一言でまとめてしまえば、ドラフト戦略と育成がかみ合い、機能しているということだ。

そのサイクルの出発点は、スカウトにある。
「練習着で外野に走っていく姿を見れば、背番号がなくても、いい選手はわかります」(『広島アスリートマガジン』2017年7月号)
そう言い切る苑田聡彦スカウト統括部長は73歳。選手の本質を見抜く眼力には定評があり、小早川毅彦、江藤智、金本知憲、黒田博樹らを発掘した名スカウトとして知られる。阪神タイガースから出戻り、精神的支柱となってカープの躍進を支えた新井もまた、もとをたどれば苑田の網にかかった選手だった。

全国に散る地域担当スカウトたちも、有望選手の一挙手一投足に熱視線を注ぐ。
今シーズン、初の最多勝タイトルを手にした大瀬良大地の獲得に情熱を燃やしたのが、九州地区を担当する田村恵だった。大瀬良が高校生だったころから目をつけ、ドラフト1位候補となった大学4年時までその成長を間近で見守り続けた。2013年のドラフト会議ではヤクルトスワローズの小川淳司監督、タイガースの和田豊監督の間に自ら立ち、交渉権確定の当たりクジを見事に引き当てた。大瀬良自身が常に近くで見てくれている田村の存在を認め、いつしかカープへの入団を希望するまでになっていた相思相愛の逸話は語り草となる。
2012年のドラフトを前に、鈴木誠也の獲得を強く推したのは関東地区担当の尾形佳紀だ。スカウト会議で熱弁をふるい、前評判の高かった北條史也を押しのけて「鈴木2位指名」の方針を勝ち取ったという。

これだと惚れ込んだ逸材の可能性を信じ、食いつき、離さない。スカウト陣の眼力と執着心が、のちに花開く好素材をカープに引き寄せている。

資金潤沢ではない広島には若手の育成しか手段はない

もちろん、どれだけ能力の高い選手を集めようとも、プロの舞台でいきなり活躍できるケースは稀だ。一軍の主力として戦えるレベルにまで引き上げる“育成”の力が問われることになる。
チームの強化策としては、FA選手を積極的に獲得していく道もあるが、カープが他球団とのマネーゲームに加わることはない。大企業が親会社につく球団に比べれば、資金が決して潤沢ではないからだ。
ならば、ドラフトで獲得した若い選手たちを自らの手で大きく育てるしかない。カープの練習がひときわ厳しいものになるのは、必然のことなのだ。

練習の厳しさと両輪をなすのが、実戦経験。2016年9月に刊行された『広島カープの血脈』(山本浩二と野村謙二郎の共著)という本の中で、カープの前監督(2010~14年)を務めた野村はこう書いている。
「広島カープの有望な若手の育て方は、まだ試合に出すのは早いかなと思う選手でも一軍の試合で20試合、30試合、もしくは50試合くらい経験させてみるという方法です。すると自分の今のレベルと一軍選手のギャップを痛感できる」
以前、丸佳浩がこんな話をしていたことを思い出す。
「カープに入っていなければ、今のぼくはなかった。最初から“ビシバシ”にやっていただけたので、そこは本当に運がよかったと思います。野村監督が就任されてからも我慢して使ってもらった時期が長かった。それがあったから、少しずついい成績を残すことができるようになりました」
丸の場合は入団直後、二軍にいたころから実戦を通しての訓練は施された。丸は言う。
「守備も下手だったし、二軍とはいえ試合に出られるようなレベルじゃなかった。それでも当時の二軍監督だった山崎(隆造)さんが、勝敗にかかわらずどんどん使ってくれた。自分のプロ生活を振り返っても、1年目から実戦の中で野球の訓練ができたことが何より大きかったと思います」

機会を与え、結果を出させる― 菊池涼介を伸ばした育成力

再び野村の言葉を引用したい。
「『無理やりやらせるのではなく、自らやる』ように仕向けること。そのモチベーションを上げるためには、選手に結果を出させる。すると、やる気が出て、自ら率先して練習する。このスパイラルに入ると必ず成長します。『結果が出るのが先か、頑張るのが先か』という、まさに『卵が先か鶏が先か』の話になりますが、この場合は、何とかして先に選手の結果をつくることが指導者としての役目です」(『広島カープの血脈』より)
不動の二塁手となった菊池涼介もまた、一軍という緊迫した環境の中に放り込まれることで力を伸ばした選手だ。
大学時代は主に遊撃手だった菊池は、入団1年目、ほんの数試合だけ二軍戦で二塁手を務めた。そんな折、突然、一軍昇格を告げられたのだ。

菊池が振り返る。
「いきなり『明日から(一軍)』って言われて。東出(輝裕)さんがケガをされて、それで抜擢されたわけですけど、本格的にセカンドの練習をしたことがなかったので何もわからないまま始まった。1試合で3つエラーをしたこともあるし、空回りしながらやってました」
何とかして先に選手の結果をつくる――野村はそれを実行したのだ。そして、チャンスを与えられた菊池は持ち前のセンスで他を圧する守備力を発揮するようになる。今や球界を代表する二塁手となったことは言うまでもない。

マエケンが抜けたあともチームの“絆”が強さを維持した

一方で、育成した選手たちのFA等による流出は、カープの強化策を阻む積年の課題だった。読売ジャイアンツに新天地を求めた江藤、ともに阪神へと移籍した金本、新井。近年では前田健太のメジャー移籍などもあった。
だが、育成力の成熟が“穴”を埋めてあまりある効果を発揮しつつある。野村の記述が興味深い。
「『マエケン(前田健太投手)が海外に行ったにもかかわらず、なぜ今年(2016年)のカープは強いのですか?』と聞かれることがありますが、これは大きなケガをした時に、自力で治そうとする治癒能力みたいなものだと思います」
「チームにおいて非常に重要な選手が抜けた時、各選手は『何とかして、その穴を埋めよう』という意識が高まってくるのではないか」
一本の太い柱が抜けたとしても、ほかの何本もの柱が屋台骨を支える。カープが育成してきた戦力の充実度が、チームをより強固なものにしているのだ。

カープの現コーチ陣は全員がカープOBであり、指導歴が長いスタッフも多い。球団の理念を知り尽くし、どんな選手が一軍で必要とされているのかを敏感に察知し、選手たちに厳しい練習を課しながら愛情を忘れない。
チームの一人ひとりを結ぶ“絆”の強さもまた、カープという家に育つ選手たちの成長に欠かせないものであろう。

日比野恭三

著者プロフィール 日比野恭三

1981年、宮崎県生まれ。2010年より『Number』編集部の所属となり、同誌の編集および執筆に従事。 6年間の在籍を経て2016年、フリーに。野球やボクシングを中心とした各種競技、 またスポーツビジネスを中心的なフィールドとして活動中。