てる山中に、ネリは波状攻撃のようにフックを振って攻め返していく。そして第1ラウンド中盤、カウンター気味に入れた右ジャブで、山中のバランスを崩した。レフェリーはスリップ扱いだったが、ややふらつく山中にはダメージが見られ、追撃でまたよろついたところにネリが左をかぶせると、山中は今度こそダウン。再開後、すぐにラウンド終了となったが、2ラウンド目にも、ネリは左のクロスカウンターで再び山中をキャンバスに沈めた。さらに右ショートでダウンを追加し、最後はフックの応酬でレフェリーストップを呼び込んだ。因縁の再戦はわずか4分3秒で終了となった。

ネリ側のプロモーターは井上尚弥戦を画策か

©Getty Images

勝敗の鍵は、山中が前回の不足部分をどれだけ改善したかより、ネリが前回よりもどれだけ“弱いか”にあった。つまり、薬物の力を借りずとも、ネリは昨年8月のような豪快さを発揮できるのか。体重超過のアドバンテージはたしかにあったが、山中の絶妙な距離感や反応を凌駕するだけの攻撃力を、今回も備えていたのは間違いなかった。

試合後、リング上で大興奮だったネリ陣営の会見は開始までだいぶ時間がかかったが、山中陣営は医師のチェックが終わるとすぐに控え室内で会見を開いた。

「この試合が終わったらどうしようかまったく決めていなかった。決めたら試合中の精神状態に何か悪影響が出るかもしれないと思ったから。再起するのは大変やったけど、本当に一生懸命やって、現役続行してよかったという気持ちで今日に臨めた。悔いはない。これで引退です」

ネリについては、柔らかく動けて自分より強いと戦力を評価し、「見えない角度から飛んでくるパンチに慌て、打たれ弱いので倒れてしまった」と反省した。ただ、体重超過については最後まで許す様子がなく、世界のボクシング界に一つの問題提起を残した。

「すべての王座団体が統一してルールを決めないとファンが納得しないと思う。こっちは万全に仕上げたわけですから、昨日の彼は人として失格やと思いました」

計量での体重超過、もしくは不足に関するペナルティは、試合が組まれる上での契約条件以外は皆無に等しく、WBCやWBA、IBF、WBOといったメジャーな王座管理団体にとっては、メスを入れづらい。たとえばひとつの団体が出場停止処分を定めた場合、他団体がその選手を抱えるチャンスが生まれることになってしまう。メジャーな王座団体が、競技発展のためとして足並みをそろえたペナルティを定めなければ難しく、定めても、他のマイナー団体が独自の方針を取ることは可能なのだ。

それでも、歴史的名王者がラストメッセージにこれを語ったことは、少なくとも日本のファンには十分な影響がもたらされるのではないか。

山中は、この日の試合についてボクシング・キャリア全体を踏まえるように語っていく。

「デビュー戦で僕からチケットを買ってくれたのは20人だった。それが何千人単位の人で応援してくれるようになって、自分のことのように喜んだり泣いたり、必死になってくれたことについては感謝の気持ちしかない。“神の左”と言ってもらえた左ストレートは、僕自身も頼り続けた存在。今日は不発だったけど、それが強いものだったと息子に今後も教えてあげることはできる」

山中の会見がひと段落ついた後も、遅れて始まったネリの会見は、自身の控え室前で続いていた。立派に蓄えた口ヒゲ以外、この男の面構えや声はまだあどけない。ブーイングの印象には「ドーピングで陽性反応が出たことに、お客さんは怒っているんだろうと思った」と話し、報道陣から、むしろ体重超過に対する不満だったのではないかと返されると、山中陣営や日本のファンに謝罪をしたいと言い続けた。しかし、新たに試みた水抜き式の減量が失敗したことについては、2ヶ月前に雇った栄養士に責任があると話し「それによって、山中より体調は悪かったはずだ」と腹を立てていた。

そして、今後も日本が重要なビジネス対象であることを口にする。

「日本人は親切だし、食事も口に合う。もうミスは2度と繰り返さないから、またこの国で戦いたい。王座を失ったことは残念だが、無敗記録を守れた。勝っていれば、また取り戻すことができる」

ちなみにネリ勝利後、客席からは「帰れ!」の怒号が響き続けたが、それに混じって「井上と試合しろ」の声も多く聞こえた。

日本には「モンスター」の異名を持つ超逸材の井上尚弥(大橋)が、スーパーフライ級からバンタム級に転向しようとしている。それが山中の仇討ち戦に発展することは、ネリ側のプロモーターも昨年から希望してきた。山中時代の終わりは、単に悔しく悲しいバッドエンディングだったのか。それとも、ボクシング界のルールに何らかのメスを入れることにつながったり、新たなリベンジ・マッチにつながるのか。今はそうした未来がまだ見えていない。

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善理俊哉(せり・しゅんや)

1981年埼玉県生まれ。中央大学在学中からライター活動始め、 ボクシングを中心に格闘技全般、五輪スポーツのほかに、海外渡航を生かした外国文化などを主に執筆。井上尚弥と父・真吾氏の自伝『真っすぐに生きる。』(扶桑社)を企画・構成。過去の連載には『GONG格闘技』(イースト・プレス社)での『村田諒太、黄金の問題児』などがある。