世界の注目を集める存在に

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12月30日、神奈川県の横浜文化体育館では、WBO世界スーパーフライ級王者・井上尚弥(24=大橋)がWBC世界ライトフライ級王者・拳四朗(25=BMB)とのダブル世界戦でメインイベンターとして登場。6位の挑戦者ヨアン・ボワイヨ(29=フランス)から3回TKO勝ちを収め、7度目の防衛にはたすと、改めて1つ上のバンタム級に転向すると宣言した。

個性と実力を兼ね備えた世界王者を多く抱える現在の日本ボクシング界でも、“井上こそ、日本が世界に誇る逸材として羽ばたいて行くべきだ”という声が、ファンからいっそう多く聞こえるようになった。また、所属ジムの大橋秀行会長によれば「10月には通訳を連れてニューヨークタイムズの記者も取材に来た」という。「野球界の大物ならともかく、ボクサーでこんな注目を集めるのはまずないですよね」と胸を弾ませるのは、同会長のみならず、世界中のボクシング・フリークにも増えているようだ。

井上には、練習の様子が第三者に撮影され、SNSなどで発信されることが多い。どんな練習をしているかが他人にばれることは、特に気にならないという。その結果、試合のみならず、スパーリングなどでも、その強さが世界中のファンにしばしば拡散されて株を上げる。加えて今回の防衛戦に関しては、報道陣向けの公開練習とは別に、ジムのファンクラブ会員と井上尚弥後援会から抽選で60人が招かれ、近距離でスパーリングを堪能した。

今年は9月にアメリカ・カリフォルニア州にあるスタブハブセンターで、スーパーフライ級のトップ選手を集結させた興行に招かれた。シンプルに『スーパーフライ』と名付けられたこのイベントで、井上は7位のアントニオ・ニエベス(アメリカ)を戦意喪失まで追い回した(6回終了TKO)。そして今回、迎え撃つことになったボワイヨは、身長170センチとこの階級では高く、2012年の1月以降はノーコンテスト試合を1つ挟んで31連勝。のちのスター選手、カール・フランプトン(30=イギリス)とも新人時代に好ファイトを繰り広げたと語っているが、今の井上にとってリスキーな相手ではなさそうだった。大橋会長は、本サイトでの池田純氏との対談でも「長く交渉し続けてきたIBFの世界王者ジェルウィン・アンカハス(フィリピン)との統一戦が実現しなかったこともあって、対戦相手が見つからなかった」と説明している。

ピリピリした試合を望んでいる

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今月23日に到着した成田空港で、「アウェーでの試合は、地元で戦うよりリラックスできるから好きなんだ。井上はとても良い選手だが、知的なボクシングをお見せするよ」と意欲を示したボワイヨ。試合が始まると、果敢にパンチを上下に散らすが、井上が、覆いかぶすような右ストレートを放つと、ボワイヨはそれに反応ができなかった。

出だしについて、試合後に井上はこう振り返っている。

「相手の長身は気にならなかった。左のパンチを打ったあとに体が流れるので、打ち終わりを当てるのを試合前から計画していた。最初は距離感をつかむことをテーマにして、特にこっちから攻めなかった。アップライトしてみたり、しゃがんでみたり、色々な状況を試した」

たしかに井上は様々な体勢になったが、バランスを崩すことはなく、ボワイヨの攻撃にもすべて対応した。

役者が違う。早くも観客にそう思わせた初回終了間際、井上の左フックがボワイヨのアゴをとらえると、一瞬、意識が遮断されたようにフランス人は崩れ落ちた。第2ラウンドに入っても、井上の攻撃は左右とも的確で、力強く繰り出されるパンチは明らかにフィニッシュを狙っていた。そして第3ラウンド、井上の左拳がボディをえぐると、ボワイヨはこらえようとしたものの、時間を置いて膝をついた。立ち上がっても、井上はなお追い回して、同じく左ボディブローで2度のダウンを追加。決着タイムは3回1分40秒だった。

井上はリング上から「これからもお客さんが盛りあがる試合をしたい」と語り、アナウンサーから、長男を授かったことを振られると「(生まれたばかりの子が)わかるくらいになっても、強いお父さんでありたい。常に突っ走りたい」と、口にした。

ひとつ重いクラスのバンタム級には、先月18日、わずか開始11秒で挑戦者をKOしたゾラニ・テテ(南アフリカ)がWBOの世界王座に就いている。WBCでは世界王座奪取後、薬物疑惑が浮上したルイス・ネリ(メキシコ)と13度目の日本最多防衛タイ記録をそんなネリに奪われた山中慎介(帝拳)が決着戦に臨もうとしている。こうしたことから、井上は「それぞれの団体のチャンピオンに予定があるから、誰といつ戦いたいとかはない。ただ、最終的には全部の世界王者を自分がまとめちゃいたい気持ちでいる」と自信と向上心を隠さなかった。

試合後、右目が腫れているように見えたが、その要因について「右目が腫れているのはものもらいで、少しぼやけている。減量の影響で免疫力が落ちているのかもしれない」と明かしている。そして、外から見ていても明らかだった挑戦者との力の差について、井上自身も物足りなさがあったと隠さない。

「3回はセコンドからもゴーサインが出ていたので行こうと思った。試合を引き受けてくれた相手に、こう言ってしまえば失礼だが、ピリピリした試合を望んでいるので、この点で今回の内容は喜べない。バンタム級に上げて緊張感のある試合をしようと思った。スーパーフライ級での試合は、アメリカ遠征も含めて貴重なキャリアになった」

年末に飛び出したスーパーフライ級の卒業宣言。2018年、バンタム級に階級を上げることが確実となったモンスターは、次のステージでどんな戦いを見せてくれるだろうか。

井上尚弥をパッキャオの再来に 大橋会長が描くモンスターの未来

「史上最強の高校生」としてロンドン五輪に肉薄し、プロデビュー後はわずか8戦で2階級制覇を成し遂げた井上尚弥。今年8月には、アメリカ進出を果たし、アントニオ・ニエベスを相手に6ラウンドTKO勝利を収め、WBO世界スーパーフライ級タイトルの6度目の防衛を果たした。アメリカでの注目度も高まっている「モンスター」は、今後、どう羽ばたいていくのか。自身もボクシング経験がある前横浜DeNAベイスターズ社長の池田純氏が、大橋ジムの大橋秀行会長との対談を行い、その核心に迫った。(文=善理俊哉)

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那須川天心と井上尚弥 格闘技界を若返らせる2人の天才

格闘技エンターテイメントは、主軸のファン層の年齢が上がってきたこともあって、興行のノリも「大人向け」に落ち着いてきた印象がある。もちろん例外はあり、特にボクシングの井上尚弥(24=大橋)とキックボクシング(以下、キック)の那須川天心(19=TARGET)の存在は、新時代を切り開く若きカリスマとして、異彩を放っているだろう。異種格闘技の2大スターが、その天才を輝かせるために、どんな共通性を持っているのか。そこを探れば、日本が次世代にスター・ファイターを量産するためのヒントも見えてくるはずだ。(文=善理俊哉)

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時代とともに変わっていくボクシング界 大橋秀行×池田純対談後編井上尚弥は、なぜ圧倒的に強いのか? 大橋秀行会長に訊く(前編)村田諒太の“判定問題”の背景。足並み揃わぬボクシング4団体の弊害か

VictorySportsNews編集部